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40.モルカ台地――18

 ……意識が朦朧とする。頭の中に霞がかかっているようだ。

 ぼやけた視界の中、振るわれた腕鎌が敵の雑兵を薙ぎ払うのが見えた。

 そうだ……俺は戦っていたんだった。魔王種の群体を統べる廃蝗帝(アバドン)に乗って。

 何か忘れている気がするが……なんだ……?

 分からない。

 首を捻りながらも、愚直に正面から突っ込んできた雑兵を両断する。


「ギャォオオオオオッ!」

「「「ひッ……!」」」


 咆哮に怯んだ一団へ腕鎌を一閃。

 咄嗟にしゃがんで躱した男は腕に纏った魔力の刃を伸ばして貫き仕留める。

 そんな単調な動作を数回繰り返すと戦況は一変した。雑兵たちの動きは撤退に変わり、それさえ出来ないほど弱ったものはもう随分と数の減った蟻獅子(ミルメコレオ)が仕留めていく。


 蟻獅子と同じく甲殻を纏った獅子の身体は生半可な攻撃など受け付けず、そこからケンタウロスのように生えた蟷螂の上半身から伸びる四本の腕鎌はどれだけ斬っても切れ味が一向に衰えない。

 これだけの力があれば敵を殲滅して、それから――それから……?

 ……頭痛がする。今は余計な事など考えず敵だけ屠ればいいか。


 こちらを警戒しての事か、やがて俺の周りから敵はいなくなった。

 なら、俺の方から乗り込んでやる。

 俺の意思に呼応したアバドンは鞘翅を広げると、イナゴに似た後足で地を蹴って飛び上がり――。


「ギギャッ……!?」


 眩く輝く光の槍が左翅を穿ち、紅い斬撃が右翅を断ち切った。

 飛行する術を失ったアバドンは真っ逆さまに墜落する。


 今の攻撃は、なんだ?

 俺は……知っている。その正体も、攻撃を放った相手も……。


 ズキリと、頭を苛む苦痛が強さを増す。

 それ以上の思考を巡らす前に大地に叩き付けられる。

 衝撃に麻痺した身体を鈍い痛みが駆け抜けた。


「合わせろ、ユイハ!」

「焦り過ぎるなよアスラっ」

「「『灼雷閃』ッ!」」

『厄を招きて大禍を討つ! 墜ちよ凶星、「ルシファー」!!』


 聞き覚えのある声が続けざまに響く。

 腕が断たれ、後脚を潰され、鋭い痛みが脳を貫いた。


「ガァァアアア――」

「――悪いけど、畳みかけさせてもらうよ。『エナジースティール』」

「ッ!?」


 このままじゃ拙い。

 残された腕を薙ぎ払い立ち上がろうとするが、それを容易く躱して駆けてきた何者かが身体に軽く触れたかと思うと不意に力が抜けた。

 ガクリと傾いだ身体に容赦なく追撃が降り注ぐ。

 ……死ぬのか?


 嫌だ。

 イヤダ。

 ――嫌だ(イヤダ)


 何か(、、)と波長が合った。

 意識に掛かっていた霞が晴れ、痛みと共に全身の感覚が直接伝わってくる。

 全身は打ち砕かれ、手足もほとんどが破壊された状態。

 だが……ここで終わるわけにはいかない!


「グオォォォオオアアアアアア!!」

「っ、来たか!」


 咆哮と共に、一本ずつ残された腕と脚で立ち上がる。

 コツはもう掴んでる。魔力を、生命力を引き出し欠損した部位から放出するイメージ。

 最初は熱の塊でしかなかったそれに感覚が通い……強引に補った四肢で力強く大地を踏みつける。

 飛び込んできたアスラの炎剣を腕鎌で受け止め――。

 …………ん?


「リュート!」

「ギッ……」

「聞こえているか! リュート・ディズラス!!」


 どういう事だ?

 なんで俺とアスラが刃を交わしてる?

 いったい何が……?


 視界が揺れる。急激に安定感を無くした身体が崩れそうになる。

 ……そもそも、この身体(アバドン)はなんだ?

 俺の身体じゃない。俺は乗ってるだけだ。

 ――ッ!


 突き刺すような痛みが頭を襲う。

 さっきまで完璧にリンクしていた感覚が切り離されていく。

 ……させるかよ。

 【ライドマスター】が乗ってる相手に操られるなんて話、あってたまるか。

 支配権は奪えない。だが、アスラたちを攻撃しようとする身体を全力で押さえつける。


「――リーネ、視えた(、、、)!?」

「もう少し……! 何かがリュートさんを覆い隠しています!」

「……ならば話は簡単だ」

「斬り刻む!」


 ぐぅ……!

 動きを抑えてなお、四本の腕鎌はアスラ、ユイハの二人を相手に一歩も引かない。

 だが、巧みに立ち回るアバドンを逃さずエルピスに乗って魔法を放つリーネによりダメージは蓄積していく。


「準備完了……行くよ! 『リトルニードル』っ」


 不意に足元が光を放つ。

 真下から槍の如く突きあがった地面がアバドンの腹を貫き……魔王が、爆発した。

 今度は紛う事なき俺自身の身体に、アバドンという魔王を構成していた全てが流れ込んでくる。

 落ちる身体を誰かに受け止められた気がしたが……俺の意識は、そこで途切れた。


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