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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第2章
14/56

7

「マサキっ!!」


 悲鳴が聞こえた場所は、すぐに分かった。

 数少ない雷城の護衛に聞けば、マサキが地下の宝物庫に行ったことがすぐに返ってきたからだ。

 彼らを引き連れ、思いのままに宝物庫の扉をぶち壊したユラはずかずかと、その場に足を踏み入れた。


「…………ユラ様!」


 マサキが壁に背を預け、荒い息で右肩を手で抑えていた。

 その指の隙間から赤いものが見えた時、ユラの顔は今までの表情とは一変した。

 殺気をみなぎらせながら、横を向く。


「…………私の従者に、何をした?」


 低い声で牽制すれば、部屋の奥で灰色の翼がばさっと揺れた。

 ――ルーガだった。


「貴方は、もう少し利口だと、思っていたのだが? ルーガ殿」

「はっ、馬鹿はあんたでしょうが? さっきのは何? 茶なんて配って何様のつもりよ?」


 開き直ったらしいルーガは長髪をかきわけながら、ユラの前までやってきた。


 ――やっぱり、茶は失敗だったらしい。


 時期尚早だったのか、彼らとユラとでは根本的に価値観が違うのか……。


「茶って、何のことですか?」


 マサキが目を瞬かせている。

 面倒だ。

 ユラは、咳払いをしてごまかした。


「…………ともかく。不法侵入と、私の従者を傷つけた理由について話してもらいたい」

「私は雷帝のいない隙に、私のものを返してもらいに来ただけだわ。そしたら、この女、先回りして、他の場所に移したって言うじゃない? 馬鹿にしてんのって話よ」

「ユラ様。ルーガ様は八連衆の『きずなの証』を奪い返しにいらっしゃったのです。私は今のままでしたら、そういうこともあるだろうと、それらの場所を移していたのですよ」

「絆の証?」


 聞き慣れない単語を問えば、マサキの答えより早く、ルーガの嘲笑が石造りの室内に大きく響き渡っていた。


「あのねえ、私はエンラ様に力の一部を渡したけど、あんたに、渡したつもりはないの!」

「力の一部を献上した……?」


 さっぱり、意味が分からない。

 もうずっと前から、ユラの分からないことばかりで嫌になる。


「ほら、やっぱり。知らないと思ったのよ。あんた、本当に雷帝の後継者なの?」

「ユラ様、耳を貸してはなりません。『絆の証』は八連衆全員の総意で、雷帝・・に献上されたものなのです。今更、それをとやかく言うのは、叛乱に等しい」

「黙れっ! たいした能力もないくせに、でしゃばるな!」


 感情露わに、ルーガが翼をはためかせた。

 猛風が旋回しながら宝物庫の棚を破壊していく。

 マサキがユラの前に出ようとしたので、ユラは即座にそれを留めた。


「どうしましょう、マサキ? これ以上、暴れたら修復不可能になるかもしれません」


 マサキを自分の後ろに隠しながら小声で呟くと、マサキはユラの耳元で怒鳴った。


「この程度のこと、エンラ様が雷帝だった頃は、日常茶飯事でしたよっ!」

「…………じゃあ、いいんですね?」


 ユラは背後の護衛たちを視線で逃げるように命じ、着物の袖をばさっと振った。

 力を使うのは怖いが、攻撃を避けることは簡単だ。

 エンラと喧嘩した時の取っ組み合いに比べれば、こんなそよ風、たいしたこともない。

 ルーガの羽が起こした突風を、一気にルーガに返してやった。


「きゃあっ!」


 悲鳴をあげるルーガを追い詰めるように、旋回する風の中を一歩、二歩と、ユラは迫る。


「な、何よ? 殺すの? 私を?」


 ルーガは唇を震わせながら、体を小さく屈め、涙で目を赤くしていた。

 たった一瞬で、自分の放った風が返されてしまった現実を恐怖として捉えたらしい。

 ユラは小さく首を振ってみたものの、さすがに、何事もなかったかのように、振る舞うことは出来なかった。


「貴方の話が真実であれば、直接私に言えば良い。……私は、何も知らなかったのだから」

「何処の誰かも分からない小娘を、信じられるはずないでしょう?」

「確かに」


 同意しながら、冷たく笑った。


「貴方の言い分には一理ある。でも、不法侵入とマサキの怪我、今の攻撃に関しては見逃せない」

「……どうするっていうのよ?」


 ルーガが上目遣いにユラを睨んだ。初めて目を合わせたような気がした。

 評議場の暗い室内で、適当なやりとりをする彼女ではない。こちらが彼女の素顔なのだろう。

 こうなってしまっては、話し合いでどうすることも出来やしない。

 ユラは、彼女の背後の壁に視線を向けた。

 

(せめて、威嚇くらいはしないと……)


