第50話 崩壊の予兆
三日月の迷宮に挑む前に、装備の新調とレベル上げのために俺達は牙狼の迷宮で狼を狩った。
狩って狩って狩りまくり、大量の毛皮を持ち込んだ。
「……いいですか、アルマさん。世の中には需要と供給というものがあります」
「はあ」
そしたらシャリア先生に怒られた。
ぶっちゃけ供給過多になりそうで、毛皮の値崩れが起こる兆候が現れ始めているらしい。
皮が安くなりすぎると、商品が安くなって買う方はいいが、売る方の探索士や、シオンさんのような皮革職人は収入が下がって厳しいことになる。
まだ買い取り価格が下がるほどではないが、このペースで毛皮を持ち込まれ続けると、将来的に影響が出るおそれがあるという。
ちなみに、アリ蜜や鉄鉱石も同じことになりかけたらしいが、アリ蜜に関しては大樹の迷宮が封鎖されて今や逆に高騰中である。
三日月の迷宮にも少しだけアリは出るらしいのだが…… 三日月の迷宮は挑むだけで注目を集めるほどの高難易度、という認識をされている。
挑むパーティも主な目標はクレセントベアで、今更アリ蜜なんて持って帰らないことも珍しくない。
「探索士個人にこんなことを言うのは異例なんですが……
牙狼ばかりではなく、巣穴や深森にも潜ってみては?
……って言うように、と支部長に言われました」
最後の一言はこっそりと、小声で付け足された。
探索の収入自体は牙狼が圧倒的に効率がいいんだが…… ラディオンの経済を破壊するつもりはないし、あの支部長さんも怖そうだったから言う通りにしておこう。
「それにしても、アルマさんのドロップ量は異常ですね。運がいい、って範疇を超えてますよ? 一体どんな方法を……?」
「運がいいだけですよ……って、言いたいところなんですが」
クラスとそのアビリティについて知られていないようなので、今までは言葉を濁してきたところだが……
いつもドロップ清算をしてくれているシャリア先生には何かあると気付かれているようだし、少しくらい話しても……問題ないか?
『まあ、別にいいのではないか? 好きにするがいい』
天龍は興味なさげだ。
あまりぺらぺらしゃべるのも良くないと思うんだけど、まあ、少しだけ。
「……俺の故郷では、アビリティ、という考え方がありまして」
「アビリティ……ですか?」
「ええ、クラスによって特別な力が授けられるというものです。
戦士なら力が強くなったり、魔法使いなら魔力が強くなったり、斥候なら器用になったり」
「……それは、それぞれのクラスとして頑張ってきた結果では?」
「あくまで俺の故郷での考え方ですよ、あくまで。
……で、学士は魔物からドロップアイテムが出やすくなるアビリティを持っている、と言われています」
「そのおかげで、ですか?
アビリティなんて、初めて聞きましたけど……」
「いや、だが興味深い話だ」
いつの間にか、シャリア先生の後ろに支部長さんが立っていた。
流石は高レベルの斥候系クラス、気配を感じさせなかったぞ。
「力よりスピードを重んじるタイプの戦士でも、探索士ではない人よりも強い腕力を持っていることがある。
カラード君も心当たりがあるのではないか?」
「わ、私はそんなに怪力では…… いえ、まあ、確かにそういう人もいますね、ええ」
……とか言いつつ、シャリア先生の筋力値は鍛冶仕事で鍛えられていて細マッチョな旦那さんのゲイルさんと同じなんだよな。
なんと筋力28もある。
見た目はすらっとしていて、筋肉質には見えないんだけど。
「統計をとってみれば、その話が本当かどうかわかるかもしれないな。
君、他に何か、そのアビリティとやらについて知っていることはあるか?」
「……さあ、あんまり詳しくは調べなかったので。
強い人ほどアビリティの力も高まる、とかなんとか」
これ以上はボロが出そうなので、あとはとぼけておく。
これはあくまで天龍眼があるからわかる話だ。向こうには確認のしようもないし、もし天龍眼のことがバレるとややこしい話に発展しかねない。
「ふむ…… そうか。ありがとう、面白い話だったよ。
……礼というわけではないが、ひとつ教えておこう。
君が第三層を発見したことで調査のため封鎖されていた大樹の迷宮だが、明日には開放される予定だ」
お、随分長くかかったがようやく調査終了したのか。
ルティアがお茶会できなくて不機嫌だと言っていたから、これで少し落ち着くかもしれないな。
「ただし、第三層の危険度は三日月の迷宮を上回る。
そのため、クレセントベアの肝あるいはジャベリンウルフの大牙を納品したパーティにのみ、許可を発行するものとする」
「ジャベリンウルフ?」
「ジャベリンウルフは牙狼の迷宮のボスですね。
魔法で風の槍を撃ち込んできます。強敵ですよ」
つまり、そのどちらかを倒さないとダメってことか。
