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第51話 復讐する者、しない者

 ルティアが探索士になったのは、14歳の頃だという。

 探索士協会で不安そうに佇む幼さの残る少女を心配して探索士達が集まり、あれよあれよと言う間にパーティが出来上がった。

 ルティア、レジー、ゴルドさん、そしてクロードの他に、斥候と魔法使いを含めて6人のパーティである。


 ルティアは言うまでもないが、当時はクロードは勿論、レジーやゴルドさんも今よりレベルが低かった。

 しかし、魔法使いは気弱ながらも多彩な魔法を的確に使い、斥候は斥候でありながらレジーやゴルドさんよりも前に出て戦えるほどの戦士でもあった。

 主にこの二人に引き上げられて、パーティは順調に迷宮を踏破し、牙狼の迷宮に挑むまでになった。

 大樹の迷宮でお茶会をするようになったのもこの頃らしい。


 皆に大切にされ、守られてばかりで何も貢献していないルティアに、苦言を呈していたのはクロードだけだったという。

 そのクロードも、当時は口うるさく言いつつも何くれとなく世話を焼き、側にいて守っていたらしいが。


 おそらく、斥候と魔法使いの二人が高レベルだったのだろう。

 特に、斥候の彼は周囲のフォローもうまく、実質的にリーダーの役割をしていたようだ。

 ルティアたちは当たり前のように段階を踏み、当たり前のように牙狼の迷宮のボスの領域へと足を踏み入れた。


 そして、当たり前のように、戦列は崩壊した。


 ルティアは……いや、当時のクロードやレジー、ゴルドさんも、何が起こってそうなったのか、わからないという。

 気が付けばそれぞれが狼に囲まれ、狼達の波状攻撃に翻弄され、傷つけられ、全滅間近の状態に陥っていた。

 そうならなかったのは、斥候の彼が誰よりも傷を負い、駆け回り、皆を助けて回っていたからだ。

 だが、一人だけではやがて限界が訪れる。


 ──先に限界に達したのはルティアだった。

 それまでの探索は順調だったのに、安全なところで皆を応援していれば良かったのに、狼の爪や牙が何度も肌をかすめ、足下に風の槍が打ち込まれ、舞い上がる土埃に白い衣装が汚される。

 ついにはパニックに陥って、悲鳴をあげて逃げ出したのだ。


 逃げろ、と斥候の男が叫んだのはその直後。

 だが、無防備な背中を狼が見逃すはずもない。

 ジャベリンウルフはルティアの背中に向けて、必殺の風の槍を打ち──斥候の彼が、寸前で割り込んで、代わりに受け止めた。


 彼はそのまま倒れ、二度と起き上がらなかった。

 泣き叫んで戻ろうとするルティアを押し留め、抱えあげてひたすら走り……斥候の彼を犠牲にして、ようやく逃げ切ることができたのだ。


 だが、パーティは崩壊した。

 ルティアは何日もふさぎ込み、斥候の彼と同郷だったという魔法使いは探索士をやめ、彼の遺品を幾ばくか持って故郷に帰ってしまった。


 ……そして、クロードもパーティを抜けた。

 その時、クロードとルティアの間に何があったのかは、二人とも話そうとはしない。


 レジーとゴルドさんだけが残り、ルティアを支え、少しずつパーティを立て直していったという。

 やがて、ガイウスやアルバートが仲間になり、一年前にディッツが加わって、ようやく今の形に落ち着いたのだった。




「わたくしは、怖いのですわ。また、仲間を失うことが……」


 レジーやゴルドさん、クロードの補足を受けつつも、ようやく語り終えて、ルティアは長く、長く溜め息をついた。


 ……ルティアのパーティの崩壊、か。

 既に一度、経験していたとは……


『その上で、また同じことをしているあたり、小娘も業の深いことよ。死ぬまで治らぬのではないか?』


 天龍の意見は辛辣だ。

 まあ……言いたくなるのもわかるけどな。

 ルティアは探索士には向いていないのではないだろうか。

 じゃあ何をすればいいのか、はわからないけども。


「姫が憂いしは、我らを失うことを怖れんがためか……

 麗しき胸中を翳らせる雨雲を、我が炎で晴らしてやれぬことの悔しさよ……!」

「ううう、ルティアかわいそうっス……!

 そしてクロードはひどいやつっス! なんでルティアを支えてやらなかったっスか!」

「……僕の選択を、君に言われる筋合いはないよ」

「そうじゃ、探索士は命がけの仕事じゃけぇ。自分が決めたことを、人があれこれ言うがはいかんことじゃ」


 じろりとクロードに睨まれ、ゴルドさんにたしなめられて、ディッツはたじろぎつつも黙り込む。


「言いたい気持ちはわかっけどなー……」


 レジーがぼそりとつぶやいた声は、かろうじて俺の耳に届いただけだった。


「……だけど、ルティア。君はいつまでそのことを引きずっているつもりだい?

