37.モルカ台地――15
『――っ、リュートさん何やってるんですか!』
『うおっ!?』
リーネは此方の姿を見るなり鬼気迫るというか、凄まじい剣幕で詰め寄ってきた。アスラはそっと、だが地味に素っ気なく俺の身体を地面に降ろす。
所々が魔物化した俺を見たリーネは一度強く拳を握りしめたが、すぐに治療を始めた。淡い光が身体を照らすのに伴い、痛みが薄れていくのを感じる。
消えていた感覚が戻ってくるのにつれて、魔物化した部位にどうしようもない不快感が襲い掛かってきたのは参るが……意識を向けると、肌というか鱗の下で何かが蠢くのを感じる。
これは、うまくやれば元に戻せるのか?
たとえあの瞬間に戻れたとしても同じ選択をする事は断言できるが、取り返しがつくものならば戻したい。
そう簡単になんとかできるものではないと思うが、状況がもう少し落ち着いたら色々と試してみよう。
思考が一段落したところで……消耗したリーネの様子に気づいた。その向こう、遠くに見えるのは未だ続いている魔王種との戦闘。
確か、今は最初に敵とぶつかった第一陣が下がって前線は第二陣が支えているはず。後方で態勢を整えている奴らには、優れた回復能力を持つリーネの存在が欠かせないはずだ。
よく見るとリーネ自身も無数の小さな傷と、治癒した重傷の痕跡が残っている。
まだ俺の治療を続けているリーネを押しのけようとして、自分の手は両方とも魔物化している事を思い出し身動ぎして自分から離れる。
『っ、リュートさん?』
『俺はもうだいぶ楽になった。リーネは自分の傷も心配しろ』
『なに言ってるんですか!』
『リーネ?』
そう伝えると、リーネは本気で怒ったような顔で改めて俺を捕まえた。
いつにも増して冷静さを欠いた様子に戸惑う。
『私のスキルも成長したから、今までより色々なことが視えるんです。リュートさん、今もまだ酷い痛みを受けていますよね?』
『酷いって……確かに痛みはあるが平気だ。実際、リーネのおかげでかなり楽になった』
『それが危ないんです!』
『どういう事だ?』
『今の時点でも……本来なら意識だって保っていられないはずなのに。痛みというのは信号なんです。それが正しく機能していないと、リュートさんはまた……! まだ危険な状態は脱していないのを自覚してください!』
『……済まない』
俺の状況はそんなに拙かったのか。
今一つ実感はないし、身体も動くが……一度切り替わったスイッチがそのままになっているって事なのか?
やがて、また少しずつ身体の感覚が鈍ってきた。意識も霞がかかったようにぼんやりしてくる。
駄目だ、まだ戦いは続いている。俺がいつまでも倒れているわけには……。
閉じそうな瞼に力を込め、遠ざかる意識を必死に繋ぎ止める。
いつしか起き上がろうとしていた俺の身体を、柔らかな手がそっと押しとどめた。
『リーネ……俺は……』
『……リュートさん。今は少し、休んでいてください』
『……………………』
反論を重ねようとするが、思考が言葉としてまとまらない。
やがて視界が闇に染まり、聞こえていた音が遠ざかり……そして何も分からなくなった。




