第36話 巣穴の迷宮・第二層
巣穴の迷宮の攻略は、半分だけ順調、と言えるだろうか。
迷宮の攻略自体は進んでいる。
俺達はたった三人のパーティだが、クロードもユズも強い。3~4体程度のゴブリンなら先制攻撃でそのまま蹴散らせるし、その倍くらいでも危なげなく倒せる。
早々に逃げを打たれてしまうと、追撃しきれないことも多いが……
巣穴の迷宮には罠も少なくないので、深追いは禁物だ。
無理して仕留めなくても、ゴブリンはいくらでも出てくるしな。
ただし、俺は相変わらずゴブリン相手に実力が発揮できないでいる。
先日の訓練のおかげか、少しはまともに戦えるようになった。武器を切り落としたりはじき飛ばすくらいなら問題ない。
だが、ゴブリン自体を攻撃するのは難しい。
いや、ゴブリンの残虐さは聞いたけど、そんな目の前で泣きそうな顔して震え怯えられると非常に攻撃しづらい……!
結果的に、俺の役目はゴブリンの無力化や牽制が主だ。
ざくざくと始末するユズとクロードに比べて、あまり貢献できていない。
「この先が第二層だよ」
ユズが案内したのは、洞窟の奥にぽっかりと口を開けた下り坂だった。
下り坂の奥には踊り場のような場所があって、そこは壁の松明で明るく照らされている。
そのまま階段を緩やかなスロープに置き換えたような構造になっていて、あの踊り場で折り返して階下に続いているようだ。
今までの森のようなオープンフィールドの迷宮では階層の境目は曖昧だったが、建造物や洞窟などの迷宮ではこうやって階段やスロープで階層を移動することになる。
そもそも、この森が例外的なだけで、本来はこういう地下迷宮の方がポピュラーらしい。
広々とした場所では、魔力も吹き溜まりになりにくいからだ。
「俺はまだゴブリンを斬れてないんだけど、このまま降りても平気か?」
「大丈夫じゃない? 第二層くらいなら、問題ないと思うよ。
罠もゴブリンも増えてくるし新しいやつも出てくるけど、あんまり変わらないかな。
でも、第三層はちょっと苦しいかも」
「第三層…… 魔法を使うゴブリンが顔を出し始めるんだったね」
「うん。下に行くほど他のゴブリンの数も増えるから、アズマがゴブリンを斬れないうちに行くのは危険だと思うよ」
「なら、まずは第二層で様子見だな。……ごめん、二人には負担をかける」
軽く頭を下げるが、二人は笑って流してくれた。
『キノコや蛇は斬れるのに、何故ゴブリンとなるとこうなのか……
私には理解できぬ。あと見ていてつまらぬぞ』
頭ではわかってるんだけどな……
それに天龍を楽しませるために戦っているわけでもないし。
『どうせ私には見ていることしかできぬのだから、楽しむくらいは勝手だろう。
向こうもお前を殺しに来るのだ。キノコや蛇と同じように斬り捨ててしまっていいし、むしろそうすべきなのだぞ』
天龍の割り切り方はクロードと似ている。
俺もそうはっきりと割り切れればいいんだが、と思いつつスロープを下って第二層へと降りた。
第二層、と言っても迷宮の様子は第一層と変わらない。
層が変わることで大きく様相を変える迷宮もあるらしいが、この巣穴の迷宮に限って言えば、最深の第5層まで行っても変わり映えしないらしい。
「止まって、罠だよ」
第二層に降りてすぐのところで、ユズが靴紐でも結ぶかのようにしゃがみこんだ。
足首くらいの高さに、細い糸が張られてある。
アロートラップ 罠 Lv3
特殊効果なし
アロートラップ自体は第一層にも仕掛けられていたが、第二層に来て早々に張ってあるとは、なかなか手荒い歓迎だ。
これは、張られた糸に足を引っかけるなどして強く引っ張ってしまうと、引っかけた者に矢が飛んでくる罠である。
ここだと細い矢がどこからか飛んでくるだけだが、難易度の高い迷宮では矢の威力が増したり、毒矢が飛んでくることもあるという。
