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第57話 己を縛る呪い

 気が付くと、ぼんやりと天井を見上げていた。

 ……って、二回目だな、これ。

 勿論、見知らぬ天井ではなくドラゴンの大牙亭の自分の部屋だ。


 アンフィスバエナの時とは違い、今回は全身筋肉痛などということもなく、普通に起き上がれる。

 背中がずきりと痛んだが、動くのには問題はなかった。


『起きたか、ユート』

「おはよう、天龍。またルティア達に運んでもらったみたいだな」


 外を見ると、もう陽は落ちて暗くなっていた。

 階下の賑やかさも少し落ち着いているから、七時から八時ってところかな。


 ベッドの上で身体を起こして、体の具合を確かめつつ眠気を覚ましていると、コンコン、と控えめにドアがノックされた。


「どうぞ」

「失礼しますわ。……アルマさん、目を覚ましたんですのね」


 またミーシャかな、と思っていたが、ドアを開けたのはルティアだった。

 珍しいことに、誰もお供がいない。一人だ。

 ルティアが一人でいるところなんて、初めて見たかもしれない。


「まずは、お礼申し上げますわ。

 アルマさんのおかげで、みんな無事に生きて戻れました。

 本当に……ありがとうございますわ」

「ディッツとゴルドさんも、無事だったか…… 良かった」


 ほっ、と胸を撫で下ろす。

 二人ともダメージが深かったから心配していたが、おそらくガイウスが回復魔法をかけてくれたのだろう。

 やっぱり回復魔法があると安心感が違うな。


「アルマさんも……ですわ。

 わたくし、貴方が死んでしまうと思って……泣きましたのよ」


 きし、とベッドの上に腰を下ろして、ルティアが俺に手を伸ばす。

 今にも泣きそうな濡れた瞳が、いつもの上目使いで俺の目を見つめていた。


 天龍ッ、カリスマ攻撃を受けているぞッ!