 ジャベリンウルフに挑んで、倒さなければ…… あの頃のまま、先に進めないんじゃないのか?」

「先になんて……進む必要、ありませんわ。

 ……それに、クロードさんは…… 怖くありませんの?」

「怖れてすくむようなら、探索士なんか続けてないさ。

 僕もあの頃のままの僕じゃない。ジャベリンウルフを倒すことは、二年前に死んだ彼への手向けにもなる筈だ」

「……………………」


 真っ直ぐに視線を向けて言うクロードに、ルティアは視線をあわせずにうつむいてしまう。

 ただ、少し考えが揺らいでいるようにも思えた。


「……クロード、ユズ、俺はルティアが良ければ、一緒にジャベリンウルフを討伐してもいいと思っている。

 二人とも、それで構わないか?」

「僕は構わない。君の仲間として、ついていこう」

「……うん。いいよ、アズマについてってあげる」


 二人とも、快く頷いてくれた。

 クロードはルティアとは仲が悪いが、個人的な感情は別として割り切ってくれるのが助かる。

 これで仲直りしてくれればなおいいんだが、何が原因でこうなったのかわからないと、どうしようもなさそうだ。


「ルティア、俺もジャベリンウルフとは戦った方がいいと思う。

 ゴブリンの壁みたいなものだ。乗り越えないと、いずれ破綻してやっていけなくなるぞ」

「アヅマっちの言う通りだよ、ルティアちゃん! 今の俺らなら、ジャベリンウルフくらい楽勝だっつーの!」

「そろそろ、心の荷物を下ろす頃合いかもしれんのう……」

「ういっス、オイラもルティアのために頑張るっスよ!」

「姫よ、今こそ勇気をもって決断するとき!」

「…………!!」


 意気込む皆に背中を押されたか、ルティアはようやく顔をあげると、少しためらいがちに、しかし確かに微笑んだ。


「……わかりました。

 わたくしも覚悟を決めますわ。アルマさん、よろしくお願いしますわね」

「ああ、こちらこそよろしく頼む」


 がっちりと握手……を交わすには少しばかり席が遠かったので、できる限り力強く、笑みを作ってみせた。




 その後、具体的な段取りをいくつか決めて、ルティア達は自分の宿に帰っていった。

 ルティア達の宿は、大牙亭よりもちょっとお高い宿らしい。

 宿泊客も、探索士よりは商人などが多いんだとか。


 ジャベリンウルフ討伐は、準備もあるので数日後ということになった。

 今日、探索士協会の支部長から直々に、牙狼にばかり潜らないように、と言われたばかりでもあるしな。


「……ねえ、アズマ」

「ん、何だ、ユズ」


 ルティア達が帰った後、何やら物言いたげに、ユズが声をかけてきた。

 そういえば、ルティアの話を聞いてユズは妙に口数が少なかった気がする。ユズの境遇なら、思うこともあったろうに。


 ちなみにクロードは、今日の話で思うところがあったのか、早めに部屋に戻って休んでいる。


「仲間を失うのは辛いよ。

 一人でも、全員でも、変わらずに辛いんだ。

 その気持ちは、よくわかる」


 ……他人の気持ちなんてわかるものかと言うけれど、確かにユズにはそう言える権利があるな。

 何しろ、今もまだ精神にマイナスが入っているのだ。

 だが、同情を口にするには、ユズの目は冷めている。


「でもぼくは、あのこのこと、きらいだ」

「……そう、か」


 まるで感情のこもらない言い方に、俺も思わず反応に困ってしまう。

 嫌いは好きの裏返しとはいうが…… 好きの本当の反対語は、無関心だという。

 ユズの態度は、それに近い。


「仲間が殺されたなら、仇を取るべきだ。

 そのためにできることは、何でもしなくちゃ。

 ……だから、ぼくもアズマの指示した通りに頑張ってる」

「ああ…… そうだな」


 三日月党と戦うための準備として、ユズとクロードにはそれぞれいくつか指示を出してある。

 成長速度補正をかけるために俺も付き合っているけど…… ま、詳しいことはまたいずれ、追々と確認していこう。


「でも、あのこはなんにもしていない。

 あのこが怖いのは、自分が傷つくこと。

 あのこが大切なのは、自分のこと。

 ……あんなに仲間に好かれているのに、一度は仲間を失ったのに、まだ自分がどれだけ恵まれてるか気付いてない。

 だから、ぼくはあのこのこと、きらいだよ」


 ……まるで、「ぼくが嫌いなものはピーマンだよ」とでも言うかのような言い方だな。これもトラウマの影響なのか?