解除法は簡単。糸を強く引っ張らないように、指で押さえてハサミか何かで切ってしまえばいい。
ユズがどこからか取り出した、ソーイングセットに入っているような小さな握り鋏で糸を切ると、役に立たなくなったトラップはふわりと魔力に解けて消えた。
迷宮のトラップも、魔物と同じく魔力で形作られたものだ。
うまく解除してやると、魔物と同じように消えてしまう。
厄介なのは魔物と違ってドロップアイテムを残さないことと、いつも同じところに仕掛けられているわけではないことか。
行きは何もなかったところに、帰りには罠が仕掛けられている、ということもある。
そんな罠が、時には致命的で凶悪なやつが現れたりするので、難易度の高い迷宮ほど斥候が必要になってくるのだ。
逆に深森のように軽く転げ落ちるくらいの大したことのない罠しかない迷宮だと、斥候がいなくてもなんとかなる。
たとえば今のアロートラップも、盾や鎧で身を固めた戦士なら簡単に跳ね返してしまえるだろう。
なのでレベルが低いうちは斥候は軽んじられている。
そして強くなったところで難しい迷宮に挑み、凶悪になった罠に引っかかって死ぬ。
中堅冒険者の大きな死因のひとつである。
「よしっ、それじゃ行こっか。ソナーは使う?」
「ああ、ユズは少し離れて」
耳を押さえたユズが離れたのを確認し、控えめを意識してソナーを打つ。
……第一層より若干数が多いな。いくつかは他の探索士パーティかもしれないが、反応の数だけではゴブリンの一群と区別はつけにくい。
ところどころ、ぽつんとひとつだけある弱い反応はトラップか。
トラップの反応は魔物や人間より小さく弱いので、注意すればなんとなく見分けはつく。
「とりあえず、真っ直ぐ進もう。トラップも増えてるみたいだから、ユズ、頼むよ」
「いいよ、任せて」
ふふん、と得意気なユズの笑顔は頼もしい。
実際、俺が何か言わなくてもユズは的確に罠を発見し、手際よく無力化していた。
天龍眼を持つ俺よりも早く、罠に気付くこともあるのだ。
自然と先頭をユズに任せる形となりつつ、俺たちは第二層を奥へと進んでいった。
勿論、迷宮のトラップはアロートラップだけではない。
ゴブリンの合間に時々顔を見せるそれを、無力化したり、空振りさせたり、あるいは放置したりして、迷宮を進む。
罠にも色々な種類があるが、巣穴の迷宮で見かける罠はアロートラップの他にも二種類ある。
アラームトラップ 罠 Lv5
魔物生成
アロートラップと同様に低い位置に張られた糸を引っかけると、矢が飛んでくるかわりにカランカランとけたたましい鳴子の音が鳴り響く。
その音によって魔物を呼び寄せるトラップ……ではない。
一見すると音で呼び寄せられたように見えるが、特殊効果に魔物生成とあるように、その場で多数の魔物を産み出すトラップだ。
即席で産み出されているため事前に周囲を探索していても無意味で、思わぬところから現れた魔物に意表を突かれることもある。
実力のあるパーティはあえてこの罠を作動させて稼いだりするらしいが、俺がゴブリンを斬れないこのパーティでは問答無用で無力化だ。
解除法はアロートラップと同様に糸を切ってやればいいのだが、切った糸をぱっと手放してしまうとやはり発動してしまうので、糸がたわむまでゆっくりと緩めてやる必要がある。
初心者はアロートラップと間違えて作動させてしまうこともあるのだとか。
アロートラップとアラームトラップに限らず、糸を張ったり特定の床板を踏むことで発動するトラップは多く、その種類を見極めて適切に解除できるかどうかが斥候の腕の見せどころである。
勿論、ユズは罠を間違えることなく、手早く的確に解除していた。
落とし穴 罠 Lv8
階層移動
こちらは、俺が深森の迷宮で引っかかったのと同じあれだ。
