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第21話 快刀乱麻(前編)

「おはようございます。ドロップアイテムの換金ですか?

 ……はい、キノコ肉が5つ、草の牙が3つ、アリ脚が2つ、アリ顎が1つ、アリ蜜が2つ、緑の羽根が5つ――」


 翌日の朝、朝食を済ませた俺はまず探索士協会に顔を出した。

 昨日はできなかったドロップアイテムの換金なのだが、シャリア先生は今日はお休みらしく、別の職員さんが対応してくれた。

 眠たげな垂れ目に厚ぼったい唇が印象的な大人の雰囲気がある美人さんで、シャリア先生より計算が得意らしくて算盤を弾く速度が速い。


 その手が、ぴたりと止まった。


「……あの、大樹の迷宮に行ってきたんですよね?」

「ええ。全て大樹の迷宮で手に入れたドロップアイテムです」

「この、分厚い蛇皮と、大きな牙は……?」


 それが何なのかわからないようで、困ったような表情をしている。


「アンフィスバエナのドロップ品です」

「あんひすばえな」

「仲間の学士によると、クレセントベアと同格くらいの魔物らしいですけど」

「くれせんとべあとどうかく」

「皮の方は鎧の材料になるとかで、3000ダイムになるって聞きました」

「さんぜん。……さんっ?」

「牙の方は1万ダイムらしいですけど」

「いちま…… 1万ダイム!?」


 流石に驚いたのか、大声をあげてガタッと立ち上がる受付さん。

 午前中なのであまり人が多くはないが、それでもやはり注目を集めてしまう。


「し……少々お待ちくださいませっ? ……支部長ぉ!」


 受付さんは慌てた様子で、制服の上からでもわかる安産型の大きなお尻を左右に振りながら奥へと走って行った。

 やたら動作のひとつひとつが色っぽい人だ…… 魅了スキルとか持っていたりするんだろうか。レベルが低いし、戦闘の心得がないのも影響するんだろうけど。

 ミーシャやシャリア先生は、あんな風に身体を左右に振ったりしない。しゃんと頭のてっぺんから爪先まで芯が入っているかのように綺麗な身のこなしをする。


『ユートよ、そこで戦闘の心得に話が繋がるというのは、あまり健全な男性としてはよろしくないのではないか……?』


 いや、別に天龍とそういう下世話なトークをしたくはないんだが……

 俺にだって、ちゃんと欲求とかそういうのはある。

 ただ、毎日のように魔物と戦ってると、ついそういうのが気になってしまうのだ。


 強さが一目でわかる天龍眼のせい、とも言えるだろう。

 ついつい、すれ違う人を見て「戦闘力(レベル)たったの5か、ゴミめ……」みたいなことを思ってしまったりするのだ。いやゴミとかは思わないけど。

 探索士が結構いるので、おっあの人は実は強いぞ、とか見たりするのが結構楽しい。

 レベル10の体格のいい強そうな一般人の男性と、見た目は華奢だけどレベル25の女性のカップルとかも見掛けたりした。


「待たせたな。……君は、アルマ君、だったか?」


 戦闘経験はなさそうな……もとい、色っぽいお姉さんのかわりにカウンターに座ったのは、切れ長つり目に銀髪細眼鏡のクール系イケメンな男性だった。

 確か、シャリア先生に釘を差していた協会の支部長さんだ。


ユーノス・ガラティア 人間 Lv40

28歳 男性 水属性

暗殺者Lv25


 ……強い。今まで会った人の中では店長に次ぐ強さだ。

 クラスの暗殺者は斥候Lv30と短剣・薬学スキルそれぞれLv4以上を条件とする二次クラスである。毒や薬の扱いに長けたクラスで、人を殺したかどうかは関係ない。

 ……ないよな?


