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第12話 学士の真価(後編)

2016/6/7 クロードのステータスを調整しました。

2016/9/9 お金周りの表現を修正しました。

「学士の方ですよね。俺は、阿妻あづま優斗ゆうとと言います。

 実は俺も、クラスカウンターで学士と言われまして」

「クロード・アレスティンだ。確かに僕は学士だよ。

 ……もしかして、君も鑑定屋を始めるつもりかい?」

「あー…… そのつもりはないです。俺にはちゃんとした鑑定はできませんし」


 天龍眼を使えば百発百中ではあるが、俺に本来の意味での鑑定技能は無い。


 たとえば、体調が悪くて医者に行ったとしよう。

 診察のひとつもせず「ガンですね。すぐ手術しましょう」と言われたら、たとえそれが事実だったとしても到底信頼することはできないだろう。

 そんなものに金を払うなんてもっての他だし、払ってくれたとしても二度目はない。


 天龍眼で全部わかっても、相手が信頼も納得もできなければ鑑定屋は成り立たない。

 それに、クロードのようにそのアイテムがどの程度の価値があるかは、俺にはわからないのだ。天龍眼にも表示はされない。


『価値とは、それ自体にあるのではなく、それを扱う者の中にあるものだからな。

 ある者にとっては無価値なものが、他の者には千金に値することもある。

 そういった周囲の者の価値観も加味して価値を測ることもできなくはないが…… 広く深く見るぶん負担も大きいし、その場その時によって変動しうる。やめておけ』


 天龍もこう言っているし、鑑定屋の真似事はやめておこう。


「学士の、探索士の先輩として、話を伺えたらな、と」

「なるほど。商売敵が増えなくて安心したよ」


 ははは、と軽く笑って、彼はポテトの皿をこちらに寄越した。


「食べるかい? 冷めてはいるけど美味しいよ。

 それと、敬語を使わなくていい。クロードと呼んでくれ。

 僕も君のことはアヅマ君と呼ぼう」

「あ、いただきます。……確かに美味しい!」


 ポテトは既に常温になっていたが、それでも外側はさくっと、中はほくっとしていて美味しい。

 やや強めの塩気がクセになって、一本二本とつい手が伸びる。

 うっかりすると、一気に何本もつまんで大口開けて貪ってしまいそうになる。お茶を飲んでクールダウンだ……!


 お茶を飲んで落ち着いたところで、ポテトをつまみながらクロードと雑談に興じる。


「学士といっても、アヅマ君はまだ新人だろう?