『落ち着けユート。茶化すのに私を使うな』


 ……すまん、取り乱した。

 今更ルティアに惚れたりしないし、手管なのもわかってはいるんだが、どうしても動揺せずにはいられない。

 なんだかんだ、文句のつけようのない美少女ではあるしな。


「……アルマさんは、いつもそうやって身構えますのね」

「いや、別にそんなことは……」

「構いませんわ。……きっと、わたくしの手の内など、貴方にはお見通しなのですわね。

 ……でも、泣いたのは本当ですのよ?」


 ふう、と憂いを乗せた溜め息をついて、ルティアは伸ばしていた手をぱたんと下ろし、ベッドの上に身を横たえた。

 シーツ越しに俺の膝に頭を乗せるような形だ。


「お、おい、ルティア……」

「……わたくし、疲れましたわ。

 もう探索士なんて、やめてしまおうかと思いますの」

「……やめて、どうするんだ? 宛てでもあるのか?」

「そうですわね。元々、娼婦か探索士になるしかないと言われて探索士になったんですもの。今度こそ娼婦にでもなりますわよ」

「娼婦って……」


 思いもよらない単語が出てきて、思わずぎょっとする。

 いや、職業に貴賤はないというし、一説によると娼婦は世界で一番古い職業だともいう。

 だけども、ルティアが娼婦って……

 大体、パーティの皆はどうするんだ。そのままお客になるには……ものすごく気まずそうなんだが。


「うふふ、なぁんにもない女の選べる道なんて、犯罪者の他にはそのふたつくらいですわよ。

 ……そんなことより、頭でもお撫でなさい。気の利かないお方ですこと」

「え、あ、うん、ごめん」


 ぽふぽふ、とベッドのシーツを叩きながら頬を膨らませての抗議に、思わず素で謝ってルティアの髪を撫でた。

 すごく柔らかくてさらさらしていて、上質な絹みたいな手触りだ。思わずおっかなびっくり、慎重な手つきになってしまう。

 こんなところ、ルティアのパーティメンバーに見られたら殺されそうだな……

 しかし、その、なんだ。


「あの、ルティアさん。なんか、えらく態度が違いませんか」

「だって、アルマさんはわたくしが迫ってもでれでれしませんもの。探索士をやめるなら、もう愛想を振りまく必要もありませんわ。

 わたくし、本当はわがままですのよ。……もう少し強めに撫でてくださいます?」

「ええ、まあ、はい」


 リクエスト通りに、もう少し強めに髪を撫でる。

 枝毛もなくて、指を入れてもするすると滑って何処にも引っ掛からない。

 というか、何これ新手のカリスマ攻撃? 可愛いんだけど?


『くく、ユートはこういう女が好みなのか? 尻に敷かれたい、というやつかな?』


 いや、そういうことではない……と思うんだが。

 そんなことを言うのなら、天龍には好みの女性のタイプとかあるのかと聞きたい。どうせ忘れてしまったとか言うんだろうけど。


『ふむ。まあ、そもそも私の好みの相手が女性なのか男性なのか、というのもわからんわけだがな』


 天龍の声は……なんとなく、男性っぽいような。

 しかしハスキーな女性とも思えるような。

 むむ…… 今更だが、天龍については本当に何もわからんな。


「……アルマさんは、海、というものはご存じ?」

「ああ…… まあ、一応は」


 天龍について悩みながらルティアの髪を撫でていると、不意にそんな質問が飛んできた。

 海はもちろん知っているが、そういえばこの世界の海が俺の世界の海と同じかどうかを確認したことはなかったな。ラディオンを出るときは海を目指してみるのもいいかもしれない。


「わたくしのお父様は商人でしたの。

 フラウミーネ商会という名前を聞いたことはありまして? 結構大きな商会でしたのよ」

「いや、俺は最近になって遠くから来たからな」

「そうなんですの?

 ……ともあれ、早くに母を亡くしたせいか、わたくしは何一つ不自由することなく、父に蝶よ花よと育てられましたわ。

 きっと、いずれ婿を取って跡取りにするつもりだったのでしょうね、商会の経営に関しても、勉強を強いられたりするようなことはなくて。わたくしはこのまま大人になって、そのまま幸せな生活が続くのだと思っていましたわ。

 ──三年前までは」

「……………………」


 俺は、黙ってルティアの髪を撫で続ける。


「三年前、父は新たな販路を広げるために海の向こうの国へ行くことになりましたの。

 そこは多くの船が行き交う、魔物もおらず海賊も出ない安全な海……だった、はずなのに。

 ……よりによって、父が乗った船が出たその日に、大海竜が出ましたの」

「大海竜、って……」

「海の底に住まう、大型船よりも大きなドラゴンですわ。

 今でもその海域に居付いていて、船が出せないでいるそうですわよ」

「……お父さんは、どうなったんだ?」


 ルティアは、何も答えずにシーツの上に顔を伏せた。

 ……詳しく聞き出すのは、酷というものだろう。


「……商会は、わたくしが継ぎました。

 けれど、父の庇護がなくなったわたくしは、何もわからない、何も出来ない小娘でしたわ。

 ほんの三月で商会は傾いて…… 気が付いた時には、家屋敷も何もかも手放して、手元には何も残っていませんでした。いえ、負債が残らなかっただけ幸運でしたわね。

 何もできなくて、何をすればいいかもわからないうちに、わたくしの手からは何もかもこぼれ落ちていく……

 これからどうすればいいの、と聞いたわたくしに、探索士か娼婦にでもなるしかない、と答えたのは……誰だったかしら。あの頃はあまりに呆然自失としていて……忘れてしまいましたわ」


