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異世界物

異世界で農業を教えたら収穫量があがって俺は

作者: コーチャー

 気がつけば森崎皆人もりさき・みなとは、麦畑の真ん中に立っていた。


 彼の住む四乃山市は、山々に囲まれた盆地にある地方都市である。それゆえに麦畑があってもおかしくはないのだが、ここはどうにも雰囲気が違う。見渡すばかり広がる平野は麦畑が広がっているうえに、山が一つもないのである。さらに遠くに見える家々は粗末な木で作られ、屋根は板葺きである。一部レンガ造りの建物もあるがその数は極端に少ない。


「どこだここは?」


 皆人は、そう呟くと最後の記憶を辿ってみる。部活を終えた彼が四乃山高校を出たのは日も暮れかかった午後六時のことだった。中学時代から乗り続けている自転車にまたがって校門を出るところまでは思い出せたが、それ以降の記憶はどうしても思い出せなかった。


「こりゃ! 麦畑から出ろ!」


 突然、後ろから発せられた声に皆人はひどく驚いた。振り返れば、RPGに出てきそうな農夫がそこにいた。焦げ茶色の顔に白髪交じりのヒゲがまだらに伸びている。服装は、茶色の麻に袖と襟だけがついた簡素な上着と同じ麻でできたズボンだけで装飾品の類はない。ベルトもなく粗末な布紐が腰で結ばれている。いくら、皆人が住む四乃山が田舎だといってもここまで古風な服装をした者はいない。彼が呆然と農夫を眺めていると、農夫はさらに近づいて来て言った。


「おい、聞こえとるのか! 畑から出ろと言うとるだろ!」

「……あ、すいません」


 ようやく正気に戻った皆人があぜ道にでると、農夫は怪しいものでも見るような目で皆人を見た。


「お前さんは随分と良い格好をしとるが、どこぞの若様かい?」


 高校指定の制服は、紺地のチェックでブレザーには飾りボタンと、金色の糸で校章が刺繍されている。確かに農夫の服と比べればよほど高そうに見える。


「いえ、俺はただの高校生で……」

「コウコウセイ? しらねぇ、言葉だな」


 農夫は首をかしげながらも皆人から目を離さなかった。


「四乃山市にある高校なんです。高校っていうのは俺みたいな年の子供が数学とか英語とかを学ぶところです」


「シノヤマシ? スウガク? エイゴ? 聞いたことないな。だが、学問をしてるちゅうのは分かっ

た。ってことはお前さんも将来は司教様ちゅうわけだ」


 そういうと農夫は笑った。なにか勘違いはありそうだが、少しは打ち解けることができたみたいだと思い、皆人はほっとした。しかし、農夫が四乃山市や数学、英語という言葉を知らなかった。


「ええ、まぁそんなところです。ところで、ここはどこですか?」

「どこってそりゃ、ドーラナ王国のミンファ村さ。なんだお前さん、学問をやっとる割には何にも知らんのだな。それじゃー立派な司教様にゃなれんぞ」


 聞いたことのない国名だった。それなのに日本語が通じている。皆人が知る限り、日本以外で日本語が常用語になっている国はない。これはどういうことか。皆人は、しばらく考えたのちに、ある突飛な答えに行き着いた。それは、ここは自分の知らない世界――異世界である、ということである。少し前に皆人は、いじめられっ子の高校生が異世界に召喚され、特殊な力を持って勇者として魔王と戦うというライトノベルを見たところだった。今の状況はそれによく似ている。


「この辺りのことをあまり知らないもので……。うかぬことを尋ねるのですが、魔王を知っておられますか?」


 農夫は少し驚いたような顔で皆人を見つめると、日に焼けた顔をくしゃくしゃにしながら大きな声を上げて笑った。皆人は少し恥ずかしくなった。魔王なんてゲームや小説のなかでしかいないものを真面目に聞くなんてどうかしている。ここが異世界だって言うのも正直怪しいところなのである。皆人がそう感じた、それだけなのだ。


「ああ。すまんすまん。お前さんがあんまりにも突飛なことをきくものだから、ついな」


 ひとしきり笑うと農夫は「もう、三百年も前の話を聞いてどうするものだ?」と尋ねた。


「いえ、俺は魔王の話を集めるために旅をしているのです」


 嘘であるが、仕方ない。この世界のことが知りたい、皆人はこの農夫から聞けるだけのことを聞き出したかった。農夫の様子では魔王はいたのである。しかし、それは三百年も前のことだという。ならば、いまはどうなのか? 魔王は勇者と戦ったのか? そういう疑問で、皆人はいっぱいだった。


