第10話 はぢめての精算
投稿済みの全話を改行を多用するスタイルで編集しました。
今後はこれで行ってみようと思います。
※2016/9/9 ドロップアイテムの価格周りの表現を修正しました。
夕方の探索士協会は、昼に来たときよりもかなり人が多かった。
大半は、ドロップアイテムの持ち込みに来た探索士だろう。それぞれにアイテムを詰めたバックパックや袋を抱えている。俺と同じバックパックを持った人も少なくない。
ただ、仲間と一緒にパーティで来ている人も結構いるので、見た目ほど待つこともないだろう。
警備の人に声をかけて案内してもらい、順番待ちの札を受け取る。
夕日が落ちると受付は終了だ。
札の配布も差し止めで、遅れて駆け込んできた探索士がすげなく追い返されて肩を落として帰っていったりしていた。
ただし業務は札を配り終えたパーティが全て捌けるまでは行われる。
俺が呼ばれたのは夕日が落ちてから間もなくのことだった。
「お待たせしました、38番の方…… あらっ、確か……アルマさん?」
「あ、はい、お願いします、シャリア先生」
先生? と小首をかしげるシャリア先生の前に座る。
俺が呼ばれたカウンターの担当は、奇しくもシャリア先生だった。
「どうやら、大した怪我もなく無事に戻れたようですね。迷宮はどうでしたか?」
「はい、先生のおかげでうまくやれたと思います。ありがとうございます」
「そうかしこまられると照れてしまいますね。
ええと、それではドロップアイテムの精算を。確認させてもらえますか?」
カウンターの上に置いたバックパックを開けて、中のドロップアイテムを取り出す。
アリ蜜だけは少し丁寧に、あとはそう脆いものでもないので手際よくさっさと。
内訳は、あるきのこの落とすキノコ肉とキノコ上質肉、ファングラスの草の牙、そしてフォレストアントのアリ脚、アリ顎、アリ蜜が各1個ずつ。
3~4時間潜ってた割には量が少ないようにも思えるが、相手を選んでいたしこんなものだろうか。
「まあ…… すごいですね、初めてでこれですか」
が、シャリア先生にとっては予想以上の成果だったようだ。目を見開いて驚いている。
「魔物がドロップアイテムを落とさないこともままあるのに、この量はお見事です。……無理したりしませんでしたか?」
「えっ。……いや、運が良かったのかと」
あれ、魔物って何かしら必ずドロップするものではないのか?
何もドロップしなかった魔物はいなかったように思う。
『ふむ、ドロップアイテムが必ず出る理由はわからぬが…… 落とさないこともある、というのは確かに道理だな。
何せ、物質化に必要な魔力量は少なくはないのだ』
ううむ、たまたま運が良かっただけ……? というには、偶然が過ぎる気はするが。
俺が心中で首を捻っていると、シャリアさんはカウンターの下から珠のたくさんついた道具――天龍眼で見なくてもわかる。算盤だ――を取り出して、ぱちぱちと数え始めた。
「キノコ肉がひとつ20の、いち、にい、さん……で、上質肉が30で……ええと……」
計算が得意ではないのか、算盤を使う手つき自体は慣れているのに計算は遅いという不思議な事態になっている。
……聞いてるこっちの方が暗算でさっさと答えが出てしまった。
「……全部で680ダイムですね」
「あら? ……すごいわ、合ってます。計算早いんですね」
大したことではないと思うのだが、何故だかすごく感心された。
うーん、シャリア先生は計算が苦手なのだろうか……?
「では…… 魔石の換金はなさいますか?」
「はい、それもお願いします」
うなずいて、俺はバックパックの底から魔石を取り出した。
魔石は、探索士協会に登録すればもらえるが、逆に登録しなければ手に入らないアイテムだ。俺も午前の授業のあとでシャリア先生にもらった。
もしなくしたりすると、新しくもらうには結構お金がかかる。しかも、何度でももらえるものではないらしい。
魔石は周囲の魔力を少しずつ、自動的に取り込むアイテムで、特定の装置で魔力を取り出すこともできる。
探索士協会は探索士の魔石から魔力を買い取り、現代で言う発電所のような商売もしているという。まあ探索士からしてみれば、収入ボーナスがつくようなものだ。
ちなみに、貯まる魔力はよりレベルの高い迷宮、同じ迷宮でもより奥地、そして多くの魔物を倒すほど、多量になっていくらしい。
今回、低レベルの迷宮の入口付近しか潜ってない俺の魔石は、薄暗い赤色になっていた。
これも虹龍晶と同様に赤から青へと移り変わり、紫になると満杯らしい。なかなかそこまではいかないようだが。
「……シャリア先生、魔石を何個か一緒に持っていったら効率良くなりませんかね?」
「ズルはいけませんよ、アルマさん。
ちなみに、それをやると魔石同士で魔力を奪い合って効率は著しく悪くなります。
魔石だけ迷宮内に埋めるとか、迷宮の入口で座り込むだけとか、色んなズルを考えましたけど、うまくいかなかっ……こほん、成功したという話は聞きませんね」
現役時代にシャリア先生も色々試してみたようだ。そううまくはいかないか。
シャリア先生は魔石を手に取ると、カウンターの向こうに設置された装置にそれをセットした。
セットした魔石から装置に魔力が移され、赤みがかった魔石の色が艶やかな黒になっていく。
それと同時に、装置についたメーターがカシャカシャと音をたてて回り、数字を指し示す。
その数字を見て、シャリア先生はぱちんと算盤を弾いた。
「では、魔石が120ダイム。あわせて……800ダイムになります」
「あ、ありがとうございます」
シャリア先生から、初収入800ダイムと元の黒色に戻った魔石を受け取る。
うーん、それにしても800ダイム…… 宿代の二倍か。
昼過ぎから夕方までだから、時給あたり160ダイムくらいか。収入の半分が宿泊費、と考えるとそこそこの収入といえるだろうか。
しかし、宿代と食費、馬車の交通費などでほぼ吹っ飛んでしまう。
生活にはほかにも細々としたものは必要だし、もう少し蓄えがないと、毎日休まず迷宮に通わなければ宿から追い出されてしまいかねない。
今日はルティアの仲間に回復してもらえたが、もし重傷を負ったり、病気にでもなって迷宮に行けなくなってしまうと詰む。
もうちょっと稼ぎを上げないと危険だ。
幸い、アリを避ける必要はもうなさそうなので、明日からはもう少し稼げるだろう。
「ところで、アルマさん」
「あ、はい?」
「アリのドロップアイテムがありましたけれど、確か私、アリには手を出さないようにと言いましたよね?」
「……えーと」
「よろしい、幸い今日の業務はアルマさんで最後ですし、迷宮での心得というものを少しお説教してあげましょう」
「えっ」
いかん、シャリア先生の目が女教師モードになっている……!