『……いや。おそらく、軽蔑に近いものだろうな。

 そのあり方を軽蔑し、価値を認められない。

 価値がないから、関心が持てない。

 関心がないから、感情がこもらない。

 あの小娘が嫌いだという、ただの評価になる。

 ……感情的に嫌っているのではないから、小娘が変わって軽蔑せず価値を認められるようになれば、好転もするだろう』


 ルティアが変われば……か。

 ジャベリンウルフとの戦いを通して、いい方に変わってくれれば、それに越したことはないな。

 実際にどうなるかは……やってみなければわからないか。


「ま、でもアズマがあのこと一緒に戦うっていうなら、ぼくはアズマに力を貸してあげる。

 ちゃんと真面目にやるから安心して。好き嫌いで手を抜いたりなんてしないよ」

「ユズもクロードも、そういうところは助かるよ」

「あは、アズマはぼくの仇討ちに力を貸してくれるからね。

 これでも結構恩に着てるんだよ?」


 といっても、ユズにはゴブリンの壁の時に迷惑をかけたしな。

 ユズのことがなくても三日月党は脅威だし、そんなに恩に着られるようなことをしているつもりはないのだが。


「アズマ、きみも無理はダメだよ?

 きみは、ぼくを死なせるつもりはないって言ったけど…… ぼくも、きみを死なせるつもりはないからね」

「無理はしてない。出来ることだけやってるつもりだ」

「ならいいんだけどねえ」


 ユズは何故か、冗談でも聞いたかのようにくすくすと笑う。

 おかしい。俺は臆病と慎重が身上のはずだが。解せぬ。


「それじゃ、ぼくもそろそろ休むね。おやすみ、アズマ」

「ああ。おやすみ、ユズ」


 軽く手を振って、階段を上がっていくユズを見送った。

 以前は別の宿に泊まっていたユズだが、今はドラゴンの大牙亭で部屋を取っている。

 別々の宿では不便なのもあるが、前の宿は6人のパーティで二部屋借りていたし、ユズ一人でその宿代を払い続けるのは難しかったからだ。


 前の仲間の荷物整理は、かなり量があったので俺やクロードも手伝った。

 ユズと同室の子がぬいぐるみの収集家だったのがやばかったな!

 結局、荷物の大半は処分したが、それでも残った5人ぶんの遺品を持ち込んだユズの部屋はなかなかカオスなことになっていたりする。


 ……それにしても。

 ユズに続いて、今度はルティアの仲間の仇討ちか。

 方や最強のPKパーティ、方や迷宮のボスと、相手や状況は色々と違うが、いずれも仲間の死が発端になっている。

 自由市場で売りに出されている品も、死んだ探索士の遺品と思われるものがいくつもあった。

 ……探索士はしばしば命を落とす、ということを実感させられるな。


『ふむ。探索士が嫌になった、という話か?』


 いや、そういうわけではないけども。

 慎重を重ね、運もなければ、俺もいつその仲間入りをするかわからない、という話だ。


『死とは、そう厭うものでもないぞ。

 ……だが、説教臭い話はいい。

 結果としてお前が死んでも、私は構わぬ。だが残された時間を延々と、悔やみ続けるお前を慰めるのに費やすつもりはないぞ。

 だから必死で生きあがけ。そして最後に笑って死ぬがいい』


 そりゃなかなか難しい注文だ。

 さしあたっては、ユズとルティアの件を放っておいたままでは、笑って死ねそうにない。


 そのために、俺達も強くならなくちゃな。

 お金も随分貯まったし、明日はみんなでシオンさんの工房に行って、ゲイルさんの工房に行って、ティエナの工房に行って、という装備強化スケジュールだ。

 お金もかなりかかりそうなので気合いいれて狩ってたら怒られたわけだけど。


 ちなみにティエナの工房は店舗スペースのない作業スペースだけの工房なのだが、ここ数日はある理由でお邪魔させてもらっている。

 その理由とはあまり関係ないことではあるが、あの工房の中を最初に見たときは、驚きと喜びで思わず興奮したものだ。明日が今から楽しみですらある。


『楽しみなのはいいが、明日は早いのだろう。そろそろ休んでおくがいい』


 おっと、そうだった。

 明日は午前中にシオンさんとゲイルさんのところにお邪魔する予定なのだ。宿を出発するのも早めの予定なので、早めに寝ておかないとな。


 気が付けば、大牙亭の店内も空席が目立つようになっており、店長が料理する音ではなくミーシャが片付けをする音の方が響くようになっている。

 俺も店長とミーシャに挨拶をして、部屋に戻ることにした。


『うむ。おやすみ、ユート』


 おやすみ、天龍。

次回予告

 戦力増強のため、全員の装備を一新すべく職人街を訪れるユートたち。

 心機一転、新たな装備を身に付ける。

 次回、第52話「ベルファレス・ファッションショー」



お詫び

 作者夏バテのためしばらく更新速度の低下が予想されます。

 皆様も体調にご注意ください。

 ご迷惑をおかけしますが、ご容赦ください。

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