第16話 ルティアのお茶会
「あら? もしかして…… お会いしたことがありまして?」
「いや、知らんな。この我が言うのだ、間違い無い」
ことん、と可愛らしく小首を傾げるルティアに、左腕に赤い布を巻いた魔法使いがすかさずしらばっくれた。
炎の魔法でアリから助けてくれた彼だ。妙に気取った口調と仕草で、なんというか…… 中二病っぽい。
そういえば、魔法の詠唱も妙に仰々しかった。
「そうそう、初めて会う人だと思うよ~、ルティアちゃん」
「どこにでもおるような顔じゃけん、会ったよう気になったんさ」
「そうっスよ、そうっスよ」
他のメンバーも口々に誤魔化す。
この三人は、戦士に斥候だ。口調も顔立ちもチャラそうなくすんだ金髪の戦士と、妙な方言の30代序盤くらいのおっさん戦士と、逆に15歳くらいの年若い「~っス」口調の斥候だ。
斥候の少年の頭には、髪と同じ栗色でふさふさ毛が生えた、三角形の獣耳がぴんと立っている。
獣人だ、初めて見た。……いや前回もいたのだろうが、ちゃんと見えてなかった。
「……………………」
ごつい顔の僧侶さんは一人無言で、うむうむ、とうなずいている。
『こやつら、この女が西と言えば太陽すらも西から登らせる勢いだな……』
これには天龍も苦笑い。
まぁ、俺としても変に気まずくなってもやりづらいので、忘れているならそれでも構わない。
「そうだな、会うのは初めてだと思うよ。
俺は、阿妻優斗。クラスは…… 最近は剣ばかり振っているし、そろそろ戦士になったかな?」
嘘は言ってないよ、嘘は。最初の時以来、クラス測ってないし。普通の学士ならたぶん戦士になれてるくらいは剣を使ってるし。
まぁ、おそらく俺は学士から脱却できないだろうけど。
「あら、最初はクラス無しだったのですか?
でも、ここまで一人で来られるんですもの、もう立派な戦士ですわ」
うふふ、と微笑んで男を立てることを忘れないルティアさんである。
これが全部演技っていうのがほんと怖い。カリスマすごい。
さて、落ち着いたところで改めて彼らのことを天龍眼で見てみる。
ルティア・フラウミーネ 人間 17歳 Lv3 無属性 クラス……アイドル
レジアス・クライスラー 人間 22歳 Lv18 無属性 クラス……戦士
ゴルド・ガウス 人間 32歳 Lv24 無属性 クラス……戦士
ディッツ・ゲインズ 獣人 15歳 Lv15 無属性 クラス……斥候
アルバート・ドラグオン 人間 20歳 Lv22 火属性 クラス……魔法使い
ガイウス・アルジオネ 人間 25歳 Lv23 無属性 クラス……魔法使い
ルティア、本当にLv3なんだな……
……って、アイドル? アイドルってあの歌って踊れるアイドル!?
◇アイドルLv14
取得条件 - 自分の信仰者を5人以上獲得する
アビリティ - パーティ全能力上昇・小、パーティ戦意向上、群衆統率
信仰者って。……なるほど、偶像か。
こういう、なんていうか隠しクラスみたいなのもあるんだなあ……
何もしてないように思えて、実は少しだけパーティの戦力に貢献している、学士にも似たクラスのようだ。
他には、中二病魔法使いのアルバートが火属性になっているのと、無口な僧侶のガイウスのクラスが魔法使いになっているあたりが注目のしどころか。
ガイウスはいかにも僧侶っぽいだぼっとしたローブを着て、丸い形のペンダント……おそらく十字架のような、いわゆる聖印を首からさげているが、クラスが僧侶や神官ではなく魔法使いになっている。
どうやら、回復魔法も魔法の一種、ということらしい。
『当然だな。魔術とか奇跡とか精霊とか、人間は好きなように呼ぶが、結局は同じ魔法なのだ』
と天龍は言うが、魔法って一体何なのか、謎は深まるばかりである。
クロードの魔法書購入を期待したい。そして見せてもらいたい。
それはさておき、俺もそろそろお昼ご飯を食べよう。
ルティア達に囲まれながら食べるのも、少しばかり居心地は悪いが、さりとて食べないというわけにもいかない。
バックパックから取り出したのは、木の皮を編んで作ったお弁当箱だ。
この世界では繊維の紙が一般的ではないし、ビニールやプラスチックなど勿論存在しないのでこういうのになる。
繰り返し使えるので、後で返せばちょっぴりお金も返ってくるお得なお弁当箱である。
中身はグランノート店長の特製サンドイッチ。
ハムや卵やレタスにマッシュポテト、トマトにきゅうりなど、具材も色々でボリュームもたっぷりだ。
