38.モルカ台地――16
「――『影斬閃』ッ!」
「ギギャッ……」
「隙ありっ!」
ユイハの黒いオーラを纏った一閃がアバドン片体を斬り裂く。
たまらず悲鳴が零れた口に、割り込んできたシャロが何かを放り込んだ。
連続して投じた球体が地面で一度バウンドし、その顎を下から打ち上げる。
……直後、爆発。
頭部を吹き飛ばされた片体はやがてゆっくりと崩れ落ちた。
一瞬だけ視線を交わすと、ユイハとシャロはそれぞれ異なる方向へと駆けていく。
「ギキィィイイイ!」
「ぐぅ……!」
「させるかっ……『獅哮烈波』!」
振るわれた紅刀から放たれたのは、獅子の頭部を模した衝撃波。
ひしめく蟻獅子たちを蹴散らして作った道を駆け抜けたユイハは味方に振り下ろされようとしていた片体の凶腕を受け流す。
「す、済まない」
「コイツは私が引き受ける。動けるなら周りの雑魚を任せた!」
連続して振るわれる腕を捌いていたユイハは、不意を突いて繰り出された尾を避けきれずに舌打ちする。
毒の滴る尾が掠めた部位を手で抉り、歯を食いしばって苦鳴を噛み殺す。
……人間側の戦況は、決して楽観視できるものではなかった。
蟻獅子の方には一般の戦力でもなんとか対処できている。
しかし統率格のアバドン片体が相手となると、単独で渡り合えるのはユイハたちを含めても一桁の域を出ない。
戦線を崩される前に一握りの強者が駆けつけてギリギリのところで支える。
少しずつ片体たちは数を減らしていくが、それでもあと一押しもされれば破綻する危うい状況が続いていた。
「ギィイイイイ!」
「ふッ――同じ手が、効くものか!」
「!?」
「撃ち抜く……『螺旋突』!!」
一際大きな咆哮と共に繰り出された一撃を紙一重で避けたユイハに毒尾が迫る。
それをすれ違いざまに斬り払い、至近距離から飛び上がって刺突を放つ。
捻転しながら突きこまれた切っ先は心臓を守る外殻に阻まれたかに見えた。どこか嘲笑するような気配と共に片体は動き……その身体がびくりと震えたかと思うと凍り付く。
体内を貫いた刺突に心臓を破壊され崩れ落ちた片体にトドメを刺すと、ユイハは次に向かう場所を探して辺りを見回す。
「……ん?」
ふと戦場の端で歓声が上がった。
周囲の蟻獅子を斬り裂きながらユイハがそちらに視線を向けると、そこには微妙に自分と被る深紅の斬線。そして両断される片体の姿があった。
アスラの実力は味方内でも群を抜いている。彼女が戦線に復帰したなら状況はだいぶ楽なものになるだろう。
そう考えたユイハが改めて戦場を眺めた時――目に入ってきたのは、にわかには信じ難い光景だった。
「……っ、なんだ……!?」
それは、まだ生きている片体に蟻獅子たちが群がり攻撃している様子だった。
困惑する人々をよそに仲間割れは続き……そして、最後の片体が崩れ落ちる。
終わったのか?
誰かが抱いたそんな疑問を否定するように大気が震えだす。
息絶えたはずの片体たちの身体が、ゆっくりと引き寄せられるように動き始めた。