せいぜい一人か二人が入る程度の大きさだが、レベルの高い迷宮では部屋ひとつまるごと落とすような大規模なものもあるという。
深森の迷宮ではせいぜい転げ落ちる程度で済むが、この巣穴の迷宮では酷いことに一つ下の階層に落とされてしまう。
穴の大きさが小さいのも相まって、パーティのうち一人か二人だけが落ち、パーティが分断されてゴブリンに各個撃破されてしまったり、場合によっては全滅にも繋がることもあるという。
ここは弱いゴブリンばかりの迷宮なのに、難易度が高めで中堅探索士向けとされている要因のひとつは、間違いなくこの罠だ。
幸いにも数は少なく、第一層では見かけなかったし、第二層でもまだひとつしか見かけていない。
事前に無力化させる解除法は、ない。
穴の大きさを見極めて、棒などで叩いて誤作動させるのが常道だ。
ユズは的確に見切って足で蹴りつけて誤作動させていたが……
天龍眼があるからわかるけど、そうでなかったらどこに落とし穴があるか全くわからないんだが。
「落とし穴があるところはちょっとだけ地面の色が違うの。
それに少しだけ土が盛り上がってるし、踏むと柔らかくて深く沈みこむんだよ」
「なるほど、なんとなく違和感はあると思っていたんだが」
納得したようにクロードはうなずくが、俺にはさっぱりだ。
……まあ、天龍眼の表示に気を付けていれば大丈夫か。
もちろん、出てくるのはトラップだけではない。
むしろ、罠よりもゴブリンの方がたっぷりと出てくるのが、この巣穴の迷宮なのだ。
「いた、ゴブリンだよ。……剣持ちもいる」
通路の先を伺っていたユズが小声で囁く。
入れ替わりに顔を出して覗きこんでみると、そこには7体ほどのゴブリンがたむろしていた。
ゴブリン 魔物 男性 Lv8
亜人系 無属性
ゴブリンシーフ 魔物 男性 Lv9
亜人系 無属性
この二種類は第一層にも出てきたゴブリンだ。
ゴブリンシーフは錆びたなまくらな短剣を持っているが、それ以外は普通のゴブリンと変わらない。
シーフらしい行動をするわけでもないし、棍棒のかわりに短剣を闇雲に振り回すだけだ。
ドロップアイテムも、鉄鉱石のかわりに短剣を落とすことがあるだけである。
ゴブリンファイター 魔物 男性 Lv10
亜人系 無属性
こちらは初見だが…… やはり、武器が短めのショートソードになっているくらいしか違いがない。
武器はやはり錆びていて、かなり粗末なものだった。
天龍眼では名前もLvも別の魔物だが、一般的にはシーフ共々「短剣持ち」「剣持ち」としか呼ばれない程度の最底辺ゴブリンである。
しかし錆びたショートソードでも持っていれば偉いのか、そいつは一人ふてぶてしい態度で座っていて、棍棒のゴブリンを指差しながら何やら上から目線でガウガウと指図していた。
ギャウギャウと言い返しているそのゴブリンは露骨に嫌そうに顔をしかめているので、偉いといっても人望の類いは無さそうである。
「どうするの?」
「第一層と同じ手順で行こう。クロードは右、ユズは左から。俺は剣持ちを押さえる」
「奇襲というか強襲だねぇ」
その二つの違いがよくわからないところだが。
クロードの魔法とユズの投げナイフで先制し、俺が切り込む。混乱したところを手早く仕留め、逃げる相手は深追いしない。
やるべきことはごく単純。要は突撃だ!
「連鎖する炎の公式より、我は燃素を呼び覚ます――」
クロードの詠唱が始まると同時に駆け出す。
俺のすぐ後ろにユズがついて走る……が、俺と違ってユズは足音も気配も一切しない。
「ガァッ?」
「ギゲェッ!?」
本当にユズがそこに居るのか不安になった頃、ゴブリンがこちらに気付く。
それと同時に俺のすぐ後ろからナイフが空を切って、ゴブリンファイターのすぐ左にいるゴブリンの額と喉に吸い込まれた。
ゴブリンは濁った悲鳴をあげてのけぞり倒れる。
勿論、体力バーは一瞬にして消滅。お見事!