 おそらく、すぐに戦士や斥候になれるさ。万年学士の僕の話は参考にはならないよ」

「クロードは、戦士や斥候になるつもりはないのか?」

「なろうとはしたんだけどねえ…… 身に付かなくて」


 そのせいか、決まったパーティも組んでおらず迷宮にはあまり入らないらしい。

 ではここで、雑談しながら確認したクロードの詳細なステータスを公開しよう。

 ちょっと長いので、読み流してくれて構わない。


『ユート、誰に話してるんだ……?』


――――――――――――――――――――――――

【名前】クロード・アレスティン   【Lv】15

【種族】人間   【性別】男性   【年齢】24歳

【属性】無

【能力値】

 体力 11/45    精神 28/84

 筋力 15/43    魔力 17/71

 技量 18/61    感覚 20/67

 敏捷 15/32    知性 26/92


【クラス(取得条件)】

 学士Lv19 - 鑑定系スキルLv1以上

 商人Lv9 - 算術スキルLv1以上

 戦士Lv7 - 武器系スキルLv1以上

 斥候Lv5 - 罠解除スキルLv1以上


【アビリティ】

 パーティ成長補正・小(学士) パーティ全体の経験効率が僅かに上昇する

 ドロップ率補正・小(学士) パーティ全体の魔力収束率が僅かに上昇する

 筋力上昇・小(戦士) 筋力が僅かに上昇する

 体力上昇・小(戦士) 体力が僅かに上昇する

 技量上昇・小(斥候) 技量が僅かに上昇する

 敏捷上昇・小(斥候) 敏捷が僅かに上昇する

 知性上昇・小(商人) 知性が僅かに上昇する

 金銭感覚(商人) 物品に適切な価格をつけることができる


【スキル】

 鑑定Lv4

 算術Lv4

 交渉Lv2

 長剣Lv2

 短剣Lv1

 罠解除Lv1

――――――――――――――――――――――――


 まぁ、戦士や斥候が身につかなかったのも仕方ないだろう。

 クロードの能力値は精神・魔力・知性に偏り気味で、技量は高めなので斥候には多少向いているが、それよりも圧倒的に学士や魔法使いとしての適正が高い。

 それに、身につかなかったとは言っても学士のLvが高いだけで、ちゃんと戦士も斥候も身についていた。


 算術スキルが妙に高いのは、昼間は探索士協会で事務処理の仕事をさせてもらっているから、というのが理由だろう。

 ちなみに、スキルはLv10が最大値らしい。Lv4もあれば二次クラスへの条件を満たせる、プロの仲間入りである。

 元々頭がいいのに加えて、鑑定屋や事務処理のバイトも続けて長くになるらしい。Lvが伸びるのも道理だ。


 それよりも俺にとって大事なのはアビリティだった。

 特に、「パーティ成長補正・小」と「ドロップ率補正・小」。

 これは学士のアビリティなので、俺も持っているはず。

 俺が倒した魔物のドロップ率が100%だったのは、明らかにドロップ率補正の効果だろう。


 しかし、ドロップ率補正・小では「ドロップ率が僅かに上昇する」程度の効果しかない。

 弱い魔物だからドロップしやすかったとしても、流石に100%はおかしいだろう。

 だが、アビリティの効果は「クラスのLvに応じて強化される」のである。

 たとえば戦士Lv1と戦士Lv50では、筋力のアップ値が違うのだ。

 それを鑑みると…… あっれ、俺の学士レベルっていくつなの……?


 おそらく学士のクラス取得条件である「鑑定系スキル」が原因だ。

 天龍眼が鑑定系スキルの上位扱いで、しかもとんでもなくレベルが高いとすれば、それに引っ張られて学士のレベルもとんでもなく高く……

 ……こりゃ二次クラス取らないと、色龍晶(クラスカウンター)はずっと学士のままだな!


 だが、こうして見ると学士というのは決して外れクラスではない。

 むしろ、パーティの経験値にも収入にも大きく貢献する、超優秀クラスだ。

 ただ…… それが目に見えにくいから、誰も気づいてないんだろうなぁ。

 だから誰も高レベルにしないし、レベルを上げないから学士のアビリティの効果もほとんど実感できない。そうして不遇クラスになったわけだ。


「やっぱり、学士で一番困るのは仲間が出来ないことだね。

 一人で迷宮に入るのは危険だ。それが学士ならなおさらだけど、誰も好きこのんで足手まといを引き入れたくはないからね。

 僕も、戦士や斥候は身につかなかったから、次は魔法書を買って魔法使いになろうと思ってお金を貯めているところさ」

「魔法書……って、それを買えば魔法使いになれるのか?」

「買っただけじゃダメだよ、魔法書は言ってみれば魔法の参考書みたいなものだね。

 勉強しなければならないし、勉強しても身につくとは限らない。

 それに…… 本って高いんだよ。それも魔法書ならなおさら」

「勉強は、クロードなら大丈夫だと思うけど。

 いくらくらいするものなんだ?」

「一番安くてページの少ない薄いものでも、2000ダイムはくだらないね」


 ぶっふ。

 ポテト吹いた。本一冊……というか雑誌みたいなもので2000!?


「紙は高いし、魔法使いの知識も高い。

 それに、2000くらいの本だと偽物を掴まされることもあるらしいよ」

「じ、じゃあ、クロードはいくらくらいの本を買うつもりなんだ……?」

「僕の目標は…… 5000ダイムかな」


 ぶっふ。お茶吹いた。

 ドラゴンの大牙亭に半月くらい泊まれる金額じゃねーか!