「ほーなるほど、ちゅーことはお前さんは魔王の話を集めとるわけか。教会でよく聞く赤の勇者伝でも作るのか?」

「ええ、そんなところです。諸国をまわって新しい勇者伝を編纂するのが俺の仕事なんです」

「それはえらい仕事だ。この村にも赤の勇者様の話は伝わっておる。しかし、俺じゃうまく話せる気がしねぇ。村の司祭様ならうまく教えてくれるじゃろ」


 ついて来い、言う農夫のあとをついて歩いていると一面、麦畑だと思っていた畑の所々に何も植えられず、雑草が生えている場所があることに気づいた。


「あの、どうしてあそこには何も植えないのですか?」


 皆人が指さして訊ねる。


「あそこは、土地を豊穣の神メロウに捧げてるんだ。同じ畑で麦を作っているとメロウが怒って麦穂を腐らせるんだ。だから、土地を二つに分けて半分を麦に、残りをメロウに捧げるんだ。そうすりゃ、次の年には捧げてた土地で麦が作れる」

「なんだか、もったいないな。両方の土地を使えればもっと多くの麦を作れるでしょうに」

「そりゃ、そうだがわしらはこの地でメロウや主神メリダによって生かされておる。神に逆らっては実るものも実るまい」


 同じ土地で同じ作物を作っていれば、土中の栄養素が不足したり、特定の菌や虫が繁殖しやすくなり著しく収穫量が落ちたり、作物が病気になることが起こる。これは連作障害と言われるもので、決して神の仕業ではない。授業で習った話の通りなら土地を四分割し、麦、根菜、麦、牧草の順番で作付けすれば今のように神に土地を捧げるような休耕地を作らずに一年間で三度の収穫が可能になるのである。これは輪栽式農業と言って十八世紀から一九世紀に拡がった農法である。


 この世界の人々は神を信じるあまりに本来得られる収穫をふいにしている。皆人はそう思い農夫をかわいそうに思った。


「ここだ。ここが司祭様のおられる教会だ」


 農夫が連れてきてくれたのは、麦畑から見えたこの村でも数少ないレンガ造りの建物だった。教会は相当に年季が入っているらしく、遠くで見たよりも傷んでいた。


「ここが……教会」


 レンガ造りの協会の屋根には丸を二つ重ねその中央を一本の線で貫いたシンボルが取り付けられている。十字架でないところを見る限り、この教会はキリスト教のものではないらしい。これはいよいよもって異世界かもしれない、と皆人は思った。


「司祭様! 司祭様はおられますか?」


 農夫は教会の中に入ると大声を上げる。レンガ造りの教会の中は、日差しが遮られているせいか少しひんやりとしていた。教会の中にも屋根に付けられていたシンボルが所々に見て取れる。


「なんじゃ、その声はボーノか。今は礼拝の時間ではないぞ」


 そういうって現れたのはハゲがった頭に黒い貫頭衣を身につけた初老の男が祭壇の奥から現れた。手には聖書のようなものを持っているあたり、彼が司祭なのだろう。


「司祭様。すいません。しかし、変な旅人が来まして……。なんでもシノヤマシというところで教義を学んでいるらしいのですが、新しい赤の勇者伝を作るために諸国を旅しているというのです。そこで、司祭様に勇者の話をしていただきたいのです」


 農夫は皆人を指差して言う。司祭は皆人を見ると胡散臭そうに目を細めた。


「シノヤマシ? 聞いたことがないな。司教座がある都市なら聞いたことがあるはずじゃが……」

「俺は森崎皆人と言います。ここからずっと東から来ました」

「東か……神聖メリダ帝国のある方だな。あちらとこちらでは同じ主神メリダを信仰していても教義に違いがある。そのことを議論すればおそらく争いになろう。同じメリダ教徒でありながら情けないことではあるが……」


 司祭は嫌そうな口ぶりである。おそらく、ローマ正教とギリシャ正教のようなものなのだろう。同じ宗教でありながら宗派が違う。どこの世界でもこういうものは一緒なのだな、と皆人は少し驚いた。


「はい、それゆえに勇者と魔王の話だけお聞かせいただけないでしょうか?」


 もし、宗教論をふっかけられれば皆人には答えることはできない。そもそもメリダ教を知らないのである。だが、司祭もボーノと呼ばれた農夫も皆人を聖職者になる勉強をしている若者と認識している以上、それを否定するのは好ましくない。


