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第14話 課外授業

 ゲイルさんは、鮮やかな赤い髪を短く刈り込んだ、やや童顔で爽やかな笑顔の似合う青年だった。

 背は高いが細身。しかし首から下には鋼のような筋肉が無駄なくついていて、まるでアクション俳優のようだ。

 鍛冶職人という仕事柄か上半身は薄いシャツで、その肉体が惜し気もなくさらされていた。


「シャリアから話は聞いてるよ。

 最近、見所のある新人探索士さんが入ったってね」

「あ、はい、阿妻優斗です」


 差し出された手を握ると、爽やかな笑顔から思いもつかないほど固く力強い。

 ちょっと手が痛いな、と思いつつも天龍眼で視てみる。


ゲイル・カラード 人間 Lv15

 男性 27歳 無属性

 鍛冶士Lv28 ― 武具鍛冶Lv1以上で取得

 武具鍛冶Lv5


 色々端折ったが、ゲイルさんのステータスはこんなところだ。

 鍛冶士のレベルもスキルも高い。

 省略したスキルの中には、剣やら短剣やら槍やら弓やらがずらっと並んでいる。おそらく自分の作った武器の使い方を自分でも学んだのだろう。

 当然ながら戦士のクラスも得ており、筋力は25/68もある。

 鍛えていない普通の街の人のステータスが10前後だから、かなり高い。今すぐ探索士になっても俺より強いことは間違いない。


 他の鍛冶士を知っている訳ではないので、武具鍛冶Lv5がどのくらいの凄さなのかはいまいちよくわからないところだが。


「はいっ、それでは本日の課外授業を始めます。

 特別講師は、ラディオンで一番素敵な鍛冶士、ゲイルさんです。拍手ー」

「ラディオンで一番、は言い過ぎかな?」


 はにかみつつも否定はしないゲイルさんに、俺とシャリア先生から惜しみない拍手が贈られた。


「授業のテーマは、装備のメンテナンスについてです。

 アルマさん、剣を見せて頂けますか?」

「あ、はい」


 あらかじめシャリア先生に言われて持ってきていた剣を外して、鞘ごと渡す。

 ゲイルさんはそれを受け取ると、すらりと引き抜いて魔力灯の光にあてた。


「ふむ……」

「うわあ……」


 慎重に、しかし慣れた手付きで剣を(あらた)めるゲイルさんの仕草は堂に入っていて、熟練の風格を匂わせた。

 そのゲイルさんの背中から、シャリア先生ものぞきこむ。


「これはひどい」

「どうしてこんなになるまで放っておいたんですか?」

「そ、そんなにひどいですか?」


 ゲイルさんに手招きされて、俺も剣をのぞきこむ。


「特に先端付近が酷いね。

 切れ味が随分鈍くなっているし、ここと、ここに少し欠けがある。

 それとここ、汚れのようなものがあるのが、わかるかな?」

「ええ」

「錆だね」

「えっ」

「錆が浮いてる。剣を濡らしたまま放置したりしなかったかい?」


 確かに、アリの体液を洗い流したあと、水切りが不充分だったかもしれない。

 というか、布を用意してきちんと水気を拭き取った方がいいのか。板前さんも包丁を使ったあとに布巾で拭うしな。


「武器は探索士の大事な命を預けるものです。

 日々のメンテナンスを心がけることで、守れる命もありますよ。

 ……というか、アルマさんはちょっと無頓着すぎです!」

「ご、ごめんなさい」

「今日は実際に剣を手入れしてもらうつもりでしたが、この状態だとゲイルさんに研いでもらった方が良さそうですね」

「そうだね、ちょっと初心者には難しいかな。

 本当は、研ぎには1本200ダイムを頂いているんだけど……」

「今回だけ、私が立て替えておきます」

「……え、いいんですか?」


 確かに今の俺には200ダイムも痛い出費だが……

 年上とはいえ、女性に立て替えてもらうというのはなかなか情けない。稼ぎが少ないと苦労するなあ……


「いいんですよ。そのかわり、手入れの道具や新しい剣をうちで買ってもらえると助かります」


 ちゃっかりしてるなあ、シャリア先生!