ルティアたちも牙狼のボスに挑んだことはないっていうし、結局まだまだ大樹の迷宮には入れなさそうだ。
最後に、ドロップアイテムの大量持ち込みはほどほどに、と支部長直々に念を押されつつ、探索士協会を後にした。
協会のすぐ向かいである大牙亭に戻ると、いつもの席がいつもよりも人口密度が高くなっていた。
「こんばんは、アルマさん」
「ああ、こんばんは。ルティアたちがこっちに来るなんて珍しいな」
ルティアだけではない、メンバーも全員いる。
テーブルを二つくっつけて、宴会のように大皿が並べられてみんなでわいわいと料理をつついていた。
まあ、こういう賑やかな食卓も悪くない。
同じ斥候だからだろうか、ユズとディッツが仲がいい。
どちらかというとユズが一方的にディッツを構っていて、ディッツが手元の小皿にとった唐揚げをぱくりと食べると、その意識がそれている間にユズが素早く新しい唐揚げを押し付けてたりする。
あれ、さっき食べたはずなのに? と首を傾げながら二個目を食べるディッツを、ユズはくすくすと笑って見ていた。
……まあ、あれは自分があまり食べていないのを誤魔化す意味もあるのだろう。実際、ユズの手元の小皿に盛られた料理は半分以上ディッツに押し付けられている。
これも隠密スキルの応用だろうか、たまにじっと見ていてもいつ押し付けたかわからないことがある。
……というか、俺の手元に盛った覚えのない料理がいつの間にか増えていた。隠密スキルこわい。
クロードはというと、レジーやゴルドさんとブランデーを傾けながら何やら話をしている。
確か、あの二人とは元々同じパーティの仲間なんだっけ。
ルティアとは、それぞれ離れた席に座って、互いに努めて視線を向けないようにしていた。
……この二人の関係は、本当にややこしい。
「──さて、今日は実はアルマさんたちにお話がありますの」
料理も減り、皆が落ち着いてきた頃を見計らって、ルティアがそう切り出した。
ちなみに、食後のお茶はティーセット持参のガイウスがキッチンを借りて淹れた。飲食店で飲食品の持ち込みはマナー違反だが、店長が許可したので問題はない。
うーん、やはり彼の紅茶は絶品だ。みんな気持ちが落ち着いて、ルティアの話に素直に耳を傾ける体勢になっている。クロードさえもだ。
ユズですら、紅茶には口をつけずにカップを顔に近づけて香りを楽しんでいる。
「先日から調査のために封鎖されていた大樹の迷宮ですが、明日には開放される、という話を聞きましたの」
「調査が終わったのかい? 経過報告などが公開されたって話は聞かないけどな」
クロードの疑問に、ルティアはにっこりと微笑むのみだ。
これ、まだ一般には極秘の情報なのか?
ルティアにも独自の情報網があるらしい。あるいは協会の中にも彼女のカリスマにやられた信仰者とやらがいるのかもな。
「ただ、新たに発見された第三層が三日月の迷宮を越える難易度になるそうでして、入るためには何かしら条件が必要らしいんですの。
そこで、よろしければ是非アルマさんたちにも手伝って頂けないかと」
「むう、姫よ。大樹の鍵が何かは神秘の闇の彼方ではあるが、我らとてその力と忠義に揺らぎなし。学術の徒の力を借りる必要はないのでは?」
「アルマさんの実力は先日見ましたでしょう? あれだけの剣の腕ですもの、もう学士ではありませんわよ」
ころころとルティアは笑うが、どっこいまだまだ学士です。俺もクロードもな。
ややこしくなるから言わないけど。
「アルマさんにとっても悪い話ではないと思いますの。みんな一緒の方が、安全で効率的でしょう?
……ね、わたくしに力を貸してもらえませんこと?」
祈るように軽く両手を組み合わせて、どこか困ったような表情で微笑みながら、ルティアは真っ直ぐ俺を見つめた。
『む、久し振りだな、このカリスマを仕掛けられている感じは』
カリスマがなんか詐欺の手段か何かみたいだな……
案外、大した違いはないのかもしれないが。
「その話なら、俺もさっき協会で聞いたよ。
クレセントベアの肝かジャベリンウルフの大牙を納品しないといけないらしいな。狼のボスを倒すのに力を借りれるなら確かに助かる」
「ジャベリンウルフか。牙狼の迷宮のボスだね」
「じゃあ、オイラ達もついにボス戦っスか! 腕がなるっス!」
「風を操りし森の狩人どもの首魁か。相手にするに不足は無い。必ずや姫の御前にその首級を示してみせよう」
「……!」
ディッツやアルバートはやる気満々で、ガイウスも無口ながら気合いを入れている。
が、ゴルドさんやレジー、そしてルティアは思わしくない反応だ。
「……ごめんなさい、アルマさん。
やっぱり、先ほどのお話は無かったことに致しますわ」
「ルティアちゃん、それでいいのか?」
「あれっ、なんでっスか!? ルティアも、また大樹でお茶会できるのを楽しみにしていたはずっス!