「よかろう。そちらの国ではどのような話になっておるかは知らんが……」


 そう言って司祭は赤の勇者について語ってくれた。

 今から三百年前、この世界に魔王カイが現れた。カイは大地を腐らせ、大地は一粒の麦も実らなくなった。さらに魔王は死者を永遠の眠りから呼び覚まし、不死の軍団として諸国に攻め込んだ。人々が絶望に襲われ、神への信仰も失われようとしたとき、主神メリダは異世界から赤の勇者を呼び寄せた。赤の勇者は、腐り作物が育たなくなった大地を聖なる炎の魔法で焼き尽くした。聖なる炎で浄化された大地はかつてのように作物が実るようになった。勇者はこの炎を用いて死者の軍団を永遠の眠りにかえし、ついには魔王カイを討ち取った。


 これが、赤の勇者の伝説である。この物語で皆人はこの世界に魔法があること、赤の勇者が自分と同じ違う世界から来た者であることを知った。同じように他の世界からやってきた自分にも赤の勇者のように魔法が使えるかもしれない、そう考えると皆人は面白くなってきた。魔法が使えるなんて考えたこともなかった。それに今後、魔王が現れれば自分は勇者になれるかもしれない。


「ありがとうございます。大変勉強になりました。お礼と言ってはなんなのですが、我が国で拡がっている新しい農法をお教えしたいのです。この農法を使えば、土地を遊ばせることもなく今の倍近い収穫を見込めます」


 皆人は、司祭とボーノに向かって輪栽式農業について語った。一番最初に食いついたのはボーノであった。


「そりゃ本当かい!? いまのよりも多くの収穫ができれば妻や娘の暮らしも良くなる。司祭様、やってみてはどうです?」

「いや、ならん。彼の言う農法では豊穣の神メロウに捧げる時間もない。それにメロウは根菜嫌いの神だ。メロウの土地に根菜を植えれば神の加護を失うぞ」


 司祭は眉間にしわを寄せて、あからさまな拒絶を述べた。迷信にとらわれて本来得られる利益を失うのは馬鹿らしい。皆人はそう思う。確かに信仰は大切なことだ。だが、それだけではいけないのである。地球は丸いとして地動説を唱えたガリレオもキリスト教からは異端視された。また、ダーウィンの唱えた進化論は未だに一部のキリスト教徒から否定されている。だが、それを否定していては人類は進歩していけないのである。


「司祭様、牧草を植えている期間がメロウに捧げる時間なのです。根菜の件ですが、この国では誰も根菜を食べないのですか?」


 皆人は二人に向かって問うた。根菜を食べる習慣がなければ、別の植物でもいいのである。連続して同じ作物を植えなければ、連作障害は起こらない。


「いや、食べる。よく家の中庭なんぞでブリカという根菜を作る」


 ボーノは木の板に炭でカブのような植物を書いてみせた。これは皆人が望んでいた植物であると言っていい。


「では、ブリカを栽培してはどうでしょう?」

「ブリカの栽培を認めておるのは、それが少数だからだ。畑で大量につくるというのはならん! メロウの加護が失われれば元も子もないのじゃぞ!」


 皆人はこの頑迷な司祭に少し腹が立った。どうしてそこまでして新しい技術を拒絶するのか。誰もが豊かになる方法があるというのに古い習慣や因習にこだわり、前進しない。深い信仰心といえば聞こえはいいが、それはただの盲信である。眼が開いていないとしか言い様がない。


「では、こうしましょう。村人を集めて決を取るのです。この農法を使うというものが多ければ、実行する。少なければいまのままにする。それでどうでしょう?」

「なるほど、そりゃいい。みんなで考えれば良い方に向かうだろう」


 ボーノが喜色をあらわにして同意する。彼のような農夫にとっては収穫が増えることほど嬉しいことはないのだろう。当然だ、収穫が増えれば収入が増えるのである。


「待てボーノ。神の教えを忘れてはならんのだ!」


 司祭は最後まで首を縦に振らなかった。しかし、その夜に行った村人を集めての投票の結果は、新しい農法を用いてみようというものだった。しかし、それは全ての農地ではない。半分の農地で試験的に行う、と言うのが村の決断だった。


 それは一部の村人に配慮したものであった。やはり、司祭と同じようにメロウの加護を失うことに恐れをなした者はいるのである。そのことは致し方ない。あとは結果を出すだけだ、と皆人は心の置き所を変えた。


 次の日から皆人は村を歩き回り、村人に様々な指示を出した。いままので人生で学校での勉強が役立つようなことがあるのだろうかと思っていたが、土地割りや水路の整備で数学や理科の知識は大いに役に立った。村人たちは様々な知識を持つ皆人を尊敬するようになった。