「アヅマ君、大丈夫かい?

 ……まぁ、お金は時間をかければ何とかなるよ。迷宮に潜れればもっとラクになるんだけどね」


 迷宮か……

 例えば、今日の俺の稼ぎは800ダイムだった。宿に泊まって食事して、迷宮の行き帰りに馬車に乗ればもうギリギリだが、明日からはもう少し稼げるだろう。

 1000も稼げば週に一度くらい休みが取れるだろうか。


 つまり、二人なら一日2000ダイム以上だ。

 ……結構きついな。


「……もしかして、僕をパーティに誘おう、とか考えてるかな?」

「……顔に出てたか?」

「そうだね。だけど今日のところはお断りさせてもらうよ」


 言葉に出して誘う前に、あっさりとお断りされてしまった。


「理由を聞いても?」

「おおまかに言って3つある。

 まず、信用がない。

 次に、お金がない。

 そして、実力がない」


 け、結構言いにくいことをずばっと言ってくるな……!

 だが、迷宮の探索ともなると命に関わってくる。妥協はしないのがクロードのスタイルなのだろうか。


「詳しい説明が必要かな?」

「……頼む」

「まず、信用だけど…… まあ、僕と君は今日出会ったばかりだからね。

 だけど、それに関してだけなら実はパーティを組んでみてもいい、くらいには考えている」


 ……ん? あれ、じゃあ何が問題なんだ?


「君は探索士としても学士としても後輩だし、こうして話をすればある程度の人柄もわかる。

 アヅマ君は無口で慎重だが、善良だよ」

「そ、そう……かな?」


 無口なのは、あれだ。

 口数の半分は、天龍の茶々に突っ込むのに使われてるからだ。

 実はクロードとの会話中も、暇なのかちょくちょく口を挟んできている。


『心外な、ユートが無口なのは事実だぞ。心の中はともかくな』


 ううん、そうかなあ……


「でもね、君はまだ探索士になったばかりだ。

 今日は生き残れたけれど、明日はどうだろう。明後日は、その先は?