 おそらく、それはルティアの味方などではない誰かだったのだろう。そんな二択だけ与えて放っていったのだから。

 そして、ルティアは探索士になったわけだ。

 ……あるいは、そこで娼婦になっていた可能性だってある。

 コインを投げたら裏だった、くらいの確率で。


「でも…… 探索士になったって、わたくしの手からはこぼれ落ちていきますの。

 二年前の、あの人も。そして、クロードさんも。

 ……今日は、アルマさんのおかげで誰も失わないで済みましたけれど、明日はどうなるか、わかりませんわ」

「……失うばかりの三年じゃ、なかったんじゃないのか?」


 クロードも、レジーも、ゴルドさんも。

 ディッツやアルバート、ガイウス、二年前にいなくなった仲間だって、ルティアが手に入れたものだ。

 それに…… 何かを手に入れて、何かを失う。

 そんなのはきっと、どんな生き方をしてもあるものだろう。


「それを、いつ失うかと怯えるのに疲れたのです。

 ……わたくしには、それをつなぎ止めておくことも出来ませんもの。探索士としてのわたくしには……いいえ、探索士にもなれないわたくしがついていけるのは、ここまでが限度なのですわね」

「剣や魔法を覚えることはできないのか?」

「やってみましたわよ。……けれど、いくら頑張っても手にマメができるばかりで身に付きませんでしたの。

 魔法についてはアルマさんもご存じでしょう?」


 確かに、気絶するまで魔力を使っても魔法を身に付けられていなかった。

 今も、魔力感知Lv1があるだけだ。

 武器を扱うスキルも何一つ持っていない。


「……わたくしは、何も出来ない女なのですわ」


 そう言って、ルティアは重く溜め息をついてぐったりと身体を預け、顔を伏せた。


『……どうやら、見えてきたぞ。

 何も出来ない、それがこの女のキーワードだな』


 ……どういうことだ、天龍?


『いいか、ユート。天龍眼は全てを見通す。

 だが、全てをあるがままに見通し受け入れていては、雑草一本の情報量でも人間の脳は容易く押し潰されるのだ。最初に目覚めたときのお前のようにな。

 故に、普段は私が制御をかけている。具体的には、フォーマットを整え、取捨選択し、理解しやすく、負担のないようにしている』


 なるほど、確かに天龍眼を開放した時は言葉に出来ない細部まで無理矢理脳髄に刻まれるかのようだが、普段はポップアップする情報を目で読んでいるし、通行人のステータスを一日中眺めていても平気だな。


『だが、わかりやすく負担を軽くするために、普段は見えない情報もある。ユズの味覚障害もそれだ。

 ……それを、少しだけ見せてやろう』


 じくり、と目の奥に違和感のような小さな痛みがして、ルティアのステータスが展開された。


────────────

【名前】ルティア・フラウミーネ  【Lv】4

【種族】人間   【性別】女性   【年齢】17歳

【属性】無

【能力値】

 体力 11/47    精神 15/56

 筋力 8/55    魔力 10/41

 技量 11/62    感覚 14/59

 敏捷 13/39    知性 16/66


【クラス(取得条件)】

 アイドルLv15 - 自分の信仰者を5人以上獲得する

 商人Lv7 - 算術スキルLv1以上


【アビリティ】

 パーティ全能力上昇・小(アイドル) パーティ全体の全ての能力が僅かに上昇する

 パーティ戦意向上(アイドル) パーティ全体の戦意を向上させ、十全な能力を発揮させる

 群衆統率(アイドル) 自分より大幅にレベルの低い集団を率いることができる

 知性上昇・小(商人) 知性が僅かに上昇する

 金銭感覚(商人) 物品に適切な価格をつけることができる


【スキル】

 カリスマLv1  魔力感知Lv1  算術Lv3


【特殊アビリティ】

 成長補正マイナス・極限 能力値の鍛錬やスキルの習得速度を極限まで低下させる

────────────


 ……なんだ、この特殊アビリティって。

 成長補正マイナス・極限……? マイナス効果のアビリティなんてあったのか?

