第11話 学士の真価(前編)
「いらっしゃーい! ――あら、アルマさん。おかえりなさい!」
「……ただいま」
ドラゴンの大牙亭のドアベルを鳴らして中に入ると、ウェイトレス兼勇者のミーシャが快活な笑顔と共に出迎えた。
ほんの半日ぶりなのに、何故か不思議と懐かしい気分になり、俺も思わず笑顔で挨拶する。
店内は仕事上がりの探索士で賑わっており、テーブル席はほぼ満席だが何故かマスターに近いカウンター席は空いているので、そこに座った。
前も同じ席に座ったし、俺の中では半ば指定席になっているな。
「はーい、お茶です。探索はどう? うまくいった?」
「ありがとう。うーん、ぼちぼちかな」
「ボチボチ? なあにそれ」
ミーシャのいれてくれたお茶で喉を湿らせてから答えると、ミーシャはからからと大きな声で笑った。
うーん、こっちの世界ではボチボチって通じないらしい。
笑われてはいるが、ミーシャは険のない明るい笑い方で嫌みがなかった。
「まあ、そこそこ、って意味。キノコとかアリとか倒してきた。
とりあえず、今日の宿代と飯代くらいは稼げたよ」
「あらっ、じゃあ今日もうちに泊まってってくれる?」
その答えはもちろんイエスだ。
安いし部屋もいいし、何よりマスターの料理が最高である。
「そういうと思って、部屋はそのまま空けてあるわ。
そうそう、うちは一泊400ダイムだけど、十日間だと3600で一日お得! だからお金が貯まったらよろしくねっ」
ちゃっかりしたものだが、ミーシャの笑顔で言われると元の世界のスーパーのCMでタレントが棒読みしてるよりも断然お得感があるので悪い気がしない。
次いで料理の方の注文を済ますと、ミーシャはサラサラと手元の伝票に鉛筆で書き込んだものをマスターに手渡し、かわりに両手いっぱいのジョッキを持って離れていった。
料理を待つ間、お茶をすすりながら室内の喧噪に目を向ける。
この店の客層はほとんどが探索士だ。稼ぎが良かった奴らは上機嫌に、悪かった奴らはヤケ気味に、酒や料理に盛り上がっている。
中には今日の探索のことを話している人たちもいて、聞き耳を立てれば参考にもなったかもしれないが、俺の目的は別にあった。
『ユート、いたぞ。端の席、一人で座っている男だ』
天龍に言われた通りに見てみると、店の一番端っこの席に男性が一人、座っていた。
目が細くて常に微笑んでいるような顔の男だ。年齢は二十代半ば、俺より少し年上だろうか。
3~4人は座れるテーブルだが、座っているのは彼一人。
テーブルには一皿に山盛りのフライドポテトとお酒のボトルが置いてあって、ポテトを肴にちびちびとグラスで飲んでいるようだった。
早速、天龍眼でステータスを確認してみる。
クロード・アレスティン Lv12
人間、24歳、男性
学士Lv19
学士の先輩であった。
一番の目的は、自分以外の学士のステータス確認だ。
何よりも、学士というクラスの条件やアビリティを確認しておきたい。自分のステータスにも繋がるしな。
学士というだけなら他にもいるかもしれないが、メイン学士の探索士が実際にどう活動しているかも確認したい。
本人に話をしてアドバイスなんかもらえたりするとベストだ。
さて、もっと詳しいステータスを――
「食え。サービスだ」
「……あ、ありがとうございます」
いきなり声かけられて、ちょっとびっくりした。
カウンターの向こうから店長が差し出したのは、ほうれん草をバターで炒めたもののようだ。バターの豊潤な香りが食欲を刺激する。
一緒に炒められているのはエリンギ……いや、これは。
「キノコ、狩ってきたんだろう。キノコ肉だ」
学士のステータス確認も気になるけど、気になるけど……
「いただきます」
バターの香りに抗えないッ……!