 しかし、普段お世話になっているシャリア先生の旦那さんのお店となると、俺も贔屓(ひいき)にせざるをえない。

 幸い、ゲイルさんの腕は悪くないみたいだし、頼りにさせてもらおう。


「それじゃ、僕は剣を研いでくるよ。

 シャリア、彼に武器の研ぎ方を教えておいてくれるかな?」

「はい、勿論です。いってらっしゃい、あなた♪」


 シャリア先生が、少し背伸びしてゲイルさんの頬にキスをする。

 ゲイルさんも先生の頬にキスをして、存分にいちゃいちゃしてから俺の剣を手に工房の奥へと向かった。


『な、何故だ、ユート、口の中が甘い気がするぞ……!』


 安心しろ、俺もだよ。

 砂糖でじゃりじゃりする気がする。コーヒー欲しい。


「えー、では、本日はまず剣の研ぎ方を教えます。うふふ」


 シャリア先生がでれっでれであった。


「まずは道具から。砥石と研ぎ粉はこちらのコーナーです」


 店舗の一角に、砥石や小瓶に入った粉が置いてある。

 砥石は異世界でもお馴染みの長方形の石だったが、石の種類や色合いなど、いくつかの種類がある。

 お値段もまちまちで、シャリア先生おすすめのファファード砥石は他の2倍以上、500ダイムもした。お高い……!