 しばらくその文字を見つめていると、目の奥の痛みがひどくなる前にぱたりと折り畳むようにその項目が消え、痛みが引いていった。


『おそらく、きっかけは三年前。何もかも失い極度の絶望と無力感に苛まれ、自らに諦観したのだろう。

 何も出来ない自分には、これからも何も出来ない、と。

 ……そもそも、自分で戦ってはいないとはいえ、三年も迷宮に潜っていて未だにLv4などと、不自然だとは思っていたのだ』


 言うなれば、ルティアが今のルティアになった元凶か。

 まるで自分にかけた魔法……いや、呪いだな。

 これをどうにかする方法は無いのだろうか?


『無力感が原因なら、それを取り除けばいいだろう。

 自分が役に立てた、と思わせつつ狼のボスを倒せばいいのではないかな。

 ただし、新しい魔法やスキルを覚えさせるのは無しだ』


 となると、使えそうなのは…… カリスマくらいか。

 カリスマは、魅了、交渉、演技、指揮……その他、詐術、演説、扇動、戦術学、帝王学、礼儀作法などなど、もういいやってくらい多数のスキルの複合上位スキルである。

 なかなかとんでもないスキルではあるが、直接的な戦闘にはほぼ関与しない。


 ……だが、まあ、なんとかなるかもしれない。


「……なあ、ルティア」

「ん…… なんですの?」


 帰ってきた声はちょっと眠そうだった。

 おいこら、そのまま寝るんじゃないぞ。


「探索士をやめる前に、少しだけ付き合ってくれないか」

「……アルマさんもとうとう、わたくしに篭絡される気になりまして?」

「そういう意味の付き合いじゃない。

 もう一度ジャベリンウルフに挑んで、勝っておきたいんだ」

「…………正気ですの?

 今日、散々痛い目にあったばかりですわよ。運次第で次は勝てる、なんてものではなかったのは、わたくしにだってわかりますわ。

 それとも、わたくしに剣や魔法でも教え込むつもり?」

「いや、その必要はない。

 ……どうも、クロードもルティアも勘違いしてるみたいだけどな。剣も魔法も使わない、ルティアの戦い方をすればいいんだ」

「わたくしの、戦い方……?」

「ああ。たぶん、それで勝てる」


 ばちくり、と見開いた目をしばたかせて、ルティアは身体を起こした。

 今日の戦いを見る限り、自分が何かしただけで勝てるなんて思えないのだろう。

 しかも、剣も魔法も使わずに。

 何も出来ないはずの自分が。


 ……まあ、ルティアのステータス見てたら、むしろ何故そうなってないのか不思議なくらいなんだけどな……


「それで倒せなかったら、娼婦にでも何でもなるといい。

 でも、諦めて嫌々娼婦をするよりは、みんなで探索士する方がきっと楽しいと思うけどな」

「楽しい……ですか」


 呆気に取られたような顔で、ルティアは繰り返す。

 やがて、表情を引き締めて微かに微笑み、ベッドの上からゆっくりと降りて俺から離れた。


「……では、アルマさんにお付き合いして、もう少しだけ猫を被った探索士のわたくしでいることにしますわ。

 わたくしの戦い方とやら、一体何をさせるつもりなのか楽しみにしていますわね」

「ああ、よろしく頼む」

「それでは、わたくしは下に戻ります。アルマさんのお食事も用意しておりますので、早めに降りていらしてくださいまし」


 スカートの端をつまんで優雅に一礼し、ルティアは部屋のドアを開ける。

 と、部屋を出る前に一度、くるりとこちらを振り向いた。


「ところで、先程のわたくしについてはお忘れくださいね。

 ……ちょっとした気の迷いですわ」

「可愛かったからしばらく忘れられそうにないな」


 にやり、と笑うと、ルティアは照れたように頬を染めて唇を尖らせた。

次回予告

 ふとしたことから手に入れた、不思議なカード。

 カードの運命に導かれた人々は、王の座を目指して決闘デュエルに身を投じる──!

 次回、第58話「勇猛さを示し王の座を目指す儀式」

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