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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第2章
12/56

5

今日は、竪琴の音色だった。 

トワの創りだす美しい音に、ユラは目を閉じ聞き入っていた。


 ――別名、現実逃避とも言う。


 体調が良い時、トワはユラの気持ちに合わせた楽器を選んで演奏してくれる。

 トワは、小さい頃からどんな楽器も一流に扱うことができる天才だった。

 どうして、その才能の一片でもユラは継がなかったのだろう。

 自分が継いだのは、エンラの力技ばかりだった。

 暴力なんて大嫌いだ。雷撃を放てたところで、何かの役にも立たない。

 だから、演奏が終わると同時に、ユラは暗い現実に打ちひしがれてしまう。


「……益々、変なことになっちゃいました。兄さん」


 ユラは力なく、鏡台に突っ伏した。

 仰々しい着物姿の自分が目の前の鏡に映しだされている。それも、嫌気の原因である。


 ――ハルアのところに、たまに通う。


 それを申し出たこと自体は、後悔していない。

 雷帝の仕事と両立することも、頑張ればできるはずだ。

 だが、それを受け入れたことを、どうマサキに伝えれば良いのか……。

 あんなに、これが最後と釘をさされていたのに、それを守らなかったことが問題だった。


「うーん、まあ、まずマサキなら、父様が絡んでいても知らぬふりを通せと言うだろうね」


 トワが優しく告げる残酷な未来が、ユラの心に染み入った。

 そうだろう。きっと、まずそこの辺りから、言い訳が必要なのだ。


「……ですよね」

「でも、ちゃんと署名もくれたし、ずっと通っていたら、絵ももらえるかもしれないよね」

「そんなこと、とても言い出せませんよ。署名をもらうのだってこんなに手間取ったのに……」


 ハルアは不気味だ。

 こちらのことに、やけに物知り顔で、どこまでが本音なのか分からない。

 老獪なのか、本当にただの変態なのか、ユラの経験上、まったく分からない人だった。


「まあまあ、落ち込んでも仕方ないよ。こっちは正体もバレてて、父様のこともバレテて、打つ手が何もなかったんだ。天虚も絡んでいるみたいだし、ハルアが何を知っているのか、懐に入ってみるしかないじゃないか?」


 ぽろろんと、トワが竪琴を鳴らす。ユラは立ち上がり、トワの隣に座った。

 ユラがぶらぶらと手に持っていた眼鏡を、トワがひょいと取り上げる。


「あの人は子供の頃、こちらで木の実を摘んで食べただけだって、言っていましたが?」

「本当にそれだけなのかな? でも、どちらにしても生身の人間が天虚に張りあうのは難しいよね。三千年前の人間の中には、魔法とか使って張り合った人もいたみたいだけど。…………て、これ」


 トワ自身、ユラの眼鏡を掛けてみて、驚いたのだろう。

 すぐ外して、空かすようにして、分厚いレンズを見た。


「凄いね。ほとんど前が見えないよ」

「そうなんです。ずれた隙間から、見ないと何も見えません。だから、これを掛けたまま、絵を描くと鳥もブタになってしまうという、恐ろしい……」

「それは、ちょっと痛い言い訳……かな?」

「……ただ、言ってみたかっただけですよ」


 ユラは膨れっ面を作ったものの、すぐに自分でもおかしくなって、吹きだした。

 トワは、いまだに眼鏡のレンズの分厚さをはかっている。


「もう少し改良できないのかなあ。これ」

「金色の瞳を隠すための、特注品ですからね」

「そっか。…………隠すための……ね」


 ――と、そこまで言ってから、トワは天井を仰ぎ、呟いた。


「ハルアの弟子のロカ君だっけ? 三千年前人間界に置き去りにされた天虚てんきょの末裔なんだってね」

「そうみたいですね。彼自身には、特別な力は何もなさそうですが……?」

「ユラのことだ。弟子の身元は、門番の方々に探ってもらっているのでしょう?」

「帰ってきてすぐに、門番の方に指示は出しました。ハルア様に訊くより早いような気がしたので。私事で動いてもらって、申し訳ないのですが」

「あのさ、ユラ。僕たちには、味方が少ないんだ。確かに、お前の言う通り、マサキは最初怒ると思うけど、でも説得できない相手じゃない。僕も手伝うから、ちゃんとマサキと話をして、仲良くやろうよ。……ね?」

「ええ、兄さん。そうしたいです。そうしたい……のは、山々なんですけど。マサキは忙しいの一点張りで……。私を着付けたら、ふらってどこかに行ってしまったんです。これから、臨時定例会ですし、その後でまた捜すしかなさそうです」

「臨時定例会ね……。昨夜のことが、大事になっちゃったのかな?」


 トワが顎を擦りながら、言った。


「……そうだ。ユラ。マサキの説得のことで、僕なりに思いついたことがあるんだけど、話してみても良いかな?」

「もちろんですよ! 兄さん、是非お願いします!!」


 ユラは不必要なほど、何度も首を縦に振った。

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