「私は探索士協会ラディオン支部長、ユーノス・ガラティアだ」

「あ、はい、探索士の阿妻優斗です」


 改まった挨拶に、俺も思わず背筋を伸ばして頭を下げる。

 なんだかピリッとした雰囲気の人だ。

 暗殺者だからというわけでもないだろうが、妙に緊張させられてしまう。


「おや…… 失礼。アヅマ君、か」

「あ、いえ。間違えられるのには慣れてるんで」


 ほとんどの人は俺の名前を「アルマ」と間違えるが、ちゃんと区別できる人もたまにいる。

 ユーノス支部長の他には、今のところクロードとレジーぐらいか。


「すまないね。アンフィスバエナの素材はここでは貴重なもので、受付の者が見慣れていなかったんだ」

「いや、それは別に。大丈夫です」

「私も久しく見るが…… 確かにアンフィスバエナの皮と毒牙だな。

 君の言う通り、規定の買取価格は皮が3000、毒牙が1万になる」


 ユーノス支部長は高レベルの上、クラスは斥候の系列だ。もしかしたら、アンフィスバエナのレザーアーマーや毒薬を実際に使ったこともあるかもしれない。

 支部長がすぐに後ろに控えていた受付のお姉さんに指示をして、無事にドロップアイテムを換金してくれた。


 ……アンフィスバエナの素材を除けば魔石込でも1000ダイムにもならない、ほぼ誤差みたいなものである。

 この降ってわいた大金、どうしようか……

 いや、最初の使い道は決まっているんだが。


「ところで、ひとつ聞かせてほしい。

 現在確認されている中では、ラディオン周辺にアンフィスバエナが出現する迷宮はない。これは一体どこで手に入れたのかね?」

「大樹の迷宮です」

「……詳しく聞かせてくれたまえ」


 ユーノス支部長の細眼鏡の奥の目が、すっと細められる。

 俺は、大樹の迷宮の裏に回ってからアンフィスバエナに遭遇し、脱出するまでのことを話して聞かせた。


「大樹の裏に階段、か。そんな話は聞いたことがなかったが……

 いや、大樹の迷宮に挑むレベルの探索士なら、アンフィスバエナなどに遭遇すれば一堪(ひとたま)りもないか。おそらく生きて帰ったのは君が初めてだろう。

 実際、よく生きて帰ってこられたものだ。君の運は驚嘆に値する」

「いや、何度も死ぬかと思いましたけども……」


 俺が今も生きているのは天龍のアシストのおかげだ。

 まったく、どんどん恩ばかりが増えていく。


『恩などと気負うな。いわば私達は運命共同体だからな』


 確かに、このままやっていくならばこの先何度でも天龍の力を借りることになるだろう。いちいち気にしすぎるのも良くないか。


「しかし、おそらくそれはボスではないな」

「仲間の学士も、大樹の迷宮のボスがアンフィスバエナではありえない、って言ってました」

「うむ。……これは、調査が必要だ。

 今日よりしばらく、大樹の迷宮は調査のため立ち入り禁止とする。申し訳ないが、潜るなら別の迷宮にしてくれたまえ」

「……はい」


 ボスかどうかはともかく、それまで確認されていなかった段違いに強い魔物が現れたのだ。仕方のないことだろう。

 あの大樹がお気に入りだというルティアにはお気の毒だが。


「君には、これからも期待している。頑張ってくれたまえ」


 にこりともせず言うユーノス支部長に一礼して、俺は探索士協会を後にした。





 大金を手にすると、ついつい挙動不審になる。あると思います。

 銀行など存在しない……いや、あるのかもしれないが何処にあるかも知らない俺は、13000ダイム以上の現金をそのまま持ち歩くしかない。


 うーむ、腰につけた巾着袋みたいなのでは不安だ。