狼のボスくらい、アルマたちがいれば勝てるっスよ!」
「むしろ、我らだけでも倒してみせようぞ!」
意気軒昂なディッツとアルバート、そしてガイウスがやる気を見せてはいるが、ルティアはうつむいて首を横に振る。
あちらのパーティはルティアの意向が第一だ。俺としても、ボスと戦うのにルティアたちの助けが得られれば安全度が高まるのだが……
「理由を聞いてもいいか?」
「……それは……」
訪ねてみるが、ルティアは言い淀む。
レジーとゴルドさんも、ボスに挑むのに反対するというよりは、ルティアを気遣っているような様子だ。
『これはよくない傾向だな』
「……よくないな」
クロードがぽつりとつぶやいたのは、天龍と同時だった。
『如何に小娘がカリスマを持っているとはいえ、自分の意見を抑えられれば、わだかまりは残る。
小娘を思っての意見を小娘に否定されたなら尚更だ』
可愛さあまって憎さ百倍、というやつか。
常日頃狼と戦って、ボスの手前で毎日安定して戦うことができるようになれば、ボスと戦えるという自信もつく。欲目と言ってもいい。
おそらくディッツたちは、いずれボスと戦うつもりだったのだろうが、ルティアは違った、というわけだ。
『うむ。このあたりが小娘の限界だろう』
ボスに挑めば……ルティアが危険だろう。
Lv4のメンバーを守りながら、ジャベリンウルフ……単体でクレセントベアと同格で、クレセントベアはLv32のアンフィスバエナと同格だというから、確実にLv30以上の魔物……と戦えるほど、レジー達も高レベルではない。
かといってボスを避ければ、パーティに亀裂が入る。
行くも戻るもままならぬ、崖っぷちだ。
……ルティアが皆と並んで戦えるほど強くなれば、解決はする。
だが、いくら俺やクロードの成長速度補正を乗せても、今すぐにとはいかない。勇者じゃあるまいし。
しかし今回に限れば、俺達がフォローに入れる。ボスに挑むリスクは幾分か減らせるだろう。
俺達と一緒にジャベリンウルフを倒す。危険が皆無になるというわけにはいかないが…… これが最善だな。
『……おいユート、お前は何故、ごく自然にルティアのパーティの心配なんぞしているんだ? 惚れでもしたか?』
いやいや、馬鹿なことを言うなよ、天龍。
ルティアには…… もう、素直に惚れるとかはできないな。色々見てきたし。レベルとかカリスマとかクロードとの好感度とか。
しかし一番交流のあるパーティだし、崩壊するのを黙ってみているのも寝覚めが悪いだろう。
よし、ではそのように提案して──
「君が言えないなら、僕が理由を答えよう」
俺が何かを言う前に、クロードがそう言った。
「ちょ、ちょ、ちょ…… クロード、待てよ!」
「むむぅ、言いたいこともわかるんじゃが……」
覿面に慌てたのはレジーとゴルドさんだ。
二人にも、クロードの言う「理由」に心当たりがあるようだ。
「むしろ、何も話していないのが不思議だね。
君達は同じパーティの仲間なんだろう? 昔あったことも言えない程度の関係かい? それとも…… あの時のことはもう忘れたかな」
「そんなこと! ……忘れられないから、わたくしは……!」
がたん、と椅子を蹴って立ち上がり、ルティアが身を乗り出す。
ルティアは今まで見たことのないような、悲しそうな、苦しそうな、泣きそうな、憎しみや怒りを混ぜ混んだような顔で、クロードを睨んだ。
彼女のそんな顔はディッツ達も見たことがないようで、驚いて声もでない様子で唖然としている。
「……じゃが、ルティア。クロードの言うことも一理あると、わしは思う」
「大丈夫? ルティアちゃんが辛いなら、俺が話すよ?」
「いえ…… 大丈夫、です。……自分で話しますわ」
気遣わしげなゴルドさんとレジーに、ルティアは少し落ち着きを取り戻して、再び椅子に腰を下ろした。
「……ご存じかもしれませんけれど、わたくしとゴルドさん、レジーさん、そしてクロードさんは、2年前には同じパーティでしたの。
わたくし達は、2年前にも牙狼の迷宮のボスに戦いを挑んで──」
そこでルティアは言い淀み、きゅ、と下唇を噛んだ。
そして、苦しげに、押し出すように、言う。
「──仲間を一人、失ったのですわ」
次回予告
ルティアが語る、2年前のパーティ崩壊の顛末。
同じように仲間を失ったユズは、じっと黙ってそれを聞いていた。
次回、第51話「復讐する者、しない者」
短編小説「この中に一人、ネカマがいる」をアップしました。よろしければお読み下さい。
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