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雷帝の後継者  作者: 森戸 玲有
第2章
11/56

4

(ちょっと、何でここでそれを言うわけ?)


「まあ……。ご想像にお任せしますというか……」


 上手い言い逃れも思いつかず、沈黙する勇気もなく、ユラはハルアの勢いに屈伏して、うなだれた。

 一方のハルアは鼻歌でも口ずさみそうなほど、上機嫌だ。

 何なんだろう。この差は……。めちゃくちゃ腹が立った。


「良かった。ここに来て、シラを切られたら、どう白状させようか方法に迷ってしまいそうだったので」


(白状させる方法って、一体なに…………?)


 少なくとも数種類は持っていそうな口ぶりだった。

 笑顔のくせして、恐ろしい、侮れない人間だ。

 綺麗な風景だけを愛している、俗世とは縁を切ったかのような、穏やかな青年だとユラは思いこんでいたのに……。

 この国の王子で、商売っ気もあって、皮肉をよく使い、頭が切れる。


 ――結局、ハルアは今日再会した時から、ユラの正体を見抜いていたのだ。


(私、馬鹿みたいじゃない……)


 一度限りのことだし、気づかれても良いとは思っていたが、こうして面と向かって暴かれてしまうと、どうして良いか分からなくなってしまう。

 自分が撒いた種とはいえ、ややこしいことこの上ない事態となってきた。


「どうも、私赤髪の人を見ると、話しかけたくなる習性があるようでして。昨日、昼間から執拗に君に声を掛けたり、食い下がったりしたのも、それのせいなんです」

「とりあえず、医者に行った方が……」


 第二王子がこれでは、イラーナの未来も暗いだろう。

 しかし、ハルアは意に介したふうもなく、あくまで冷静に変だった。


「もちろん、そうなってしまったのには、理由もありますよ」

「理由もなかったら、大変ですからね」

「子供の頃の話なんですが、私は違う世界で、赤髪の……金色の目を持った雷を操る魔物と会ったことがあるのです」

「あ、赤髪っ……!?」


 まずい。反応しすぎだ。

 それでも、ユラは問わずにはいられなかった。


「……それは、本当ですか?」

「嘘だったら、それこそ医者に行っていますよ。私は、その赤髪の金色の雷を操る人に、もう一度会ってみたいんです」

「会いたいって?」


 そんな天虚、ユラ以外で、トワとエンラしか知らない。

 トワは病弱のため滅多なことでは雷撃を使うことはできないし、ユラは少年ハルアに会った記憶はないのだから……。


(…………絶対、父様よね?)


 エンラだろう。

 この青年が子供のころに、バリバリに雷を操っていたのは、エンラ以外いない。

 眩暈と共に、横によろけた体を、ユラは気力で支えた。


「ハルア様は、その……魔物と、どんなやりとりをしたのでしょう?」

「別にたいしたことはしていません。そちらの森で、木の実を食べて、この世界に残りたいって言ったら、自分の仕事をしろと、私の気も知らずに放り出されただけですよ」

「かなり恨み節のようですが、貴方はその魔物に会いたいだけですか? それとも?」

「別に、そっちの暗い世界に興味はありません。私はただ、どうしても、その人に会いたいだけなんです。君はあの魔物に似ています。あの魔物のこと、知っているんですよね?」

「……それは、その……」


 ――話せない。


(何なの、この人?)


 ハルアの狙いが何なのか分かるまでは、うかつにエンラのことを話したらまずいだろう。


「まあ、話せないのなら、どうでもいいんですけど……」

「……どうでもいいいんですか?」


 意味が分からなかった。たった今、どうしても、会いたいと言っていたではないか?