「まあ、美味しそうなサンドイッチですわね」
「……少しだけなら、わけてあげられるけど」
とはいえ、流石に全員でわけてしまうと俺のぶんが一切れくらいしか無くなるんだけど、じっと見られながら食事するのも食べづらい。
「マジっスか! いただくっス!」
「悪いね~、じゃあひとつだけ」
毛皮に覆われた手を真っ先に伸ばしたのは斥候のディッツ少年だ。
食べ盛りの少年らしく、ボリュームたっぷりソースたっぷりのカツサンドを取っていった。
軽薄な雰囲気の戦士レジアス……仲間からはレジーと呼ばれている彼は、トマトやレタスなどの野菜を挟んだものを。
「おいは腹ぁ空いとらんけん」
「我も構わん、存分に食らうがいい」
「…………」
最年長の方言戦士ゴルドさんと、腕に巻いた赤い布がトレードマークのアルバートは手を出さない。
無口な僧侶、もとい回復魔法使いのガイウスも、無言で首を横に振った。
「ご相伴に預かりますわ」
最後にルティアが玉子サンドを持っていった。
ぐぬぬ、玉子サンドは俺も好物なのに。でも美少女の微笑みで、わかってるけど許してしまう。悲しくもちょろい健全男性の俺なのであった。
「では、いただきます」
手をあわせて一礼する俺を、ルティアたちはきょとんとした顔で見ていた。
実はこの世界には「いただきます」の習慣は無い。
信仰深い人は神様に感謝の祈りを捧げるらしいので、ガイウスがサンドイッチを手に取っていたら似たようなことはしたかもしれない。
俺が手に取ったのは照り焼きチキンを挟んだやつだ。
冷めても柔らかいむね肉に、甘辛い照り焼きのソースがしっとりと染み込んでいる。
柔らかい肉と柔らかいパンに、ぱりっとレタスがアクセント。
今日も店長のお弁当はうまい!
「うまっ! 何これすげーうまいっス!」
「やっべ、これやっべーよルティアちゃん!」
「美味しいっ……!」
サンドイッチをぱくついた三人も、思わず目を輝かせている。
食べなかった方の三人がその反応を目にして、こちらをちらっと見てくるが、残念ながらこれ以上はあげられないので、無視してふたつみっつとサンドイッチをぱくついた。
その合間に、振る舞われた紅茶をすする。
うーん、濃い目の味付けに紅茶の渋みがすっきりとしていい。
「おかわり、は?」
無口なガイウスの低く渋い声にこくりとうなずくと、彼は俺のカップに新しい紅茶を淹れてくれた。
みんなのぶんを淹れ直したようで、それぞれ湯気の立つカップを手にしている。
みんなで紅茶をすすりながらほっと息をつく。
美味しいものの力とは偉大だ。彼らに漂っていた緊張感も、サンドイッチの味と紅茶の香りですっかり薄れてしまった。
店長の料理は言うまでもなく、ガイウスの紅茶の素晴らしさも決して負けず劣らずである。
「いやぁ、ほんとうまかったっス。揚げたてじゃなくても、カツの衣がサクサクで中身はジューシーだったっスよ!」
「ほーんと、パないわ~。どこよー、どこサンドよ~?」
「ああ、我らが姫の舌にかなうとは、何処の達人の手によるものか」
レジアスとアルバートの言い回しは微妙にわかりづらい。
「ドラゴンの大牙亭だよ。探索士協会の向かいの」
「あそこっスか。オイラ達はいっつも素通りするんっスよね」
「あー…… マジ大牙亭? やっべ、マジでかー……」
「オーガのごとき店主がいるとは聞いていたが、それほどの料理の腕前を持っていたとは…… これも精霊の導きよ、一度赴いてみるべきかもしれん」
「おいは構わんちけども……」
「……………………」
何故か、ゴルドとレジアスの反応が鈍い。
一人無言のガイウスは、ルティアの意見に従うのみ、とばかりに彼女をちらりと見ながら紅茶を静かに飲んでいた。
当のルティアは、優雅にティーカップを傾けながら微笑む。
「そうですわね。サンドイッチも美味しかったですし、大牙亭でお弁当を頼んでみるのもいいと思いますわ」
「やった、じぁあ来週のお茶会はあのサンドイッチっスね!」
ふさふさの尻尾をぱたぱたと振って、ディッツが満面の笑みを浮かべる。
「お茶会?」
「ええ。毎週、地の曜日には探索をお休みして、ここでお茶会をしていますの」
地の曜日っていうと…… 確か、今日だ。
前回、ルティア達に助けられたのも地の曜日だったと思う。
週の頭に来る曜日だし、日曜日のような位置付けの曜日である。
……ルティア達のレベルで5人+αもいたら、大樹の迷宮を踏破するくらいは探索のうちに入らないらしい。
「しかし、街からここまで来るのも大変じゃないのか?
