第13話 人妻デート
「アルマさん、明日は一緒におでかけしましょう」
シャリア先生からデートを申し込まれた。
順を追って説明しよう。
クロードと話をした日から、数日が経過していた。
あれから俺は、シャリア先生に言われた通りアリの体液を洗い流す水筒を持参して、大樹の迷宮を少しずつ踏破しながら狩っている。
アリを敬遠しなくなり、慣れてきたので二体までの魔物は相手にするようにしたら、思ったよりも収入は増えた。調子がいい時は1200ダイムくらいの稼ぎになる。
特に、アリ蜜がいい稼ぎになるので嬉しい。
アリは体液の匂いで続々やってくるので、それを利用すれば効率よく狩るのも可能だ。
ただし、これはやりすぎるとドロップアイテムを放置したまま逃げなければならないこともある諸刃の剣。ほどほどにして水筒の水で洗い流すのがコツだ。
この調子なら3000ダイムも遠くないが、焦らずにそろそろ休日を挟もうかと思う。
探索士は体力勝負だ。馬車代節約のために行きは歩いているし、迷宮に何時間も潜っていると体力だけでなく精神力も削れる。
それを毎日繰り返していると、睡眠は十分とっているとはいえ流石に疲れが溜まってくる。
なので、今の収入から鑑みて週に1日か2日は休みを取るつもりだ。
ちなみに、この世界も7日で一週間である。
曜日は地球とは違って、地、天、火、水、風、氷、雷、となっている。
チョイスや順番はこの世界の神話とか魔法の属性から来ているらしいが、そのあたりはよくわからなかった。
また、毎月1日は「無の曜日」と呼ばれる日になる。
無の曜日に4週間、つまり29日で一ヶ月。
12ヶ月で一年である。
つまり一年348日。地球より公転周期がやや短いようだ。
閑話休題。
ともあれその日も、探索の成果をシャリア先生のところに持っていき、清算してもらったあとのことであった。
「なんだか今日は、いつもより魔物が強かった気がするんですよね」
「……そうなんですか?
それが本当なら、協会としても重要な話ですね」
「天り……いや、知り合いは気のせいだって言うんですけど」
『ああ。魔物のステータスに特に変化は無かったぞ』
確かにそうなんだけど、感覚的に違うのだ。
キノコへの斬り込みも浅いような気がするし、草の切れ味も悪くなった気がする。アリなんて甲殻に当てると剣が滑ることもある。
なんだか、俺の剣が通じにくくなった気がする。
「うーん、私も他の探索士からそのような話は聞いていません。
アルマさん自身に変化があったのでは?」
「といっても、心当たりはないですね」
体調は悪くない。むしろ、ご飯が美味しくて調子がいいくらいだ。
いや、ドラゴンの大牙亭のメニューには揚げ物や炒め物が多いので、やや油分過多で野菜不足か?
でも、毎日森まで二時間のウォーキングで、太るどころか筋肉や体力は上がっている。
それにこちとら栄養学の概念を持つ現代人なのだ、サラダもちゃんと食べてるぞ。
シャリア先生と二人で、うーん、と首を傾げる。
「砥石を変えてみるのはどうでしょう?」
「えっ」
砥……石……?
「私のお勧めは、やっぱりファファード産ですね。
よく研げる綺麗に研げるファファード砥石、研ぎ粉もファファードがいいですよ!」
「えっ」
「おや、ご存じありませんか? ファファード。
剣士や職人の間では有名ですよ。ちょっと高いんですけどね」
「いや、その…… 砥石って、使ったことなくて」
「えっ」
「あと、研ぎ粉ってなんですか?」
「えっ」
砥石は…… ゲームでは使ったことあるけど、現実では無い。
最近はシャープナーで溝に包丁を滑らせれば研げるし、あまり研がなくても十分料理には使えた。
……あっ。あのシャープナーが砥石なのか!
「……アルマさん。武器の手入れの仕方って、ご存じですか?」
「いえ、それが……」
「まさか、油もさしてない?」
「えっ。油とかいるんですか?」
おや。何故かシャリア先生が絶句したぞ。目線が虚空をさまよっている。
「わかりました…… アルマさんには初歩から教えなければならないようですね! 今日の授業は――!」
「――カラード君?」
音もなく背後に立った支部長さんに、ひぃっ、とシャリア先生の喉が鳴った。
うん、まあ、もう日が落ちてるしね…… 順番待ちの探索士もまだいる。今から授業は無理だ。
支部長さんはそのまま何も言わずに去っていったが、シャリア先生の額には冷や汗が浮かんでいた。
「……えっと、明日の午前中は空いてますか?」
「ええ、まあ。特に予定は無いですけど」
「わかりました。では……」
「アルマさん、明日は一緒におでかけしましょう」
そういうことになった。
ラディオンの街では一日に三回、鐘が鳴る。
街の北側は商業区になっていて、朝9時頃に午前の市の開く鐘が鳴る。探索士協会もこの時間から開く。
次に13時頃に二度目の鐘が鳴る。
この音で午前の市が終了し、午後の市が始まる。
最後に17時頃、夕方に鐘が鳴り、午後の市も終了する。
商業区にある鐘楼に日時計が設置されていて、それで時間を計って鳴らしているらしい。
街中に響き渡るこの鐘の音で、街の人は時間を確認する。
まあ、俺は午前から探索に出かけて夕方に帰ってくるから、昼と、場合によっては朝や夕方もこの鐘の音を聞かない。
話を聞いて初めて、「あーそういえば鐘が鳴ってたような……」と思ったぐらいだ。
シャリア先生との待ち合わせは、朝の鐘の頃に協会前だ。
ドラゴンの大牙亭のすぐ前なので、ゆっくりご飯を食べてお茶を飲んでから出掛けても余裕である。
余裕であるが、約束の時間より15分くらい前に大牙亭を出ると、既にシャリア先生が協会前にいた。
「おはようございます、アルマさん」
「おはようございます、シャリア先生」
私服である。
普段は協会のカウンターで会うので、ファンタジーらしさとキャリアウーマンらしさが同居するタイトスカートの制服なのだが、今日は春らしい爽やかな色合いのワンピースにカーディガンをあわせていた。
普段とはまるで印象が違って、一瞬見とれてしまう。
「私服、可愛いですね」
「まあ、アルマさんからそんな自然にお世辞が出るなんて思ってもみませんでした。
うふふ、でも残念、人妻ですから」
本当に自然に出た誉め言葉だったのだが、左手の指輪を見せつつくすくす笑ってかわされた。
「ところで、アルマさんは大牙亭に泊まってるんですね?」
「ええ、ご飯も美味しいですし、宿も安いんで」
「確かに部屋のグレードにしては安いですよね」
……ん? なんか妙な言い回しをしたな。
「……あれ、大牙亭って実はそんなに、安く……ない?」
「値段だけで言うなら……
一泊で50ダイムっていうところもあります」
「えっ」
なにそれ安すぎじゃね?