 迷宮で生き残れない味方と一緒に迷宮に潜れば、僕自身も死ぬ。君がそうでないという信用は、まだない」

「人柄じゃなくて、実力への信用……か」

「申し訳ないが、慎重さなら僕も負けていないからね。

 これが、ひとつめの理由だ」


 言って、クロードは手元のグラスをちびりと傾けた。


「次に、お金だけど…… まぁ、これは単純だ。

 何人で組むにしても、全員が暮らしていけるだけの収入が出せなければ、単純に生きていけないよね。

 つまり、二人でやるなら二倍の収入が必要なわけだ。

 二倍にならなければ、そうなるように努力しなければならない。そして、それまではお金は減っていくわけだけれど…… その余裕はあるかい?」

「いや、余裕は無いなぁ…… 正直、明日探索を休んだら、夜は野宿だよ」

「ははは、それはまた余裕のない生活だねぇ」


 軽く笑うクロードだが、俺は渋い表情を作ってポテトをサクサクとかじる。

 店長のフライドポテトうまい。……なんかハンバーガー屋とかファミレスのポテトを思い出すな、これ。こっちの方がうまいけど。


「最後に、実力だ。

 ……ところでこれ、アヅマ君が弱い、と言ってるように聞こえたかい?」

「え? ……いや、違うの?」

「はは。…………いやぁ、実は僕のことなんだよね、これ。

 そもそも、君の実力に対する疑問は最初の信用に含めたじゃないか」

「……あれ? そういえば確かに」

「僕は学士だ。知恵ならある、と言おう。知恵がなければ鑑定屋はできないしね。

 でも、剣も斥候の技術も大したことはない。魔法は…… どうかな? 5000ダイムを無駄にしなければいいんだけれど。

 ともかく、僕は決して強い探索士ではないよ。君の方が強いかもしれない。

 僕がパーティに入ったところで、君に負担をかけるだけかもしれないね」


 強さに関しては、実はあまり心配していない。

 正直、クロードは優秀だ。能力値も高いし、戦士も斥候も習得はしている。

 話した感じでは信頼もできるし、性格も慎重で無謀なことはしそうにない。

 多少のレベルは、学士の成長効率補正でどうにでもなるだろう。


「それでも僕を仲間に誘おう、と思ってくれているなら……

 そうだね、ひとつ条件を出そう」

「条件?」

「ああ、その条件をクリアして、その時にまだ僕を仲間に誘う気があるなら、喜んでご一緒するよ。

 1000ダイム銀貨を三枚持ってきて、僕に見せること。

 これが条件だ。

 見せるだけでいい、君がそれを稼ぐだけの実力がある、と確認できればいいんだ」

「なるほど…… わかった、ちょっとした目標としても丁度いいな」


 3000ダイム……ではなく、1000ダイム金貨銀貨を三枚、というのがミソだ。

 ほんの少しずつかき集め、一時的にでも3000ダイムを稼げばいい、というわけではない。

 1000ダイム銀貨というまとまった形で、3枚ぶんの貯蓄ができるだけの安定した生活ができるだけの能力があるかどうか、ということを試しているのだ。


「言うまでもないけれど、犯罪はダメだよ。

 誰かから借りるのも…… 探索士からなら、良しとしよう。他の探索士から信頼されるだけの何かはある、という証拠にはなるからね」


 わかった、とうなずくが、俺はどちらもするつもりはなかった。

 犯罪はもちろんだし、3000ダイム貸してくれる探索士の知り合いなんていないしな……

 なんたって昨日この世界に来たばっかりだからな、俺。


「まぁ、急ぐ必要はないさ。

 お金は必要だよ。装備やらアイテムやら、必要なところには惜しまず使っておいた方がいい。

 僕も、君が目標を達成するまでせいぜい剣の腕を磨いておこう」

「そうだな、防具ももっといいのが欲しいしな」


 俺の防具は軽装を通り越して普段着みたいなものだ。

 要所にあて布をして分厚くなった服は、実はクロースアーマーという鎧の一種らしいのだが、正直気休めくらいの役にしか立たない。

 周囲の探索士を見てみると、ほとんどは革鎧、希に鉄の胸当てだ。

 クロースアーマーだと普段着としても中途半端だし、服と鎧は別々にしたいところだ。……お金があれば。


「時間を置いて冷静になれば、僕をパーティに誘おうなんて気もなくなるかもしれないよ。

 ……学士でなければ、僕も君も仲間を探しやすいんだけどねぇ」

「俺とクロード以外には、学士はいないのか?」

「いたとしても、少し訓練して戦士や斥候になるのが普通さ。

 君もそうして、他にちゃんとした仲間を探すことをお勧めするよ」


 シャリア先生にもさんざんそれは勧められたが……

 ……天龍眼がある限り無理だな、それは。


『……不満でもあるのか?』


 いや、別に不満はない。

 そもそも天龍眼がなければ俺は死んだままでこの世界に来ることすらなかったわけで。

 むしろ、天龍眼と天龍には感謝すべきだろう。


『ん…… そうか。私もユートには感謝しているぞ。

 せいぜい長生きして私を楽しませてくれ』


 今度は寿命一杯まで生きるつもりだから楽しみにしてやがれこの野郎。


「どうかしたかい? ポテトがまずかったかな?」

「店長のポテトは冷めてもやめられないとまらないよ!」


 わしっ、とポテトをひっつかんで、口の中に放り込む。

 なんだかんだで、クロードのポテトを半分以上俺が食べてしまったな。


「よぉし、明日から稼ぐぞ……!」


 サクサクとポテトを咀嚼する俺を、クロードと天龍が二人で笑っていた。

冷めても美味しいサクサクフライドポテトは、揚げる前に片栗粉をまぶすと作れるそうですよ。

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