 しかし、ユラの混乱をよそに、彼の独壇場は続いていく。


「…………ちなみに、君も知っての通り、私、狙われているみたいなんですよね?」

「昨夜だけのことじゃなかったんですか?」

「ここ最近は、人なのか魔物なのか……。結構な回数、狙われています」

「変ですね。だったら、どうして、そんなに落ち着いていられるんですか?」

「むしろ、魔物だったら嬉しいと思っていたくらいなので……」

「……死にたいんですか? 昨夜のは明らかに魔物でした。狙われる理由があるのでしょう?」


 ユラは真剣に問い詰めたつもりだった。

 ……なのに、ハルアは大仰に首を傾げるのだ。


「……さあ、分かりませんね」

「それこそ、嘘ですよね?」

「本当です。理由は沢山ありすぎますから。芸術家のハルア狙いかもしれないし、ルフィア王子狙いかもしれない。もしかしたら、異世界に行ったことが原因かもしれないでしょう。……正直、見当もつきません」

「調べてもいないのですか?」

「昨夜、私を襲った犯人の一人は分かっています。それは、君も、分かったんでしょう?」

「何となく……」


 ――確かに。

 昨夜の襲撃に関しては、ハルア個人を狙ったものだと、たった今ユラにも分かってしまった。

 でも、彼の気持ちを思って、黙っていたのだ。

 善意から告げることをためらっていたユラに対し、しかし、ハルアは容赦なく断言した。


「――犯人の中に、ロカ君がいます」


 怖いほど、感情の揺れがなかった。

 彼はロカが犯人だと確信しているのだろう。


「昨夜、私は立ち寄った店の主に『魔物が出る』という噂を聞いて、わざわざ徒歩でここに帰ることを選択しました。しかし、私は魔物の噂には敏感な方でしてね。今まで、そんな噂一度も耳にしたことがなかったんです。まあ、初めて聞く噂というのも魅力的ではありましたが、最初からロカ君が怪しい……とは思っていましたよ」

「じゃあ、最初から罠に引っかかるつもりだったんですか? 本人に問わずに?」

「ええ」

「つまり、最初からあの子が魔物だと分かっていて、ここに置いたというのですか?」

「そうですね」


 ハルアは、こちらが拍子抜けするほど、あっけなく認めた。


「あの子、魔物の割に単純でしょう? 兄上に茶をぶっかけたのは、演技ではありません。あの騒々しさは、彼の素なんですよ。いつも、ちょっとのことで大騒ぎするのです。だから、危険を承知で雇ったんですけど。……でも、本当に危険な子でしたね」

「そこまで知っていて、貴方は何もしないのですか?」

「動いたところで、かえって状況が悪くなることもあります。力も数も未知数の相手に、考えなしに刃向うのは愚かじゃないですか? 大体、彼が本気で私を殺したいのなら、あの茶に毒を混ぜれば一発で済むはずです」


 益々、信じられなかった。

 こんな人間がいるなんて……。


「……で、ここは相談ですけど」


 勢いに乗ったハルアは、ユラにずいっと顔を近づけた。


「君が、私を護ってはくれないのですか?」

「……私が……ですか?」

「長期とは言いません。そちらの都合もあるでしょうから、顔を出すのは短時間でも良いのです。人手が足りないので、作品を創る時、手伝ってくれたら有難いのです」

「この状況で、仕事をするのって……」

「未来のためにも、お金は必要ですからね」


 ずいぶん、現実的な王子様のようだ。


「……しかし」


 ――図々しい。

 雷帝を継いだばかりのユラに、そんな余剰な時間はないのだ。

 エンラのこともあるので、護衛は出そうと考えていたが、それがユラである必要性はない。マサキだったら、声を大にして、それを主張するだろう。

 ……なのに。それをちゃんと言いたいのに、ユラは口を開くことすらできないのだ。


(なんで……?)


 ――責任は、感じておいてください。


 やはり、ユラなりに責任を感じてしまっているのだろうか?


(違う。それだけじゃなくて……)


「おーい。ハルア!」


 遠くから、ラトナが呼んでいる。同時にこちらに走って来ているようだった。

 ハルアは、あっけないほど簡単に、ユラから離れていった。


「……ったく、ラトナの奴。まだ私は君のことを諦めてはいませんからね。とりあえず、ラトナの手前、筆記具を持って来るので、君はここで待っていて下さい」


 慌てて屋敷の中に入っていく、彼の背中を、ユラは静かに眺めていた。

 ハルアの外套が温かな風に揺れている。黒一色の格好は、どこかエンラに似ていた。


「ハルア様。…………私」


 逡巡の末、囁くような小声で呼びかける。

 振り返ったハルアは、何を察したのか、続きの言葉を聞くより早くにっこり微笑した。


「……宜しければ、私に君の名前を教えてくれませんか?」

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