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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第2章
13/56

6

 ――かくして『天境界で仲間を増やそう』作戦が始まった。


 トワ曰く、マサキが過剰なほど心配するのは、ユラが雷帝になったばかりで、孤立状態にあるからで、信頼できる仲間が出来れば、マサキの気は休まる……というものだった。 


(ついでに、私の負担も軽くなり、一挙両得間違いなし……てことよね!)


 二人で打ち合わせをして、ユラは意気揚々と作戦を実行に移すことにしたのだった。

 ………………そうだ。

 今日、人間界でユラは学んだのだ。


 ――お茶は、癒しにもなるらしい。


 ユラが天境界に帰る間際、ハルアたちは再びロカ少年の淹れた茶を飲んでいた。

 自分を狙っている刺客が用意した茶を飲むなんて、どうかしているのではないかと、ユラは小声で訊ねたが、ハルアは毒入りならすぐに分かるし、どんな相手が淹れた茶でも、温かな茶を飲むと、癒されるのだと語ってくれた。

 温かい茶でほっと一息ついたところで、ぐっと距離感も縮まるという素敵な発想。


(さすがだわ。私。天才かも……)


 天境界に茶を嗜む習慣はない。

 飲料は基本、水だ。

 ユラも、今まで一度もお茶なんて淹れて飲んだたことはなかったが、一度自分で茶を淹れて飲んでみようと、ハルアの邸宅からの帰りに勇気を振り絞って茶葉を購入したのだ。 

 味見をしてもらうのと同時に、彼らとも仲良くなれてしまうなんて。

 

(夢のような作戦だわ!)


 ――しかし、意気揚々に向かった臨時定例会の冒頭。

 ユラがぎこちなく淹れた茶を目の前にして、その場の全員が固まってしまったのだ。


(あれ? 親睦を深めようと思ったんだけど、何、この白けた感じは?)


 淹れ方がまずかったのだろうか?

 とりあえず、最年長のサクヤが飲み干してくれて、皆それに従ってくれたものの、感想まではもらえなかった。味がおいしくなかったのかもしれない。


(……失敗だわ。やっぱり、最初はマサキやトワに味を見てもらうべきだったのよね?)


 結局、臨時定例会は人間界の天虚の動きが怪しいという報告を、自発的にユラがしたことによって、今後、雷帝を中心に定期的に巡回すれば良いと勝手に意見がまとまり、短時間でよそよそしく終了してしまった。


 ――だったら、わざわざ会を開く必要もなかっただろうに……。


 モーリスも独自に調査はしているが、いろんな地域で、天虚の活動が報告されているので、一概にイラーナ国だけだとも言えないとのことだった。

 どちらにしても、ユラは人間界には行かなければならないのだ。フィンには適当に指示を出しつつ、ユラが手の空いた時に、イラーナ国以外を見回っていれば良い。


 ――直近の問題は、やはり、マサキの説得だった。


(せめて、マサキの好物とか、趣味とか知っていれば、お願いしやすいんだろうけど……)


 本殿と繋ぎの回廊を、ユラは肩をがっくり落としながら、這うように歩いていた。

 黒曜石の冷たい床の温度が、下駄から足袋に伝って体の中に染み入ってくるようだった。


「…………どうしたら良いのかなあ」

「マサキという、従者のことか?」

「ええ。そうなんです。彼女のことなんですけど、本当、困っ……」


 ――と、そこまで無心で呟いてから、ユラはハッとした。


(……誰でしょうかーーー?)