「ミナト! ミナト!」


 甲高い声で彼を呼ぶ声がする。皆人は彼女を認めると腰をかがめて微笑んだ。


「イリア、おいで」


 イリアと呼ばれた幼女は皆人に体当たりするように彼の胸に飛び込んだ。彼女はボーノの娘で今年で七歳になる。農業を教えるあいだ、皆人はボーノの家に住まわせてもらっている。そのため、暇な時間を見つけては皆人はイリアに竹とんぼや紙飛行機を与えた。それは彼女にとって見たこともないものであったようで皆人のことをまるで魔術師のように思っているようだった。


「ミナト、遊んでよ! また空飛ぶの作って!」

「竹とんぼか。イリアは竹とんぼが好きだね」


 皆人はイリアを抱き上げると村に広がる畑に目を向ける。いまのところ、輪栽式農業は順調でもうすぐ春小麦が収穫できる。夏前にはブリカと呼ばれる根菜が、秋にはまた麦が、そして冬には牧草で家畜を育てることができる。


「もうすぐだよ、イリア。この村は来年にはいまより豊かになる。再来年はもっと豊かになる。そうすればイリアももっといい生活ができるようになる」

「ホント? 毎日、パンが食べられる? 麦のスープじゃなくって?」

「食べられるよ!」


 皆人が微笑むとイリアも釣られて微笑んだ。そして、これはそのまま現実となった。一年が過ぎる頃には春と秋に取れた麦で収穫量は二倍になった。また、あまり保存のきかない根菜でも天日干しすれば長期保存できることを皆人が教えると村人たちは驚きながらも日干しブリカを作るようになった。


 これで、村の食生活は劇的に良くなった。麦の収穫が増えたこともあるが、牧草を作ることで飼育できる家畜の量が増え、また冬場でも多くの家畜を越冬させる事ができるようになったからである。家畜が増えればそこから採れる肉や乳で干し肉やチーズを作ることができる。


「これほどまでに村が豊かになるとはな!」

「メロウ様も牧草を植えて祈りを捧げている限り、加護をやめないらしい」

「ミナト様が新しい農法を伝えてくれなかったら、俺たちの生活はいまだに苦しいままだったな!」


 村人たちは口々に皆人を讃えた。一人だけ、否定的な言葉を述べたのは司祭である。


「このままではいかん。これまでどおりにメロウに土地を捧げなければならんのだ!」


 しかし、この声は村人の中で主流にはなれず、黙殺された。翌年には新しい農法を村の農地すべてで行うことが決まった。また、この頃から近隣の村から人が来るようになった。目覚しい勢いで収穫量を増やしたミンファ村を見習い新しい農法を学びたいというのである。


「いいでしょう。皆が豊かになるため。頑張りましょう」


 そう言って、皆人は翌年は近隣の村々をまわって農法を拡めることを決めたのである。それは、皆人がこの世界に来てから見つけた生きがいであった。新しい農法を伝えることで皆人はこの世界の人々から讃えれ、認められる。一人この世界にきた自分にとって居場所を築くにはこれが一番良い、と彼は信じたのである。


「ブリカを育てていた畑は少し、虫が多いな」


 近隣の村々に旅立つ前、皆人は村の畑を見回った。そこで、ブリカの畑で麦畑で見かけない虫を見つけた。それは、三センチほどの幼虫だった。


「ああ、そりゃあモルだ。別に悪さをするようなもんじゃない。むしろ、ブリカの周りに生える雑草を食べてくれるいいやつだ。もし、邪魔なら畑に水を入れてやればいい。こいつらは水に弱いらしくすぐに死んじまう。死ぬとちょっと臭い汁を出すが、一匹二匹どーということはない」


 ボーノはモルをひょいとつかむと畑から水路に投げ込んだ。数秒もしないうちにモルは浮かび上がってきた。カブトエビのようなものか、と皆人はモルを見た。カブトエビは水田に住む甲殻類で、水田に生える雑草の駆除に役立つ益虫である。


「じゃ、ボーノ。俺は行くよ。近くの村で農法を広めてくる。この村で教えられることは全部教えたつもりだ。何かあれば手紙を送って欲しい」

「ああ、ミナト。お前には感謝している。たまにでいいから帰ってきてくれ。お前がいないとイリアが悲しむ」

「うん、今年は戻れないだろうけど再来年には帰ってくるよ」


 そうして、皆人はまだ見ぬ村々で農法を教えるために旅立った。他の村ではすでにミンファ村での成功が伝わっているらしく最初から皆人に友好的だった。そして、一年後にはすべての村で収穫量が増えた。また、それを聞きつけてさらに遠方の村から農法を教えて欲しい、という者が現れる。そのため、皆人はどんどんミンファ村から遠い村に行かねばならなくなった。だが、皆人にとって彼を求める人がいると言うのは気持ちいいものであった。自分の知識でこの旧態然とした世界が変わっていくのである。これに快感を覚えないはずがないのである。