 ちゃんとした財布とか、それがすっぽり入るポケットつきの服とか欲しいな……


 と、ついついお金があると使いたくなってしまうが、服や財布の前に買わなければならないものがある。

 剣だ。前のショートソードはアンフィスバエナに投げちゃったし。

 回収しようにも大樹の迷宮は立ち入り禁止になってしまったし、そもそも迷宮でなくしたものは回収不可能だ。


 迷宮の中に置いてきたものは、迷宮に喰われる(・・・・)らしい。

 人間の持ち物など、人間がすぐ近くにいれば大丈夫だが、そうでなければ半日もすると跡形もなくどこかに消えてしまうという。

 魔力に分解されて迷宮に吸収されている、という説が有力だ。

 シャリア先生が「魔石だけ迷宮に置いてきてもうまくいかない」と言っていたのはこのせいだ。魔石の方が分解吸収されてしまうのである。


 こういったものは異物ゆえに消化されてしまうが、同時に異物ゆえに完全に消化しきれず、再構築されて排出されるという。

 いつもは錆びた剣を持ったゴブリンが妙に立派な剣を持っているとか、魔物を倒したら瓶入りの霊薬をドロップしたとか。

 これらは元のアイテムそのままであることもあれば、変質して魔力を持ったり失ったり、あるいは全然別のアイテムになっていることもある。

 クロードのような鑑定屋の仕事は、そういったアイテムを鑑定することらしい。


 そんなわけで、新しい剣を買いにゲイルさんの工房に来たのだが……


「おや、アルマさん。カラード工房へようこそ」

「あれ、シャリア先生?」


 協会を休んでいると思ったら、工房の方にシャリア先生がいた。

 ゲイルさんの姿はなく、カーン、カーン、と甲高い音が奥から響いてきている。


「今日はどうしました? 研ぎに出さないといけないほど時間は経ってないと思いますけど」

「ええ、実は……」


 と、シャリア先生にも事情を説明する。


「……アンフィスバエナですか!?

 あのレベルの迷宮にそんなの出るはずが……いえ、アルマさんを疑うわけではないですけど……

 よく生きて戻ってこられましたね……!」

「いえ、まあ、運が良かっただけで」


 目を丸くしたシャリア先生にはっしと両手を握られたが、その手はルティアに比べれば格段に力強く、また硬かった。

 今でも剣の訓練を欠かさないのだろうか、剣を握る部分の皮が厚くなっているな、というのがわかる。

 俺も最近、同じところの皮が厚くなってきてるからな。


 ちなみに、天龍のことについてはほとんど誰にも話していない。

 死んで生き返って頭の中で天龍と話が出来るんだ、というのは良くてジョーク扱い、悪くて気味悪がられる、クリティカルヒットで「天龍の封印を狙う悪の手先め、死ね!」である。

 ちょっと突拍子もない話だし、極力秘密にしようと思う。

 せめて、咄嗟に襲われても切り抜けられるくらいには強くなってからだな。


『人を厄介者のように扱いおって…… 慎重すぎるのではないか?』


 遠い昔に封印された絶大な力を持った龍とかどう考えても厄介だと思うんだがどうだろうか。

 ともあれ、今は力をつけることを優先したい。


「それで、剣を買いに来たんですけど――」

「まあまあ、とりあえずお茶でも如何です? どうぞどうぞ」


 と、こちらのセリフを妨げるように、シャリア先生は俺を店の奥へと誘った。

 進められるままにテーブルにつくと、湯気を立てる熱いお茶が出てくる。


「うちのお茶は美味しいですよ」


 ずずーっ、と音を立ててお茶をすすれば、熱気と共に口の中に広がる香ばしい香り…… これは紛れもなく(ほう)じ茶!