 恐ろしいもの見たさに緩々と振り返れば、しかし、それはユラの視界に入らない。


「ここじゃよ。ここ」


 指摘されたまま下を向けば、先ほどまで議場で一緒だったサクヤが零れるほど大きな碧眼を見開いて、じっとユラを仰いでいた。

 ユラとは、真逆の洋装姿のサクヤは、ぶかぶかの濃緑色の外套に、純白のクラバットを巻いていた。格好だけだったら、八連衆の中で一番洒落っ気かあるかもしれない。


「……どうしたんです。なんで、貴方が?」

「ちょっと、お前さんに話があっての。まあ、エンラがいない今、お前さんと対等な立場で話せる者はそうはいないからな。少しの時間、二人で話しながら歩いても良いかの?」

「私に、話がある……と?」

「むしろ、いまのうちに、少し語っておいた方が良いと思ったのじゃが?」


 言葉遣いは老人そのものなのに、その声は舌足らずな子供のものだ。

 それでも、三千年前はエンラと天境王を争った仲だとも耳にしたことがある。

 二人きりとなれば、油断はならないが、しかし、ついさっきまでユラは、彼らと信頼関係を築けないかと、真剣に思っていたのだ。素知らぬふりは出来なかった。


「歩きながらで良ければ、どうぞ」


 長い沈黙の後、精一杯の演技をしながら、すっと前に出れば、サクヤは駆け足でついて来た。足の長さが違うのだ。


「まず最初に、先ほどお前さんが淹れてくれた茶のことだが……」

「それは最初に言った通り、良い茶葉が手に入ったので、淹れてみたくなっただけで……」

「嘘つけ」


 言下に否定されて、ユラは顔をひきつらせた。

 侮れない。

 見た目はともかく、長老はユラの考えなんてお見通しなのだ。


「まあ、お前さんがどういう気持ちで、茶を淹れたのかは知らんが、あれはいかんよ。皆、毒でも入っているんじゃないかと、びくびくしておったじゃないか?」

「まさか、毒なんて……」


 軽く笑ってみせたものの、内心、怒っていた。―――心外である。

 どうして、ユラがエンラの側近でもあった八連衆に毒を盛らなければならないのか。


「お前さんが善意のつもりであっても、なかなか、わしらには伝わらぬ。昔々、エンラは恐怖で八連衆、天境界を支配しておった。今のエンラからは想像がつかんことじゃが……。代替わりしたことで、昔の恐怖支配に立ち返ったのではないかと、考えている連中もおる」

「…………私が恐怖支配……ですか?」


 馬鹿げている。

 だが、サクヤの静かな迫力に、ユラはつい丁寧語に戻ってしまった。


「分からぬか? みんな、疑心暗鬼に陥っておる。空位となった天境王を狙っている輩も多い。王は八連衆の中から選ばれるわけでもない。多数決で票を集めれば、誰でも王になることができるのじゃ。お前さんが雷帝に慣れてきた頃に、王の選出が始まるじゃろう」

「……そんなに魅力的なものには思えませんけどね。天境王って」


 天境界自体は、とてつもなく広い。

 ――だけど、ただ広いだけだ。

 今、こうして薄暗い外の景色を眺めていても、薄ら池があるのが分かる程度で、夜目が利かなければ、生活するのも大変な世界なのだ。

 この真っ暗な大地に、どれほどの価値があるというのか……。


天虚てんきょにも、いろんな連中がいるが、三千年前の戦いで、この窮屈な世界に追いやられたと考えている者が多い。エンラのせいだと考えている者たちもいるのじゃよ。天境界を統一した上で、天界、人間界共に、掌握したいという野望があるのだろう」

「……それで? 貴方も、そういう連中の一員だと?」


 念のためにと問い返せば、サクヤは露骨に眉をひそめた。


「ばかを言うな。そんなこと、わしは毛ほども思ってないわ。いろんな輩がいるということを、親切に伝えに来てやっただけじゃ」

「では、はい。素直に有難うございます」


 ――怪しい。

 だが、ユラにとっては、どうでもいいことだ。適当にうなずいた。

 それがまた、サクヤを刺激してしまったのだろう。

 彼はさらっと恐ろしいことを告げた。


「大体、わしは、エンラがお前さんたち双子を養子に迎えたことを知っておったからの」

「…………はっ?」


(今、なんて言った……?)


