異世界転生アンケートのお知らせ
中学2年生の早坂洋介は一昨日届いた不思議なメールを読み返していた。
【セカンドライフ事前アンケートのお知らせ】
このメールはセカンドライフ有資格者の方全員にお送りしているものです。
もしも有資格者ご本人様でない場合はお手数ではございますが本メールを破棄して頂きますようお願い致します。
またセカンドライフを利用する意思のない有資格者の方もまた同様に本メールを破棄して頂きますようお願い致します。
本メールの内容を公表することはご遠慮願います。
公表した場合、当社規約に従い資格を放棄したと判断させて頂きます。
当社および当社が提供するサービスでは現世においていかなる場合においても対価を要求いたしません。
当社を装い金銭等を要求するメールが来た場合は下記メールアドレスまで、その旨ご連絡ください。
セカンドライフは当社が開発した次世代型転生システムです。
本サービスは特定の諸条件を満たした人間の因果律に介入することで第二の人生の環境変数を操作する画期的な発明です。
このアンケートは有資格者の皆様に「もし生まれ変わったらどんな人生を望むのか」について回答して頂くことでより有意義なセカンドライフを提供することを目的にしています。
(回答内容はあくまで有資格者の皆様の希望を調査するもので100%の実現を保証するものではありません)
セカンドライフを希望される方は当社規約をご確認の上「同意する」にチェックを入れてアンケートに回答願います。
―――。
普通に考えれば100%詐欺か悪戯。
そう断定出来ないのはメールの「有資格者情報のご確認」に記載されている個人情報の量だ。
本名、住所、電話番号、メールアドレスくらいならリアルの自分を知る友人達ならどうとでもなる。
しかし国民番号と認証コードとなればそうはいかない。
これを確認出来るのは本人と保護者、一部公共機関の関係者に限られる。まさか本物なのか?
異世界転生。ライトノベルでは見慣れた展開だが現実はもちろんライトノベルではない。
仮に本当にこんなチート装置があったとしても自分が偶然その有資格者だなんて事があり得るだろうか?
翌日洋介はリアルとネット両方の友人たちに「友達から聞いた都市伝説」としてセカンドライフについて話題を振ってみた。
反応はどちらも同じ。「ライトノベルでよくあるよね、その設定」
部活の友達の反応は特に注意してみたが普段通り。一番可能性が高いと思っていた同級生の悪戯の線はこれで消えた。
メールが届いて以来授業にも部活にも集中出来ない。
気が付くと竜を飛び交う空の下、白銀に染まる山々を旅をする自分を妄想している。
馬鹿らしい。そう思っても止められない。
誰に縛られることなく山々を巡り誰も見たことのない景色をその目に焼き付ける。
ドワーフの職人達と鍋を囲んで食べる食事。偶然出会ったエルフとの冒険。嵐が過ぎ去った後の満天の星空。
それは洋介にとってあまりに魅力的な夢だった。
メールが届いてから5日目。洋介はアンケートに回答することに決めた。
別に異世界転生を本気で信じている訳ではない。
だがもしも、万が一このメールが本物だったなら自分は一生後悔することになるだろう。
それに比べたらアンケートの内容を同級生に見られて笑われるくらいのリスクは大したことじゃない。
洋介はアンケートに答えるの項目をクリックすると出現した膨大な質問事項に真剣な表情で答え始めた。
―――。
「以上が早坂洋介くんに対するプロファイリングになります」
「ううむ。まさか洋介の夢が登山家だったとはな」
「医学部に入ってウチの病院を継ぐって3ヶ月前も言っていたのに」
「最近の若者は大人が思っている以上に現実的で悲観的なんですよ。
自分のやりたいことを素直に口に出来るのは幼稚園まで。
親の期待。自分の実力に対する不信感。厳しい現実への怖れ。
それらが挑戦する前から無限の可能性を摘み取ってしまう。
それを防ぐために我々グットライフ社が開発したのがこの異世界転生キャリアカウンセリングなのです。
下らない現実のしがらみを捨て「何でも願いが叶うなら何がしたい」と問いかけることで本人すら自覚していなかった真実の願いを引き出す。
そしてその夢を叶えるためにどんな努力をすればいいのか、周囲はどんなサポートをすればいいのか提案する」
「正直なところ半信半疑だったが利用してみてよかったよ。
幸いなことに我が家は経済的には余裕がある。ならば子供には本当にやりたいことをやらせてあげたい。
しかし君も大したものだな。まだ30代だろう?その年齢で商売を成功させるのは容易なことじゃない。
それ以前に並の若者ならこんなアイディアを思いついても実行する勇気が持てないのが普通だ。
何か決断するきっかけがあったのかね」
「ふふふ。それは企業秘密ということで」
質問を笑顔でいなして早坂邸を後にする。
あの依頼人は年齢と地位の割に柔軟な頭を持っているようだがそれでも自分の話は信じられまい。
他ならぬグットライフ社の社長、赤神佐助こそがかつて異世界に転移し世界を救った英雄だということを。
中学でイジメにあいニートになってしまった赤神は特別な能力を与えられるでもなく赤ん坊からやり直す幸運を得るでもなくしかし結果として魔王を倒した。
赤神は自分を選ばれた特別な人間だとは思っていない。本当なら誰もが世界を救いうる力を持っているのだ。
それを他人が、社会が、そして自分自身が「お前にそんな事は出来ない」と決めつけ英雄を凡人に貶める。
その思いは異世界から現世へと帰還し学歴も職歴もない身で起業に成功したことで確信に変わった。
「さて暗くなってきたがもう一仕事、頑張りますかね」
この世界に魔王はいない。しかし世界を覆う絶望と諦観の闇はイストガルドよりも深く苦しみに満ちている。
それを打ち払い闇の底で足掻く人々を救えるのならサービス残業も悪くない。
次の依頼対象は36歳のニート。
自分を変えたいがネット上の「30過ぎて無職なら人生終了」を真に受けて身動きが取れなくなっている男性だ。
彼は俺だと赤神は思う。異世界に飛ばされずエリザと出会えなかった俺だ。
きっと彼が異世界に飛ばされることはこれからもないだろう。
見知らぬ土地に飛ばされ泣き喚く火起し一つ出来ない男を見捨てず愛してくれたエルフと出会うこともない。
それでもバットエンド以外の結末はあるはずだ。彼は銀髪の美女とは出会えないが俺が彼と出会うことは出来るんだから。
そしてハッピーエンドを迎えた彼はまた別の誰かを救う勇者になる。そうして世界は救われていくんだ。
道のりは果てなく遠い。それでも夢見て目指す価値はあるだろう。
仲間たちの笑顔を思い出しながら赤神は大きく背伸びをすると長い坂道を上り始めた。