43.モルカ台地――21
いつになく歯切れの悪いシャロ。訝しむような様子から判断するに、リーネたちもまだ本部との連絡について聞いてはいないらしい。
そうして躊躇う様子を見せていたシャロだが、振り切るように一度手を強く握ると、改めて口を開く。
「えっと、まずは被害状況からだね。今回の戦いは、こういう事態に備えてきた戦力を総動員したものだったんだけど……幹部クラスに二人、指揮官クラスに四人、一般の人たちに十九人が犠牲になったって」
「だいたい八分の一か……なかなか痛いな」
「……うん。不幸中の幸いって言うのもなんだけど、ガゼルとかボクらの顔見知りは無事だよ。リーネが治療を頑張ってくれたのも大きいね」
『……いえ、そんな……』
「それで、さ……言いにくいんだけど……幹部クラスの犠牲者の一人は、リュート。そういう事になってる」
「「は?」」
っ……。
ユイハとリーネが発した底冷えのするような声に、口をついて出そうだった間抜け声も思わず引っ込む。
えっと、俺生きてるよな?
俺の内側に潜むアバドンから呆れたように肯定する思念が伝わってきたが、別にお前に意見を求めたわけじゃない。
『ど、どういう事ですかシャロさん!』
「気持ちは分かるけど落ち着いて、リーネ。あとユイハとアスラも……怒らないで聞いてくれると助かる。それとエルピスは戻ってきてー」
『……はっ!? ご、御主人!?』
「心配しなくても俺なら平気だ」
一瞬走った混乱も鎮まったところで、シャロは申し訳なさそうに説明する。
俺……リュート・ディズラスが死亡扱いになった理由は、当然というべきか俺自身にあった。
俺がアバドンに取り込まれるところ、アバドンが大暴れして人々を蹴散らすところ、そして魔王が俺の中に引っ込むように姿を消すところ。これを多くの人々に目撃されたのが原因だ。
この戦いで、魔王の脅威は人々の心に焼き付けられた。リーネの治癒が無ければ死んでいたような重傷者はなおさら。
そんな魔王を見様によっては匿っているようにさえ見える俺をそのままにしておく事は、本部の総意として厳しい。適合者からでさえ俺の事を危険視する意見が出るような状況だ。
そういった事情を背景に、表向きの俺は寄生した魔王によって暴走。ユイハたち精鋭の手で討伐された……事になっている。
寄生って、いや確かにそういう言い方も間違いじゃないんだが……。
いや、そうじゃない。
だから今隠蔽効果のあるテントの中にいるのか。
ガゼルたちにもキツい決断だったのだろうことは想像がつく。
それより問題は、黙ったまま尋常じゃない殺気を迸らせているユイハとアスラか。
「あー……二人とも。俺だって思うところが無いではないが、一応納得はしてるから。お前たちも抑えて、な?」
「……あれほど」
「?」
「あれ程の目に遭ってまで戦った主への答えがそれか!」
「アスラ……」
「……済まぬ。少し、落ち着く時間がほしい」
無理に抑えたような声が、一度だけ荒れた。
静かにテントを出るアスラの痛みを堪えるような表情が胸に刺さる。
戦う事を選んだのは俺だ。アスラにあんな表情をさせたのも……。
もしあの時に戻るとしても、戦いから逃れるつもりはない。
だが、後悔はある。無いはずがない。
俺は……どうすれば良かったんだ?
今更考えても手遅れなのは分かっている。だが、その問いは頭から離れようとしなかった。
「それで、他に連絡事項は何かありますか?」
「ボクたちに直接関係することは、あまり無いかな」
張り詰めた沈黙を破り、レムが新たに尋ねる。
シャロが聞いていたのは本部の今後の動きとか、ガゼルから俺への個人的な謝罪とか……大体その辺りだった。
「――さて、これからどうする? 今までみたいに遺跡巡りってのも人目を避けながらだと大変そうだし、そもそも残ってる遺跡の数自体少ないらしいけど……ふわぁ」
「疲れが残ってるのか? 今はもう少し休んでても良いだろ。というか俺もまだ若干しんどいしな、寝かせてもらう」
「…………。へぇ、リュートがそんな事言うなんて珍しい。そうだね、もう少しダラダラしてようかな」
今後の動き、ね……。
考えなら、ある。その為にも今は眠ることにした。
…………。
……そろそろいいか。
真夜中、リーネたちもすっかり寝静まっているのを確認して身を起こす。
エルピス、アスラに念話を飛ばすと、すぐに応えがあった。
簡単に書置きを残してテントを出る。
……これから俺が人間側で過ごすのは厳しいだろう。
だが、それにリーネたちを巻き込むわけにはいかない。それに彼女らは人間側にとって決して軽視できない切り札でもある。
本当ならエルピスとアスラも残して行きたかったが……【ライドマスター】は一人じゃほとんど何もできないからな。情けない話だ。
『御主人……本当に良いんすか?』
『ああ。考えて決めた事だ』
揺らぎそうな心を押さえつけ、気遣うようなエルピスに迷いなく見えるよう頷く。
その背に乗ってテントから走り去ろうとしたとき――。
ゴッ、と。
テントを中心に地盤が陥没した。
『『「っ!?」』』
三つの驚愕が重なる。
残念ながら飛行手段を持たない俺たちは真っ逆さまに墜落し……いつの間にか泥状になっていた地面へ、飛沫をあげて墜落した。
おまけにこの泥、やたらと粘着質で動きを阻害してくる。
『アスラ、この泥焼き払って――』
「――まさかとは思ったけど、本当に夜逃げなんて考えるとはね」
「シャロ!?」
……聞こえてきた声に身体が固まる。
スキルによってか足元の泥など気にも留めずに【義賊】の少女がテントから歩み出る。少し遅れてリーネたちも姿を見せた。
……参ったな。
これから待ち受ける出来事を考えると、思わず冷や汗が流れる。
案の定、一人で黙って向こう側へ向かおうとしていたのを散々に責められることになった。
「――まあ、お説教はこれくらいでいいかな。どうせ言っても聞かないのは分かってたから、今回こうやって対策練れたんだし」
「うっ……」
「それにしても魔界かー。砂漠と山を越えるとなると、準備は万全に整えないとね」
『そうですね……魔王種に関しては、案外アスラさんとエルピスさんがいれば何とかなりそうな気がしますし』
……え?
二人の発言があまりに予期せぬものだった事もあって、思考が追いつかない。
「シャロ、リーネ……何の話をしてるんだ?」
「もちろん魔界行きの話だけど。言いだしたのはリュートでしょ?」
「……その視線はどういう意味だ。一応言っておくが私とレムも行くぞ」
冗談だよな? という希望も込めた視線はユイハに無情にも叩き斬られた。
良いのか? そんな簡単に決めて。いや、良くないだろ!
というかそれじゃ今までと同じじゃねぇか!
割と悩んだのに、俺の覚悟は何だったんだ!
反論する言葉が、理屈が、脳内で無数に溢れ返る。
だが、それが実際に声になる事は無かった。
……なんてことはない。
結局、俺も皆との旅を捨てきれなかったって事だ!
アバドン侵攻編も終わり、一区切りついたところで完結とさせて頂きます。
拙い作品でしたが、最後までお付き合いくださった皆様に感謝を。
来週からはこれまで水曜日に更新していた「更生魔王の帰還」を、木曜日にも投稿していくつもりです。
よろしければお読みいただけると幸いですm(_ _)m