「……あの、もう一度。今、貴方何て言いました?」


 ユラは目を剥いた。

 今のところトワの存在は八連衆には隠している。

 エンラはユラの存在すら雷帝の後継に指名するまで内緒にしていたのだ。

 ユラとトワが子供のころにエンラに引き取られたことを、誰も知らないはずだった。


「確か、あれは、十年前のことじゃったな」


 ……やはり。

 かまをかけられた訳でもなかった。


(じゃあ、一体何なのよ。このジイサン子供、自分は何でも知ってるって誇示したいわけ?)


「……ちなみに、それをどこで知ったのでしょうか? サクヤ殿」

「ククッ。そんなの、エンラから直接聞いたに決まっておるじゃろう。口を滑らせたのは、あやつの失態じゃ」 


(なっ、なによ。それ……)


 そんなことなら、もっと早くに教えてくれたら、良かったのだ。

 ここまで必死に雷帝らしく、強面の演技をしていたユラが惨めではないか……。


「はあ、なるほど。それで、貴方はその真実を八連衆に広めて回ろうとしていると?」

「……わしがか? 八連衆に情報を流して、お前さんを嵌めるだと!?」


 サクヤは、その場一杯に広がる大声で、快活に笑った。


(何なのよ?)


 分からない。

 でも笑っているから、不機嫌というわけではないようだ。


「馬鹿な。広めるなら、とっくに広めておるよ。わしはわしで、楽しんでいるのじゃよ。元人間のお前さん(・・・・・・・)が、どのように雷帝を継ぐのかを……な」

「…………貴方は?」


 …………そこまで、サクヤは分かっているのか。


 ――ユラとトワが元人間であることを知っているのだ。


(父様が話してしまったの……?)


 ユラは純粋な天虚ではない。元人間だ。

 だからこそ、日々葛藤していた。

 いくら、エンラの血を継いだとはいえ、雷帝の後継者になるのは、絶対におかしいのではないか……と。


 ――ましてや、天境王なんて……。


 考えたくもない。

 今だって悪夢の続きを見ているような気分なのだから……。


「えーっと、では貴方の目的はそれですか? そのことを、私に伝えて脅してやろうと?」

「なぜ、お前さんはそういう方向に話を進めるんじゃろうかの? なによりお前さんの方が、八連衆の誰も信じていないようじゃ……。別にな、それをネタに脅したところで、お前さんの弱点にはなるまい。現に、お前さんは雷撃の力を継いでおるのじゃ。相応の実力はあるということだ」

「じゃあ、一体、貴方は私に何を伝えたいのですか?」


 今まで一切の接触を持ってこなかった長老が直々にユラに話しかけてきているのだ。

 これを怪しまない方が変ではないのか?

 しかし、疲れた。

 長い間、緊張感を抱き続けているのも疲れる。

 無表情の仮面の下で、げんなりしているユラを知ってか知らずか、サクヤは曲がってもいない腰を叩いて、おおげさに後ろを向いた。


「ほほほほっ、その答えはすぐに分かるじゃろうて。今日はここまでじゃ。エンラにも、あやつにも義理を果たしたからな。この辺りにして、わしは帰るかの」

「はあっ?」

「この世界は、これから面白くなる」

「面白くって……?」

「お前さんのおかげかもしれん」


 益々、意味が分からない。

 対応に困っているうちに、謎の笑声と共に、サクヤはユラの前から跳ねるように去って行ってしまった。


 独り、しばらく呆然と立ち尽くしていたユラだったが……。


「…………あやつって、誰?」


 天境界が面白くなる以前に、それが意味不明だ。

 けれども、熟考するまでもなく、ユラは、すぐにその理由を知ることとなった。


 ―――刹那。


「きゃああああ!」


 甲高い女性の悲鳴が本殿からこだました。


(この声……は?)


 聞き覚えがあるその声の主は?


「マサキっ!?」


 弾かれたように、ユラは駆け出していた。

 白い着物をたくし上げ、走りにくい下駄で、滑るように床を疾走する。


(あの小っちゃいジジイがっ!!)


 どうして、こんなにも自分は愚かなのか……。


 ――サクヤは、ユラを足止めしていたのだ。 


 あやつ(・・・)と語った誰かの為に……。

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