低レベルとはいっても迷宮だし、お茶会ならここまでこなくても出来ると思うんだが……」
「ふっ、我らが姫は大いなる大樹と惹かれ会う巫女なれば、そのために道中の魔物どもをわが炎で払うなど造作もなきこと」
「おんなじ迷宮でも、みんなで遊びに来てると思うと楽しいっス!」
「それに、こがぁな大きか樹ば、他では見れんけんのぅ」
「……ここでのお茶会は、最早定番」
「ルティアちゃんがこの樹ちょー好きだからね~。
将来、こういうおっきい樹の根本に住みたいっつうの。乙女じゃね? 可愛くね?」
「まあまあ、可愛いだなんて照れてしまいますわ。
でも本当に、こういう大きな木の下に小さくても素敵な家を建てて、大きな犬なんて飼ったりして、木陰の下で本を読みながらティータイム…… そんな暮らし、してみたいと思いませんか?」
にこにこと楽しそうに語るルティアに、男どもは揃ってでれっとしていた。
まるで大草原の小さな家だ。いや、読んだことないけど。
ルティアはきらきら輝く無邪気な少女のような笑顔で頬に手をあててうっとりしているが……あれも、演技、なのだろうか?
ルティアに、本音で話すことなんてあるのだろうか?
彼女の生き方はとても信じられないようなもので、例え俺が彼女の容姿と才能を持っていても真似はできないだろう。
そう思うと、彼女の生き方はともかく、それが出来ることにある種の尊敬と、少しばかりの寂しさを感じないではなかった。
「……ところでディッツって、犬……じゃなくて、その、狼の獣人なのか?」
「犬でも狼でも一緒っス! 動物に例えるなんて失礼っスよ!?
よく言われるっスけど、犬でも狼でも猫でも狐でも兎でも虎でも牛でも猿でもないっス!」
「えっ、じゃあそれは何の耳なんだ……!?」
「あっははは、アヅマっち~、そりゃ獣人の耳に決まってるっしょ~!」
「そうっスよ、このピンと真っ直ぐな張りを見るっス!」
しばらくルティアのお茶会にお邪魔して、俺はすっかり彼らと打ち解けていた。
こうして話してみると、結構いいやつらである。
元気のいいディッツはムードメーカーだし、チャラいレジアスは意外に面倒見が良くて俺も含むみんなにさりげなく気を配っている。
アルバートは中二病だが「選ばれし者でなければわかるまい」みたいな見下した言い回しはしないし、ゴルドは口数は少ないがみんなを見守るお父さんみたいな感じだ。
ガイウスもほとんど会話には参加しないが、執事のように甲斐甲斐しく、お茶を入れたりクッキーを勧めてくれたりする。
このクッキーがまた、砂糖とバターたっぷりの現代日本のものとは違って甘さ控えめなのだが、俺はこっちの方が好きだな。
「うふふっ、ディッツさんのお耳、格好良くて私は好きですわ」
「えへへ、ルティアならいつでも触っていいっスよ?」
ディッツの頭や耳を撫でるルティアは、話上手だし聞き上手だ。
声が可愛らしいのは勿論だが、聞き取りやすくわかりやすく話すし、にこにこと微笑み丁寧に相づちを打ちながらこちらの目を見て話を聞く。
それに手間を惜しまずこちらを持ち上げて褒めてくる。
今もふさふさの耳の手触りをべた褒めされて、ディッツがでれっでれで尻尾をぶんぶん振っていた。
ちなみに、獣人の耳や尻尾は犬とか猫とかとは違う、独自のものらしい。
一見すると犬科のものに近い耳はふさふさの毛に包まれていて、尻尾も同じくふさふさとして長い。毛色は髪の毛と同じ色だ。
手も肘から指先にかけて毛皮に包まれているが、手のひらに肉球はない。脚も膝から先は同じようになっているらしい。
爪は鋭いが、身体能力自体はやや優れている程度で普通の人間と比べてもそんなに変わらない。
「……ルティア」
「あら、もうそんな時間ですの?」
ガイウスがルティアに何かささやき、彼女から空のティーカップを受け取った。
それを見て、レジアス達も残った紅茶を飲み干したり、ティーソーサーを重ねたりと片付けの準備を始める。
「アルマさん、わたくしたちはそろそろ街に戻りますわ」
「ギリギリまでおると、夕方んラッシュに巻き込まれちまうけぇの」
「ああ、なるほど。……紅茶、美味しかったよ」
「……………………」
お礼を言ってカップを返すと、ガイウスは少しだけ照れくさそうに、しかし嬉しそうに、口元に笑みを浮かべた。
慣れているのだろう、ルティア以外の五人で手際よく片付けていく。
皆が腰を下ろしていたシートも、あっという間に小さく畳まれてガイウスの大きなバックパックの中に消えた。
お茶会の道具はほとんどガイウスの担当らしい。
押し付けられたわけでなく、自分から進んでやっているようで、大切そうにティーセットを扱っていた。
「アルマさんはどうします?