 研ぎ粉は、サラサラした細かな粉だ。

 こちらもいくつかの種類があるが、値段は安い。やっぱり他の2倍以上するファファード産でも50ダイムだ。

 シャリア先生によると、研ぎ粉は剣の欠けが大きい時や、鎧や盾などを磨くときに使う、要は研磨剤であった。

 その正体は採石などで出る石の粉を集めたものらしい。


「刃物を研ぐときは、平らで安定したところに砥石を置いてください。柔らかい布を敷くと、滑りにくくて安定しますよ。

 砥石は、あらかじめ水に濡らしてくださいね。

 あとは研ぎたい所に指を当てて砥石に押し当て、丁寧に押して砥石の上を滑らせれば研げます」


 実際に、売り物の砥石とナイフを使って実演してみせてくれる。

 本当に研ぐわけではないが、口で言うよりずっとわかりやすい。


「案外、簡単なものなんですね」

「……と、思うでしょう?」


 砥石とナイフを片付けながら、シャリア先生は苦笑する。


「研ぐ刃物の種類、状態、研ぐ位置、刃の角度……

 その時その時で、最適な研ぎ方は変わります。そして、きちんと研いで手入れしなければ、武器の寿命はすぐに尽きてしまいます。

 ですが、所詮素人には最低限切れ味を保つ程度の研ぎしかできません」

「えっと…… では、武器が壊れた時は、どうすれば?」

「壊れたら、ではなく、まず壊れないようにしましょう。

 定期的にプロに修理してもらうのがおすすめです。伊達に1本200ダイムもとってるわけじゃありませんよ?」


 と、シャリア先生は工房の奥を見た。

 なるほど。最適なメンテナンスを熟練の技でやってくれるわけだ。


「あとは、予備の武器を用意しましょう。

 これはナイフや短剣が定番ですね。組み付いたり絡み付いてくる魔物に捕まった時など、短い武器の方が役立つ場面もありますし、様々な場面で役立つことも多いです」

「ナイフと短剣って、どう違うんですか?」

「大雑把に言うと、ナイフが片刃、短剣は両刃です。例外もありますが」


 シャリア先生が棚から取り出したナイフと短剣は、なるほど確かに片や切れ味の良さそうな片刃、片や突き刺すのに適してそうな両刃だった。

 それぞれ値札がついていて、ナイフは250ダイム、短剣は300ダイムだ。


「そうですね、では武器の種類について、問題を出しましょう」


 今度は棚に飾られた様々な剣を取り出して、それをテーブルの上に大きさの順に並べていく。

 短いものはナイフから、大きいものは柄も含めた全長がシャリア先生の身長に届くかというくらいのものまで。

 流石に手間取るので、俺も並べるのを手伝った。


「さて、ショートソードとロングソードの境界はどこでしょう?」

「そうですね……」


 俺の剣はショートソードの分類だったはずだ。

 全長50cmくらいだろうか、ちょっと短いが軽くて扱いやすい剣だった。あれよりは長いもの、ということになる。


 だがしかし、残念ながらこの問題は問題にならないのである。

 何故ならば天龍眼で剣の名前が表示されているからだ。

 つまり、ショートとロングの境は――


「こ……の、へん……ですか!?」


 驚き半分になったのは仕方ないと思う。

 ショートソードで一番長いのは全長80cm近くあったからだ。

 どこがショートなんだよ!

 ロングソードは90cm近くもあり、刃は意外と細身で先端に行くにつれて細く、突くのに向いたような形だった。


「おや、ご存知でしたか?

 実はロングソードとショートソードの違いは長さ……もありますが、それだけではなく用途の違いなのです。

 ロングソードは馬に乗って戦う騎士が、片手で突いて攻撃するための武器なんですね。

 ショートソードは歩いて戦うための剣、ですので長さに関わらず『片手で持って斬る剣』はショートソードです。

 ナイフや短剣も、ショートソードの一種と言えますね。

 ……では、この武器はなんでしょう?」


 シャリア先生が棚から新たに取り出したのは、全長70cmほど、ショートソードの一番長いものよりは短い剣だ。

 柄が長いので、刃渡りはさらに短い。なので、この流れだとショートソードと答えたいところだが……


「……バスタードソード」

「あら、詳しいですね。……つまらないです」


 引っかけ問題であった。


 というか天龍眼がなければショートソードって答えてた。

 今も何が違って名前が違うのかさっぱりだ。


「ご存知の通り、柄が長く両手で扱うことも、この長さから片手で扱うこともできるこの剣はバスタードソードになります。

 ……アルマさん、妙なところで詳しいですね?」

「あ、いえ…… たまたまです、たまたま」

「さて、それでは実際に剣を振ってみましょう。

 まずは……よいしょっ……これからです」

「えっ」


 と、シャリア先生が取り出したのはこの店で一番巨大な剣だった。

 それは剣と言うにはあまりにも大きすぎた――

 とか言われそうな、しかし武骨ではなく派手に装飾された明らかに装飾用のお値段5万ダイムとかのグレートソードだった。


「ちょ、無理です重いです持てませんお財布と物理的に!」

「ブツリってなんです?

 まあまあ、とりあえず構えて。落とさないでくださいね?」

「無理ですってば――うおおおっ!?」


 半ば無理矢理にグレートソードの柄を持たされたが、勿論持ち上がるわけがない。

 切っ先を下にして抱えるだけならともかく、構えるとなるとこんなでかい剣は不可能だ。

 俺の手が支点と作用点、剣の重心が力点。

 剣が長く重心が遠いほど剣は加速度的に重く、振り回したときの威力も高くなる。


 っていうか床に激突させないようにゆっくりと床に降ろすので限界なんですが!


「ぜぇ、ぜぇ……」

「おや、やっぱり無理ですか」

「いや人類には無理ですよこれ……」

「そうでもありませんよ?