しんなりと柔らかくも、鮮やかな緑と快い歯応えを残すほうれん草。
口に入れた瞬間、バターの優しい甘味がいっぱいに広がる。
続いてキノコ肉、一口サイズに切られたそれは見た目も味も食感もまるでエリンギだ。
味もいいが何と言っても食感がいい。柔らかなほうれん草だけでは不足しがちなボリュームと満足感を与えてくれる。
キノコ、ほうれん草、キノコ、ほうれん草…… やめられないとまらない。
「はーい、たっぷり野菜シチューとパンのセット、お待たせ!」
バター炒めを片付けたあたりで、タイミングよくミーシャが料理を持ってくる。
たっぷり野菜シチューは文字通り大きく切ったニンジンやじゃがいも、ブロッコリーや玉ねぎや肉がたっぷり入ったシチューだ。
もちろん量もたっぷりと、大きな深皿いっぱいに盛り付けられている。
ルーのとろみは具材の旨味と深いコクを閉じ込めた証。スプーンですくって一口食べれば、柔らかく煮込まれた具材が口のなかでとろけて、まさに至福の味わいだ。
火傷しそうなほど熱々のシチューの次は、ふかふかのパンだ。
バターは無粋。シチューにパンとくればすべきことはひとつ。
千切ったパンを、シチューに浸す! そして食う!
それだけのことなのに、シチューの旨味と満足感が倍率ドンだ!
パンを4つにして正解だった。シチューがたっぷりすぎて、パン3つでは足りないところだった。
ごろっと入った具材をスプーンですくって堪能し、具材が少なくなってきたならばパンを浸して味わう。
手が止まることなどありえない。シチューはあっという間になくなって、パンもひとつふたつみっつと消えていく。
シチューを食べ尽くすと、最後に残ったのはシチューの皿とパンひとつ。
食べきれなかったわけでも計算を間違ったわけでもない。
皿に残ったシチューを、パンで綺麗に拭って食べるのだ!
お行儀は悪いけどこれが最高に……うまいッ! テーレッテレー!
思わず謎の効果音を響かせつつ、シチューは文字通り綺麗に俺の腹に収まった。
額に汗が浮かぶほど熱くなった身体と口の中を、最後にお茶をぐっと飲み干してさっぱりさせる。ふー。
「ごちそうさまでした……!」
いやあ、満足満足。やっぱり店長の料理は最高だ。
『ユートの食事中のテンションにだけはついていけんな……』
そうかな。普通だよ?
二杯目のお茶をゆっくりと飲みつつ食休み。
ふと隅っこの席を見てみると、俺がシチューを食べている間に先輩学士のクロードの席に他の探索士が増えていた。
「で、どうだ? 高く売れそうかい?」
「ふーむ。ま、そう焦らずに」
どうやら鑑定屋の客らしい。
鑑定アイテムは、クロードが手に持っている瓶詰めの水薬。
クロードは瓶詰めの水薬を眺めたり、軽く揺らしてみたり、相手の探索士に許可を取ってフタを開け、匂いをかいだり手のひらに一滴垂らしたり、それを舐めてみたり。
様々な角度から見て、その水薬の正体を鑑定しているようだ。
ちなみに、天龍眼には「治癒の霊薬・初級(ランクE)」と表示されていた。
飲んだり傷にかけたりすることで、ちょっとした切り傷や擦り傷なら一瞬で直せる魔法の薬らしい。
「うん。やっぱり、治癒の霊薬のようだね。
使われている薬草の種類から見て、初級。市場価格200ダイムくらいのものだから、売っても100ダイム以下だと思うよ」
天龍眼の所見と同じ鑑定結果を下して、クロードは水薬のフタを閉めて探索士に返した。
「そうかぁ、まあそうじゃねーかと思ったんだよな。ありがとよ」
「いえいえ。では、鑑定料を」
ちゃりん、と探索士は何枚かの銅貨を渡して席を立った。
クロードは再び、酒をちびちびとやりながら時折フライドポテトに手を伸ばす。
お皿に山盛りのポテトは、ほとんど減ったようには見えなかった。
よし、と意を決して、クロードの席に近付いていく。
ニコニコと微笑んでいるのは、お酒のせいか、稼ぎのためか、それともそう見える顔つきなだけなのか。
「こんばんは。……鑑定かな? 後払いでひとつ50ダイムだよ」
「いえ、少し話がしたくて」
天龍眼でクロードのステータスを確認しながら、俺は向かいの席に座った。
後編も明日か明後日には投稿できそうです。