よろしければ、ラディオンまでご一緒致しますわ」
「いや、俺はもう少し狩りをしてから帰るよ」
ルティアのパーティと一緒ならば安全に帰れるだろうが、実は今日は大樹に辿り着くのを目標にしていたため、あまりドロップアイテムを取れていない。
もう少し狩っておかないと懐具合が心配である。
遅くなりすぎても日没に間に合わなくなるが……まだ一時間くらいは狩りをする余裕があるはずだ。
「そうですの…… 残念です。
……アルマさん」
ルティアはごく自然に俺に近づき、俺の手を両手で握って胸の前まで引き寄せ、やや上目遣いに俺の目を見つめながらにこやかに微笑んだ。
「今日は楽しかったですわ。またお会いしましょう」
「あ、ああ。……うん、また」
ああっ、前回と同じことされてるだけなのに、やっぱりちょっとドキッとする……ルティアの手、小さい、柔らかい、暖かいっ……!
これはわかってても健全な男性には破壊力抜群だ…… ディッツのような純情少年は一発だったろうな……
「ルティアちゃーん、片付け終わったよ~」
「ええ。では、ごきげんよう」
ルティアは俺の手を離し、一歩引いて優雅に一礼した。
女の子らしい小走りで仲間の元に戻り…… そして、もう一度だけこちらを振り返って、笑顔と共に小さく手を振る。
俺も、思わず同じように手を振り返した。
……いや、なんというか、凄いな、ルティアは。
わかっていても、可愛いとか思ってしまう。
ううむ、と感心していると、レジアスが他の5人に気づかれないようにそっと戻ってきた。
「ん…… どうしたんだ、レジアス?」
「俺のことはレジーってよんでよ、アヅマっち。
……や、ちょっとルティアちゃんのことで一言、っつーか?
なんてーのかな、ええと」
少しだけ言葉に迷うように、気付かず広場から去っていく仲間の方を一度だけちらっと見て。
「ルティアちゃんのこと、嫌わないでやってくれね?」
「……嫌う?」
「うん。先週のこととかさ。今日もアヅマっちのこと忘れちまってたし。あれマジごめんな」
「いや、別に気にしてないよ。
命の恩人には違いないし、先週のことはむしろ感謝してる」
「そう言ってくれると俺も助かるよ。
でもアヅマっちさ、ルティアちゃんが何やってっかわかって、気ぃつけてるっしょ。
や、ほんとすげーよ、うちでもアルっちとかディッつんはわかってねーし。ガイウスはどっちかわかんねーけど」
「レジーは…… わかってるのか」
むしろ、わかっていて付き合っているのか、と驚いた。
てっきり、全員ルティアのカリスマに操られているのかと思っていたんだが。
「俺とゴルドのおっさんは、ルティアちゃんと付き合い長いからね。
アヅマっちも色々思うことあると思うけどさ、普通でいいからルティアちゃん達と仲良くしてやってよ。な?」
「わかった。みんないいヤツだったしな」
「あはは、だろー?
ま、そんだけ言っときたくてさ。……そんじゃ俺も行くわ。またな!」
明るい笑顔で手を振りながら、レジーは皆に追い付くべく走っていく。
俺はその背中に手を振って、彼らを見送った。