「いいですか、今は一人だからいいかもしれませんが、アルマさんもいずれは仲間ができるでしょう。
もしかしたら、アルマさん自身がリーダーになるかもしれません。
迷宮ではきちんとリーダーや斥候の指示に従い、行動する必要があります。それができなければ、自分だけでなく仲間の命まで危険に晒されるのです。
迷宮では一瞬の油断が命取りとなることも少なくありません」
流暢に淀みなく流れ出すシャリア先生の個人授業は、指示を守って行動することの大切さをメインにおよそ30分ほど続けられた。
「……ところで、アリと戦ってみた感想はどうでしたか?」
「一体一体はそんなに強くないですね。
今回でアリとの戦い方や弱点はわかったので、少しずつなら戦えると思います。
ただ、囲まれると……やばいですね」
授業が終わると、今日の探索についての話になった。
特にアリから逃げて囲まれて、ルティア達に助けられるまでのことは詳しく話させられた。
アリは天龍眼で『解析』したこともあるし、下手するとキノコや草より上手く戦えるかもしれない。
『ふむ…… では、一通りの魔物を『解析』しておくか?』
あれ、後の頭痛が結構長引くし痛いんだよな……
やっておいて損はないが、魔物にも個体差はあるし、キノコや草には必要ないだろう。
鳥や、他の魔物が出てきたときに考えることにする。
「どうやらアルマさんは、それなりに剣の心得がありそうですね。
半端なことでは今回のように危険を招きますし、アリも注意しながら狩れば大丈夫でしょう」
お、先生から許可が出たぞ。
「ただし、戦闘の後に水で体液を洗い流しておくこと。水筒などを用意するといいでしょう。
あえてアリを誘き寄せて狩る人もいますが、焦らず慎重に、様子を見て段階を踏んでください。
それができない人は長生きてきませんよ」
「わかりました、シャリア先生」
「よろしい。では、本日の授業はここまでです」
先生先生と呼んだからか、すっかり先生気分になったシャリア先生は、ぱん、と手を叩いて授業を締めくくった。
ありがとうございます、と俺も一礼する。
「……授業は終わったかね? カラード君」
「……は、はひ」
顔を上げると、シャリア先生の後ろには細眼鏡をかけた銀髪の優男が立っていた。
美形だが、冷たい感じの印象だ。先生の反応からして、偉い人らしい。
「だったら早く業務を片付けてくれたまえ。君が終わらないと協会を閉められないからね」
「すすすみません支部長、すぐやります!」
どうやら協会の支部長らしい。
授業のせいで業務を遅れさせてしまったようだ。辺りを見てみると既に他の探索士はいないし、カウンターの向こうの職員さんも数が少なくなっている。
シャリア先生は慌てて、様々な書類や伝票と格闘し始めた。
「すみません、シャリア先生。俺、今日は帰ります」
「ああはい、お疲れさまです、アルマさん。次の授業は業務に支障のない範囲で……」
「支部長としては、業務中に長話はやめろ、と言わせてもらいたいね」
「は、はひーっ!」
きらん、と支部長が眼鏡をきらめかせると、シャリア先生は涙目になりながら書類に没頭する。
これは先生の授業もこれまでかな…… 先生には悪いことをしてしまった。
一礼して席を立ち、帰ろうとする。
「君、少し待ちたまえ」
「えと…… 何か?」
背を向けて退出しようとした俺を、支部長が引き留めた。
「カラード君を先生と呼んでいたが、彼女の授業はどうだったかね?」
「どう…… というのは、どのような意味でですか?」
「ふむ。そうだな…… 迷宮での探索で役立ったかね?」
「ええ、はい。とても」
こくん、と俺は素直にうなずく。
シャリア先生の授業がなければ、今日の探索も危なかったはずだ。最後のアリどころか、最初のキノコに殴り殺されていたおそれすらある。
それに、授業内容はそもそも元探索士として二次職まで達したシャリア先生の、現場で培ったノウハウなのだ。
本来なら迷宮で命の危険を冒しながら覚えるそれを、惜し気もなく教えてくれる。役に立たないはずがなかった。
「ふむ。……そうか、ありがとう。引き留めて悪かった」
「いえ」
「これからも、協会の良き探索士として活動してくれたまえ。
……授業とやらも、業務に支障が出るのは問題だが、そうでないなら問題ない。少なくとも、終業時刻に影響の出る夕方以降は避けるように」
「ありがとうございます」
支部長にもう一度だけ一礼して、俺は協会を後にした。
シャリア先生に相談したいときは、迷宮に行く前か、一晩休んで翌日に行くようにしよう。