「ただ、治安の良くない裏通りで、掃除もろくにされてなくて、食事も出なくて、毛布とマットがあるだけの相部屋で雑魚寝とかですけど。
少なくとも、私は絶対使いたくないです」
「ああ…… それは確かに。安心して荷物とか置けないですね」
「ええ。その点、大牙亭は場所も部屋もいいですね。
私も、現役時代はここでしたよ。
普通の駆け出し探索士は、一人あたり一泊150~250くらいの、もう少し安い宿の大部屋をパーティで借りたりします」
探索士のパーティは5~6人くらいになることが多く、ほとんどが一人部屋の大牙亭は条件のよさに反して宿泊客が少ないらしい。
むむむ、それにしてももっと安い宿もあるのか……
俺の稼ぎだと400ダイムの宿代も結構きついんだが、しかしもうこの宿にも愛着がわいたしなあ……
……宿替えは保留としておこう。
「さて、それでは行きましょう。こちらですよ」
既に行き先は決まっているらしく、シャリア先生は先頭を切って歩き出した。
俺もその後について歩いていく。
ドラゴンの大牙亭や探索士協会があるのは街の中央の広場だ。ここから、東西南北に真っ直ぐ大通りが伸びている。
シャリア先生が向かったのは、街の西側…… 職人区だった。
職人区は様々な職人の工房や店が並ぶ場所だ。
大通に面したところは大きな工房や販売店が多いのだが、いくつか路地に入ると個人の店や工房が建ち並ぶ。
どこからかカーンカーンと金属を叩く鎚の音や、何らかの素材や薬品が出しているらしき独特の匂いが漂っている。
反面、人の声はあまりせず、ちょっとした異世界に迷い混んだかのような奇妙な静けさだ。
いや、俺にとってはこの世界そのものが異世界なんだけどね。
しかしながら探索士と縁の深い場所のようで、意外と頻繁に探索士の姿を見かける。
しかも、その多くがLv20~30くらいの中堅どころだ。たまに二次クラスの人もいる。
すれ違う程度だし、シャリア先生が隣にいるのでじっくりとステータスを見るわけにはいかないが。
「なんか、表の大通りと全然雰囲気違いますね。
俺、こんなところ初めて来ました」
「面白いでしょう? このあたりは鍛冶職人や革職人の工房が並んでいますけれど、別の通りには魔法道具や錬金術の工房もあるんです。
そっちも全然雰囲気が違ってて、楽しいですよ!」
ニコニコしながら語るシャリア先生は本当に楽しそうだ。
俺も気持ちはわかる。ヨーロッパの下町を歩くような、異国感というか、わくわく感を感じる。
いや、元の地球で海外旅行はしたことないんだけど。
『ほう、確かに不思議なものが沢山ある。
人間がこのようなものを作り上げようとは…… おいユート、ちょっとそこの店に入ってみないか?』
確かに、武器とか防具とかアクセサリや革細工とか、興味を引かれるものが沢山ある。
だが、今日は隣にシャリア先生がいるからおあずけだ。
そもそも、財布にも余裕がないしな。
『むむむ…… つまらぬ……』
なんだか拗ねたように言う天龍に、俺は小さく苦笑した。
「どうしました、アルマさん?」
「いえ、何でもないです。
それより、どこまで行くんですか?」
「もうすぐそこですよ。……ほら、ここです」
そう言ってシャリア先生が指さしたのは一軒の工房だった。
店内は直接販売スペースになっているようで、中を見ると剣や槍などの様々な武器が飾られていた。
看板には『カラード鍛冶工房』と書いてある。
……カラード?
「あの、もしかしてここって……」
「さ、入ってください」
ニコニコと上機嫌な先生に背中を押されて中に入る。
店内のカウンターには男性が一人座っていて、入ってきた俺達に気付くと立ち上がって軽く手を上げた。
先生も、ニコニコしながら何度も手を振る。
「僕の工房へようこそ。ゲイル・カラードです」
「私の旦那様ですっ♪」
小走りで駆け寄って、逞しい腕に抱き付くシャリア先生。
二人で視線を交わして、にこーっと満面の笑み。
めっちゃラブラブであった。