 2メートルの大剣を振るった英雄の記録は実際にあります」


 マジかよ……

 しかし、この世界にはレベルとステータスがあるのだ。全盛期の店長なら無理ではないのかもしれない。

 店長の筋力値、ゲイルさんと比べても3倍くらいあったからな……


 最近は慣れてしまったが、よくよく考えると不思議な話だ。

 レベルを上げれば強くなるとか、クラスやアビリティの存在とか、まるでゲームの中の世界である。

 たぶん、限界まで鍛えた人間の力は、地球とこちらとでは天と地ほどに違う。

 同じ人間に見えて実は中身が別物なのか、あるいは何か別の……


「さ、休憩はそこまでです。次はこれを……」

「ですからグレートソードはやめましょうよ!?」





 それから、10本くらい剣を振らされた。

 少しずつ小さいサイズにされていったから助かったけど、70cm前後のバスタードソードは何本も振らされた。


「……ちょっと、疲れて、きたんです、けど」

「はい、もうちょっと続けてくださいね」


 剣道の素振り練習のようにひたすら剣を降り下ろし続けて、だんだん腕が疲れてきた。

 息もあがってきたが、もし地球にいた頃に鉄製の重い剣を振り回していたらこの程度では済まず、とっくの昔にへばっていただろう。

 俺もレベルが上がっているのか、それともこの身体が元の俺よりタフなのか、あるいはその両方か。


「背筋伸ばしてください。剣筋が曲がってますよ、ちゃんと真っ直ぐ!」

「シャリア先生、結構、スパルタですね!?」

「スパ……? お昼はパスタがいいですか?」


 えっ、お昼御馳走してくれるの? やったー!


『ユート、いつまで剣を振っているのだ? 私はそろそろ、この店の中をじっくり見てみたいぞ。

 あとテンションがおかしい』


 いつまでやるかは先生に聞いて欲しい。

 疲労と共にアドレナリンが出てきてランナーズハイの手前みたいになってきた。


 苦しいけどなんか楽しいぞ。一歩踏み出して剣を降り下ろし、構え直しながら一歩引く、その繰り返しが完全なループを描いてくるくる回る。

 単純な繰り返しなのに気が付くと何時間も経ってる、中毒性の高い動画を見ているみたいな感覚だ。


 うーん、もう一歩、もう少し上達すれば何か掴めそうな――


「……二人とも、何してるんだい?」

「あら、ゲイルさん。何だか見てて面白くって」

「面白……!?」


 そんな理由で延々素振りさせられてたの!?

 思わずがくりと力が抜けて、しゃがみこんでしまった。

 あ、ランナーズハイのテンションが抜けていく……


「店の中で剣の訓練は危ないし、他のお客さんが入ってきにくいから、ほどほどにね?」

「やぁん、ごめんなさぁい」


 ゲイルさんに頭を撫でられて、シャリア先生がすごい可愛い声出してた。


「さて、アルマ君。剣、研ぎ上がったよ」

「あ、ありがとうございます」


 ゲイルさんから剣を受け取ると、めちゃくちゃ軽かった。

 さっきまでもっと重い剣を振っていたからだろうが、不安になるくらいに軽く感じた。


 引き抜いて確かめてみると、まるで新品のように輝いている。

 錆も綺麗に落とされて、刃の欠けも見当たらない。

 下手をすると最初に確かめた時より綺麗なぐらいだった。


「アルマさん、剣、軽くないですか?」

「えっ」


 シャリア先生の言った言葉に、まるで心の中を見透かされたような気がして思わず絶句する。


「アルマさんの力と体力なら、そのショートソードは軽すぎます。

 実際に振ってもらった感じでは、アルマさんに一番合うのはこの剣ですね」


 そう言ってシャリア先生が見せたのは、さっきまで振っていた両手持ちのバスタードソードだった。

 なるほど、さっきまで色んな剣を振らされていたのは、俺の身体に合う剣を探すためだったのか。


 ただし、お値段は5000ダイムだった。


「この剣が買えるように頑張りましょうね?」

「……は、はい」


 シャリア先生の輝くような笑顔に、俺は呻くことしかできなかった。





 このあと、お二人と一緒にお昼にパスタを頂いてから、午後はめちゃくちゃアリを乱獲した。

 研いでもらったショートソードはものすごく切れ味が良く、探索効率がぐっと上がったのは言うまでもない。


 いやほんと、新品よりよく切れるんだ、これ。

 ゲイルさんから手入れ道具の種類や使い方も教わったし、よく稼いで色々買わないとな。


 ……目標の3000ダイムはまだまだ先になりそうだった。

剣の分類は実のところ曖昧で、ロングソードでも馬から降りて使えるように作られたものなどもあります。

あくまでこの作品世界でのみ通じる分類とお考えください。

また、お値段などもあくまでこの世界におけるものになります。


次回は、なろう小説ではよくある、別キャラ視点のお話の予定です。

授業のあとのシャリア先生のお話を予定しています。

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