 額に汗を浮かべ、意識を高めながら、人差し指を向ける。

 数瞬の沈黙を経て、轟音と共に、石壁は木端微塵に吹っ飛んだ。

 土煙を交えた夜の冷たい風が宝物庫一杯に吹き込む。

 地下だったため、外界の土も掘り起こしてみたが、ユラは内心、城が崩れないことを祈っていた。壊すのは簡単だが、修復する方は倍大変なのだ。


「何処から入ったのか分からないから、出口を用意した。その件に関しては、定例会の席で改めましょう?」


 ルーガは口を大きく開けたまま、しばらく呆然としていたが……。


「―――さあ。お帰りを」


 ユラの一言で我に返り、慌てふためきながら、翼を広げて、よろよろと飛んで逃げた。


「…………ああ、ほんと怖かった」


 両手の震えを誤魔化すのに必死だった。

 ぱらぱらと頭上から、小雨のように降ってくる残がいに、ようやくユラは自分を取り戻した。

 払いのけようと、手を上げたユラの袖を、マサキが引っ張った。


「マサキ? どうかしましたか?」

「……ユラ様!」


 彼女の握力は正常だ。いや、強いくらいである。

 しかし、その目元がいつもと違い、熱っぽいのが気になった。


「怪我は大丈夫ですか? 痛みますよね。早く手当てを……」

「こんな掠り傷。たいしたことありません!」

「それなら良いのですが……。でも」

「申し訳ありません。ユラ様。私がいけなかったのです。『絆の証』を、内緒で移そうとしていたから。ユラ様に話したら、みんなに返そうって言われるだろうと思って……」

「「絆の証」って……。また捻りのない名前ですよね」


 何も知らない間にマサキが適当にやっていれば、ユラとてこんなふうに口を挟まずに済んだのだ。


(まったく、どうして……)


 こんなこと知ってしまったら、雷帝として黙っていられなくなってしまうではないか……。

 また厄介事が発動した現実に、辟易としながら、ユラは自分の推論をぶつけた。


「父様が力で八連衆を縛っていたという証拠がその「きずなの証」というわけですか?」

「決して無理強いはしていませんよ。三千年前、各々の希望で、エンラ様に忠誠の証として、自分の大切な物を捧げたんです。私はそう聞きましたし、そういうことだと確信しています。それに、見て頂ければ分かると思いますが「絆の証」という割には、大きな羽とか、木の枝とか、小っちゃな赤い実とか、子供もびっくりするような、がらくたばかりですよ」

「要するに、マサキは、どれが誰のかまでは分からないのですか?」

「私は『絆の証』の管理をエンラ様から一任されていたんです。こんな大仕事を私に任せてくれたのは、エンラ様が私を信頼されていた証です。あんな女に、絶対に渡せませんよ」


(何だかなあ……)


 マサキは忌々しげに、ルーガが去っていた穴を睨みつけている。

 エンラ側から見れば、忠誠の証かもしれないが、八連衆側からしたら、脅迫の材料となっていたのかもしれない。

 もっとも、そのせいで従者のマサキが殺されかかるのも、理不尽な話であるが……。


(落ち着いたら、その隠し場所を聞いて考えなきゃ。でも、それを私が持っているということは、私も脅迫しているってことになるのかな?)


 何にしても、また一つ仕事が増えてしまった。

 いい加減疲れるから、何も考えたくもない。


「今はともかく、マサキの治療が先ですね。詳しい話はまた後でしましょうか」

「…………ユラ様」

「はい」


 今までの付き合いで、初めて弾んだ声でマサキに呼びかけられた。

 ユラは怪訝になりながら、マサキを見下ろす。

 そういえば、彼女は未だユラの袖を掴んだままだった。


「一体、何でしょうか?」

「やはり、貴方はエンラ様の後継者です。貴方こそが雷帝に相応しいのです」 

「はあっ?」


 ――何を、今更言っているのだろうか?

 そんなことになってしまったから、ユラは苦労しているのだ。

 しかし、どうしたことか。この瞳の輝き。熱に浮されたようにマサキの頬が紅潮している。こんなに機嫌の良いマサキを今まで見たことがなかった。


(今なら、いけるかも……)


 ユラは頃合いを見て、駆け付けてきた護衛をその場から下がらせた。

 腕を組み、威厳をもった演技でマサキへと向き直る。


「――マサキ。実は、貴方に話したいことがあるのです」

「はいっ、何なりと。私で宜しければ、ご命令下さい!」

「では、言いますからね」


 ユラはすうっと深く息を吸って、吐き出すのと同時に、自信なさげに肩を落とした。


「あのー…………、マサキ。実は私人間界に定期的に行くことになっちゃったんですけど、また行っても良いでしょうか?」


 その場の空気は、一瞬のうちに凍り付いた。

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