「――立証、フレイムピラー!」
今度は右隣に立つゴブリンが炎に包まれる。
魔法の一撃では一瞬にして体力バーを消費させることはできないが、唐突に炎に包まれのたうち回る仲間の姿というものはゴブリンたちに混乱をもたらした。
「でえぇいっ!」
戸惑いながらも剣を手に取り立ち上がったゴブリンファイターの、その手に持った長剣めがけて剣を振るう。
がきん、がきんと打ち合って、三度目にはばきんと音を立ててファイターのなまくら剣が折れ飛んだ。
そんな俺の戦いを囮にして、意識のそれた二体目のゴブリンをユズが葬っている。
緩やかに視界の外側に回り込むようにカーブして、真っ正面から接近しつつも攻撃の瞬間まで気付かれることなく首切りの一撃。
そのゴブリンは喉笛から血を噴き出して絶命した。
真っ正面から不意打ちを成功させるとかどうなってんの……?
三体目は両手に短剣を持って正攻法だが、そのゴブリンはもはや引け腰になっていて、ユズの相手になりそうになかった。
右側ではクロードが二体のゴブリンを同時にさばいている。
力任せに振るわれる棍棒と短剣をはじき返す剣さばきは堅実で、ゴブリン程度の膂力では小揺るぎもしない。
二対一で何故当たらないのかと躍起になるゴブリンたちに、確実にダメージを与えて動きを鈍らせている。
クロードが二体とも倒すのが先か、さもなくば嫌になったゴブリンが逃げ出すのが先か、といったところだ。
俺はというと、折れて短剣サイズになったショートソードをやみくもに振り回すゴブリンファイターを抑え込んでいた。
剣が折れて涙目になっているような気がする。
駄々っ子のように力任せに振り回すので隙だらけで、いくらでも斬り込む余裕はあるのだが…… 今一歩踏み込めず、斬り捨てられない。
そうこうしているうちに、すっ、とユズがゴブリンファイターの後ろに立ち、延髄に短剣を突き立てて始末した。
「はい、おしまいっと」
「こっちも片付いたよ。逃げたゴブリンはいなかったようだね」
クロードも、二体のゴブリンを倒して最初に燃やしたゴブリンにとどめを刺し終わったようだ。
ドロップアイテムは、錆びた短剣がひとつに鉄鉱石が六つ。
剣を折ったせいか、ファイターのドロップも鉄鉱石だ。
俺がゴブリンを攻撃できれば、もっと早く安全に、確実に倒せるんだけどな……
俺の今の実力とこの剣なら、一撃で倒せる自信はある。
ただ、生きた人型の肉と骨を断つ覚悟が、無いだけだ。
蛇にはそれほど抵抗はなかったのだが……
ともあれ、周囲の状況確認と次の目標を探すためにソナーを打つ。
戦闘後にソナー、はもはやルーチンだ。ドロップアイテムを拾っている間に不意打ちをくらいたくはない。
「……ん、んん?」
「どうかしたかい、アヅマ」
念のため、もう一度ソナーを打つ。
少し強めにしてしまったので、ユズが小さく声をあげて耳を押さえていた。
「もー、なんなの? 不意打ちはやめてよ、アズマ」
「ごめん、ユズ。でも……」
俺が言うよりも早く、通路の向こうから音が響いてきていた。
耳障りなゴブリンの声。反響する足音。人間の悲鳴と怒号。
それが、地面を揺るがすかと思えるほどの大きさで迫っている!
「な、何だこれ……!?」
「30個近い反応が、こっちに向かってきてる……!」
最初に壁際の松明の明かりに浮かび上がったのは、鎧やローブに身を包んだ数人の探索士。
一目散に走ってくるその後ろから、数え切れないほどのゴブリンが奇声をあげながら追いかけてきていた……!




