34.モルカ台地――12
――ピシリ、と。
小さな音を立て、地面がひとりでに罅割れた。
直後、その亀裂を起点に爆発。立ち込める砂煙ともはや誤魔化す必要もなくなった振動の中、獰猛な獣の咆哮が響き渡る。
それだけで三メートルはあるかという土砂に塗れた翅を広げ、現れた魔王の眷属――アバドン片体は手近な獲物に喰らいつく。
その身体は悲鳴一つ上げずに引きちぎられ……ボロボロと崩れ去った。生身の人間が帯びているものと全く変わらない魔力も同時に霧散する。
無機質な複眼は砂塵の中から、自分が喰らったものの正体である土塊を見抜いた。
警戒した彼らが何か行動を起こそうとするより早く――轟音。
天より降り注いだ無数の光。その一部は片体の従える蟻獅子の装甲さえ打ち砕いた。
「ふぅ……行くよエルピス!」
『頼むぞアスラ!』
準備万端の状態から放たれた先制の砲撃が途切れたとき、俺とシャロは同時に動いた。
エルピスが巻き起こした突風とアスラの放つ熱風が砂塵を吹き飛ばしたところに突っ込み、シャロが作った道具を次々と投げ込んでいく。
閃光と爆音と刺激臭が辺りを満たし、魔力場が散々にかき乱される。
もちろん俺やアスラ、エルピスは事前に用意された諸々の装備を着用してるし、シャロに至ってはスキルの効果によって対策済みだ。
――本部の人員が地中から迫る敵群を探知した後の動きは迅速だった。
集っていた面々は村から退避し、村には土魔法の使い手が作ったダミーを設置。【魔霊使い】が幽霊に似た使い魔である魔霊をダミーに憑依させて偽装を強化、更には情報収集も兼ねて万全の状態で敵を待ち構える。
そして相手が現れたところでまず一撃。そして、機動力に秀でた俺たちが先陣を切ったってわけだ。
その効果は歴然。
具体的にどれがどう作用しているのか俺にはさっぱり分からないが、魔王種の群れは小さくない恐慌に陥ったのが確認できた。
シャロが打ち上げた信号は赤い煙を上げるものが三つ。策が期待通りの効果を示した合図だ。
「それじゃ、リュートもアスラも無理はしないで!」
『分かってるって』
『任せろ』
シャロは後続と合流しに、エルピスと共に一度引き返す。
俺とアスラは戻らない。まだ役割があるからだ。
『――せいぜい役立ってみせるんだな』
「ガッ――!?」
いつもより幾分か温度の低い言葉と共に、手近な片体の背後から飛び掛かるアスラ。相手が抵抗するより早く俺は無防備な背中へ乗り移り、スキルを発動してその意識を乗っ取る。
抵抗は小さくないが、乗り心地は悪くない。俺が小さく頷くと、片体から飛び降りたアスラは周囲にいた蟻獅子たちに襲いかかる。
未だ統率の乱れて隙だらけの敵の装甲の間を、炎を纏った爪は容易く斬り裂いた。
『俺も負けてられないな、っと!』
「ギギャァアアア!」
大型ゆえか動作の重いアバドン片体を操り、俺もまた攻撃に移る。勢いをつけて突き出した蠍尾は蟻獅子を装甲もろともに貫き、振るった腕は蟻獅子を一撃で叩き潰した。
流石は統率格と言うべきか、力のレベルが違う。
「ギィィイイイ!」
『チッ……』
それは同時に、他の片体の厄介さも示しているわけで。
それなりに開いていた距離を一気に飛び越えてきた片体の一撃がマトモに入った。
『――なら、次はお前だ』
「ギギッ……!?」
手負いの片体を襲撃者に組み付かせる。瀕死の身ではあるが、【乗り潰す】スキルの効果でその力は飛躍的に増している。
動きを封じられた次の獲物に乗り移るのは簡単だった。
新たな駒の力を増幅させると、用済みになった先代を振り払い手早く仕留める。
「敵は混乱している! 一気に叩くぞ!」
「「「おおおおおおおおお!!」」」
騎乗時の補正によって強化された聴覚が号令を捉える。
到着したガゼル率いる本隊が、俺やアスラと挟み込む形で蟻獅子の群れに仕掛けた。
――それから、何体のアバドン片体を乗り換えただろうか。
疲労からか、俺の操る片体の動きは大雑把になっていく。まさか仲間を巻き込むわけにもいかず、敵群の背後に留まって暴れ続けていたわけだが……裏目に出たらしい。
「「「ギギギギ……」」」
『これは……拙いな』
下級の蟻獅子を前に出し、いつしか片体たちは後方へ下がってきていた。
つまり現状。俺は四体のアバドン片体に囲まれている。
なんとか距離を置こうと立ち回っていたんだが限界が来た。
【乗り潰す】の効果は強力だが負荷も大きい。第一こちらの戦力は疲弊した俺に傷だらけの片体が一体。
壊れるまで力を引き出したところで倒せるのは二体が限界だろう。適当な相手に乗り移ろうにも、その間は隙だらけ。ターゲット以外の片体からすれば格好の的でしかない。
飛んで逃げるのもリスクが大きい。一時的に振り切る事自体は可能だろうが、そのあと片体が倒れれば無力な俺だけが残されることになる。
戦場から離れるなら、相手が追ってくる構えを見せた段階で詰み。かといって無理に味方と合流しようとすれば、対処に困る強敵を前線に投下する事になる。
まさに八方塞がりの状況。
突破口を見つけるより早く、相手は一斉に飛び掛かってきた。