 日本人としてやたらと懐かしい味わいだ。おもわず、ほうっ、と熱い吐息を吐いてしまう。

 お茶請けに煎餅とか欲しくなるな……


「お茶の葉を軽く煎ってあるんです。

 北の方の飲み方らしいんですけど、いい香りでしょう? ゲイルさんが大好きなんです」


 ほうっ、と同じように息をつきながらお茶を飲むシャリア先生はにこにこと嬉しそうな笑顔だ。


「今日は、ゲイルさんは鍛冶仕事ですか?」

「あー……いえ、お仕事と言いますか、なんと言いますか」


 何故か、一転してシャリア先生は苦笑する。

 奥の工房からは、カーン、カーン、とゲイルさんが金属を叩く音が鳴り続けていた。


「実を言うと、アルマさんの剣を打っているんです」

「へっ? ……俺のですか?」


 言われて、思わず間の抜けた声をあげてしまう。

 いや、というか、何故? 俺の剣を作るなんて話には全然なってなかったと思うんだが……

 オーダーメイドするような余裕は……いや、今ならあるけど。


「先日、アルマさんには剣を振ってもらいました。

 その時に、アルマさんにはバスタードソードを勧めましたけど、実のところあれは半分は間違いなんです」

「半分、ですか?」

「ええ、確かにアルマさんの身体にはあの剣が適しています。

 ですが、アルマさんの剣術にはあの剣は適していません」


 剣術、と言われてもピンとこない。

 俺は剣術なんて大層なものを学んだことなんてないのだが。

 こっちの世界に来てから、漫画や小説などで聞きかじった知識を元に剣道の真似事をしている程度だ。


「それが、ゲイルさんの意欲を刺激してしまったらしくて……

 あれから、アルマさんの剣術に合う剣……おそらく曲剣だと思うんですけど、それを作ろうって鍛冶場にこもりっきりなんですよ」


 え、何、俺の素振りを見ただけで、直剣は向いてないとわかって、新しい剣を作ろうとしているってこと?

 何それすごい。そういうの、普通見ただけでわかるもんなのか?

 と、いうか……


「え、つまりその、日本刀を作ろうとしてるってことですか?」

「……ほほう? アルマさんの剣術は、ニホントーという剣を使うんですか?

 後で詳しく聞かせてくれません? ゲイルさんも、近いうちにアルマさんに話を聞きたいって言っていたんですよね」


 シャリア先生の眼鏡の奥で、きらりと瞳が光る。

 探索士は引退したとはいえ、シャリア先生も剣士として剣や剣術には興味津々のようだ。

 俺の剣術なんて、所詮は見よう見まねなんだけどな。


「今日は探索は休む予定ですから、お話するのはいいですよ。

 ただ、俺もあまり剣術や刀に詳しいわけじゃないんで…… むしろ、シャリア先生に剣を教えて欲しいくらいです」

「いいですよ、いくらでも教えますとも。

 ……と言いたいところですが、ちょっと時間がないですね」


 シャリア先生は協会の仕事が休みの日は工房の方で店番をしているらしい。

 実質的に休みが無く、空いている時間が無いんだとか。

 工房の店番はそれほど忙がしいわけではないが、武器を置いているため放っておくわけにもいかないようだ。

 店内で稽古つけてもらうのも営業妨害になるしな……


「人を雇えればいいんですけど、なかなか余裕がありませんで……」

「……おや、アルマ君。来てたのかい?」


 そんな話をしていると、鍛冶場からゲイルさんが顔を出した。

 先日は上半身は薄手のシャツ一枚だったが、今は厚手の長袖に革のエプロンをつけている。火花で火傷するのを防ぐための服装だろう。


 ただ、その格好で火につきっきりの鍛冶仕事はやはり暑いらしく、ややワイルドな仕草で服を脱ぎ、汗の光る肌を晒していた。

 爽やかイケメンは服を脱ぐのも様になるなあ…… シャリア先生もうっとりだ。


「お邪魔してます。新しい剣を買いに来たんですけど……」

「なら、丁度良かった。君に合う剣を何本か打ってみたんだ」


 シャリア先生の差し出す水をぐいっと一気に飲み干して、ゲイルさんは爽やかな笑みを浮かべた。

 額に汗が浮かび、どことなく憔悴しているが、目はキラキラ……いや、ギラギラとしている。


「シャリア、剣を持ってきてもらえるかい?」

「ええ、少し待っていて――」


「ごめんください、カラードさんはおりますかな?」


 シャリア先生が剣を用意しようとしたその時、表の方から声がかかった。


「この声は…… デュロイさんか。すまない、少し席を外すよ」

「デュロイさん?」

「うちで剣を仕入れてくれる行商人の方ですよ。

 贔屓にしてくれて、鍛冶ギルドからでなく直接うちから買っていくんです」


 つまり商売上のお得意様か。

 何となく気になり、表の店舗スペースの方へ向かったゲイルさんを追って顔を覗かせる。


「こんにちは、デュロイさん。今日も仕入れで?」

「ええ、こちらの剣は評判がよろしいのですよ」


 そこには、小太りでえびす顔のやや背の低い男性がいた。

 ベルハルト・デュロイ、39歳。商人Lv22。

 一見人が良さそうなおっさんだが……


『ユート、奴のスキルを見てみろ』


 天龍に言われて、デュロイさんのスキルを覗く。

 そこには、「詐術Lv1」の文字が記されていた。

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