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「もしかしたら、……小娘に、気づかれているかもしれない」
モーリスは、領内の自室の片隅で、頭を抱えていた。
その横には、黒い大きな影が我が物顔で、ふんぞりかえっている。
「……ほう? ……で、その根拠は何だ?」
「あの王子のもとに、赤髪の女が訪ねてきたと報告があってな。まあ、見た目はともかく、性格はまったく違うようだから、杞憂とは思うのだが……。それでも……な」
「だったら、別人だろう? 悲壮感漂わせやがって。むしろ、そんなことより、俺はお前に、人間界で子飼いの天虚がいたってことに驚いたぜ? 何処で見つけたんだよ」
「お前は阿呆か。……彼らのことは、お前だって知っているはずだ」
「あっ、ああ! 思い出した。あの雷帝と一緒にいた時に人間襲ってた獣耳かっ!」
今更、思い出したらしい。
しかも、獣に「獣耳」と評される彼らが不憫だった。
(そもそも、きっかけは、それだった……)
フィンが彼らを追いかけて、自分と彼らが、水鏡で連絡を取り合っているところを目撃してしまったがために、一層、ややこしいことになっているのだ。
「あの時、逃がしたのは正解だったろう? 俺が、奴らを雷帝につきだしていたら、お前、今頃、どうなっていたことか。感謝しろよ」
恨みこそすれ、感謝など絶対に、こいつにしたくない。
「どうにもこうにも……な。露見するのが、早まったか、遅くなったかの違いだろう? 小娘にも気づかれないよう、人間界の天虚が暴れているなんて、嘘の報告までして、人間界に行きやすい環境を作ったのに、謎の偶然が続きすぎて、何もかもめちゃくちゃだ」
「……いやー、でもなお前、この期に及んで雷帝に知られたくないっていうのもよ?」
「悪いか? 私は小娘を恐れているのではない。エンラ様に告げ口されるのが嫌なのだ」
「でもさ、いずれ「それ」をどうにかしなきゃならないんだろう? 俺も丁度、あの王子には、用があるんだ。エンラ様が不在の今こそ、とっとと始めた方が良いんじゃねえのか?」
数千年の付き合いでも、コイツのことは分からない。
笑みを含んだその声は、この状況を楽しんでいるような余裕があった。
それが一層不気味に感じられる。
大変なヤツに弱みを握られてしまったようでイライラする。
……――が、もっと不気味な存在がいることを、この時、モーリスは忘れていた。
「そのとおりじゃな……」
まるで、何処で見ていたかのように、金髪の少年が窓からひょいっと入ってきた。
「あっ、貴方は……!?」
「えっ、何で? ここにいるんだよ?」
「――何でって。せっかくだから、お前らに、ちと助言をしてやろとう思っただけじゃよ。丁度良い作戦を思いついてのう……」
「作戦って?」
「モーリス……お前さんが狙っているあの王子、人間界にも敵が多いみたいじゃの。どうだろう? 不可侵条約を破ることなく、人間の妬みに便乗してみては……」
二体同時に目を丸くすると、少年は悪戯が成功したとばかりに、口の端をつりあげた。