「そろそろ。ミンファ村に帰ろう」


 皆人がそう言ったのは、村を出てから五年が経っていた。新しい農法はドーラナ王国に広まっている。イリアも今頃は十三歳だ。きっと最初に農法を取り入れたミンファ村は皆人が想像する以上に豊かになっているだろう。皆人はイリアのために綺麗な人形を買って、ミンファ村へと向かった。


 それは、皆人が農法を教えた地域を戻っていく旅であった。去年いた村では増えた収穫に人々が狂喜している。一昨年までいた村でも収穫を喜ぶ人々が皆人を歓待してくれた。しかし、三年前に訪れた村では異変が起こっていた。ブリカの畑で大量発生したモルによって麦が食われていたのである。皆人はモルは水に弱いことを教え、畑に水を入れるように言ってさらに道を戻る。


 四年前に訪れた村では、人々が飢えていた。モルが発生した畑に水をいれた結果、死んだモルの死骸が毒を出したのである。そして、その毒は水に乗ってすべての畑に拡がった。植えた麦やブリカ、牧草までも芽を出すことはなかった。


「お前のせいだ!」

「メロウの加護が失われたんだ!」

「この悪魔、この大地を腐らせるなんて!」


 人々は飢えた身体をふらつかせながら皆人を攻めた。それは、皆人をつい数年前まで讃えた口である。逃げるように村を飛び出した皆人はミンファ村へと急いだ。靴が破れるほど走って皆人は見た。ミンファ村に建つ教会の屋根を。


「皆、無事か?!」


 皆人が村に入って見たのはやせ細り、朽ち果てた村人の死体だった。畑は雑草一本生えていない。ひどい匂いが大地から発せられている。それに死体の腐敗臭が交じり合い。胃をひっくり返すような悪臭となったいた。皆人は、口からすべてのものを吐き出した。


「……お前のせいだ」


 後ろから声がした。後ろには痩せこけ、眼窩のくぼみ落ちた男が立っていた。着ているものはもう擦り切れている。男の手には干からびた子供が握られている。それは、変わり果てていたがイリアだった。皆人は、叫んだ。絶叫といっていい。


「大地が死んだ。三百年前とお同じだ。……この魔王め」


 そう言ってボーノだったものは膝から崩れ落ちた。皆人はボーノとイリアの死体を抱きしめた。そこにはもう温もりの欠片すら残されていなかった。皆人の口からはもう何も出ない。だが、眼からは涙が流れ続けた。


 ――頼む。生き返ってくれ! ここは異世界なんだろ? そんな奇跡くらい起きてくれ!


 彼は心から願った。

 願い続け、そしてそれは起こった。ミンファ村の死者が蘇ったのである。


 しかし、それは魂を持たぬ抜け殻である。骨と皮ばかりになった死体が動く。もう、何も育たぬ大地を死者が耕す。だが、それは皆人が願う動きをするだけであり、生きてはいない。亡者の王となった皆人は人々からこう呼ばれるようになった。


 魔王ミナト。


 このとき、皆人は初めて理解した。きっと三百年前に現れた魔王も自分と同じなのだと。この世界のことを理解しないままに、自らの考えを押し付けた傲慢な人間。もし、この世界が次の魔王を求めて自分をよんだのだとすれば、それはなんと残酷なことだろう。


 きっと、このあと勇者と呼ばれるものが現れる。だが、それは自分と違い。ずっと褒め称えられるためにやってくるのである。そんな理不尽あっていいのだろうか。言い訳がない。何があっても生き延びてやる。皆人はそう固く誓い。この世界を誰よりも憎んだ。

あわき尊継さんの活動報告を読んで自分なりの回答を書いてみたつもりです。

本当はあのディスカッションに参加したかったのですが、あまりうまくまとまらなかったので小説にしてみました。

非常に読後感が悪いのではないかと思います。

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― 新着の感想 ―
[一言] 農法についてより知識があれば、悲劇にならないんだろうか? 農法について専門的に知らず、ある程度の知識しか持っていなかったため害虫の大量発生を予期でなかった 専門家でもなんでもかんでも予測…
[一言] 次に呼ばれる勇者に対して討伐されても納得できる伝承を残さない限りエンドレイスで繰り返すよね。 これ
[良い点] 一本調子にうまく行かない点。 [気になる点] これまでも水で処理してきたはずなのに、突然こんな? やや説明不足では? [一言] アンチテーゼとして興味深く読みました。
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