35.モルカ台地――13
……ああ、これは死んだかもな。
向かって来た四対のアバドン片体を前に、どこか達観したような感情さえ覚える。
それでも足掻けるだけ足掻こうと、俺は跨る壊れかけの片体に命令を送り……。
『御主人――――――!!』
『ッ……馬鹿、来るな!』
スキルの輝きを纏い、エルピスがこちらへ一直線に駆けてきた。
俺の言葉なんて聞きもしない。無数の敵がひしめく中を、脇目も振らず突っ込んでくる。
蟻獅子の一体の爪がその身体を捉え、鮮血を散らした。それでもその速度は一向に緩まない。
このままだと、俺も、エルピスも死ぬ。そんな予測が頭を過った。
駄目だ。それだけは断じて認められない。
下手を打って孤立したのは俺の責任だ。そこに誰かを巻き込むような真似、もう二度と繰り返すわけにはいかない。
……たとえ、どんな代償を払うことになろうとも。
今の俺の手札は、満身創痍のアバドン片体が一体。そこに、魔力と意識の全てを集中させる。
同時にそれまで遮断していた、片体の方の感覚も逆流してきた。視界の半分が喪われ、骨は軋み、そこかしこの筋が断裂する。
『……ッ!』
全身を激痛が満たした。
だが……皮肉なものだ。かつて手痛い目に遭った「傾命の虐呪」。それに比べれば、どうというものでもない。
痛みはやがて熱となり、傷ついた箇所を燃やしていく。
随分と長く感じられる、しかし一瞬にも満たない間をおいて視界が回復した。身体も動く。
――戦える。
「ギャォォオオオオオオオオッ!」
耳障りな咆哮と共に折れた腕を薙ぎ、迫っていた四体を力任せに押し返す。
勢いのままに踏み出し尾の一刺しでエルピスに迫っていた蟻獅子の一体を貫くと、
初めてエルピスの勢いが鈍った。
……ん? 確か尾は千切られていたはずだが……。
ふと気づいて見てみると、半ばで千切れた先から溢れ出した魔力が尾を形成していた。なんにせよ戦えるなら問題ないな。
『エルピス、ここは俺が受け持つ! お前は下がってろ』
『ご、御主人……! 御主人こそ、早く下がるっす!』
『言い争ってる暇は無ぇ! ッ……そう長くは持たん、早くしろ!』
態勢を立て直した片体たちが再び迫る。
今の俺が何故戦えているかは分からないが、そう都合よく逆転勝利できるような代物じゃない事だけは分かっていた。
もうとっくに折れた両腕で敵の攻撃を弾く。
『早く! お前が俺を主だと思っているなら、すぐに皆と合流――』
「……やれやれ。相変わらず、世話の焼ける主だ」
不意に、静かな声が響いた。
向かい合っていた片体の一体の正中線に斬線が走り、直後その身体がずれて真っ二つに崩れ落ちる。
その向こうに姿を現したのは人化したアスラ。その手には普段より禍々しい造形の巨大な炎剣が握られている。
全身を返り血に染めたアスラは飛び上がり、別の片体に向けて剣を振り下ろす。
「――『天崩雷禍』」
「ギッ……!?」
防ごうとした片体の防御ごと、雷の如き斬撃がその身体を叩き潰した。
あっという間に二体の仲間を倒された片体が怯んだ隙にアスラは炎剣を消し、俺の方へ向かってくる。
『痛ッ……!?』
「済まぬな、少し我慢しろ」
すれ違いざまに首根を掴まれた。
小さくない抵抗と共に片体の身体から引き剥がされ、そのまま一気に戦線から離される。
騎乗補正が切れたからか急速にぼやけたように感じられる視界の中、それまで乗っていた片体の身体が砂と化して崩れていくのが見えた。
参ったな……俺自身の身体に共有されたダメージは、消える素振りも見せない。




