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33.モルカ台地――11

「――ん…………」


 目を開けると、丸太を組んだだけの簡単な天井が視界に入ってきた。

 なんとなくベッドから身体を起こす。

 ……どこだ此処?

 視線を巡らせると、隣のベッドに腰かけてリーネと話しているらしいアスラと目が合った。

 念話(フレンドコール)で話してる様子も最初は違和感を覚えたものだが、もう見慣れたものだ。

 俺もチャンネルを開いて会話に混ざ――と、そこで思い出した。

 そういえば俺はアスラに気絶させられたんだったか。

 ……ま、いいか。俺のことを考えての事ではあったんだし、気にしない事にする。


『おはようございます、リュートさん』

『ん、おはよう。二人は何を話してたんだ?』

「まぁ、少しな。主こそ気分はどうだ?」

『別に悪くはないな』


 俺が起きたからか、念話から肉声に切り替えてアスラが尋ねる。

 身体の方は問題ない。

 精神も……これからの戦いに対する恐怖なんかは、無い。


「そういえば連絡だ。ガゼルたちの率いる本隊が到着した」

『そうなのか?』

「レベル50台が百人、60台が五十人、70台が六人に80台が四人だ」

『合計百六十人……元からこっちにいる面子と合わせて二百ちょっとか』

「一つの村に全員で駐留するのは難しいと言って、幹部数人以外は隣の村にいる」

『そうか、助かる』


 と言っても俺の出番は無いんだけどな。

 さて……。


「――これからどうしたものか。そう考えているな?」

『……そうだよ』

「心配せずとも、幾つか案は出ている。主さえその気ならいつでも向かえるぞ」

『なに?』

「主も中々厄介な気質を抱えているようだからな、二人で考えていたのだ。礼ならリーネにも言ってやれ」

『悪いな、二人とも。ありがとう』

『どういたしまして。……ふふ』


 う……また手間をかけさせたみたいだな。

 全身で二人の方に向き直り、深く頭を下げる。

 応えたリーネが微笑むのを見て少し首を傾げた。


『リーネ、どうかしたか?』

『いえ……ここしばらく、リュートさんには助けてもらってばかりでしたから。少し意外な形でしたが、微力ながらも助けになれたのが嬉しくて』

『……そうか? 自分じゃそんなつもりは無かったんだがな』

『とにかく、何か困った事があればいつでも頼ってください。仲間なんですから』


 ……参ったな。

 皆、特にリーネには大き過ぎる負債がある。この上更に借りが増えるようじゃ、赤字がかさむ一方だ。

 俺がそんな事気にしてるようだとそれ自体がまた余計に気を遣わせるのも見えてるし、悟らせるつもりも無いが。

 俺に、仲間だなんて言う資格があるんだろうか?

 逡巡を押し込め、何食わぬ顔で頷いてみせる。


『ああ、そうさせてもらう。改めてありがとう。ところでリーネはどうする? 一緒に来るか?』

『そうですね……私は、もう少し休んでいる事にします。また何かあれば教えてください』

『分かった』

「話は纏まったな? では行くぞ」


 尋ねるとリーネは少し考える素振りを見せた後、ゆっくりと首を振った。

 アスラに続いて家を後にする。


『それで、どこに向かうんだ?』

「シャロの元に。準備をするにはスキルの無い主では力になれなかったかもしれないが、普通に使うだけなら話はまた別だろう?」

『つまり……俺でも使えるような道具を貰いに行くって事か?』

「そういうことだ。どの道シャロ一人では手数にも限界はある。なら他の人員の手札を増やしておくに越したことはあるまい? 仮に足りないなら、新たに作れば良い」

『ふむ……』


 確かに手札を増やしておくってのは悪い手じゃないかもしれない。

 一理あると頷きシャロを探す。

 ……途中で会った人に尋ねると、今【義賊】の少女は作業を一段落させて休んでいるとの事だった。

 さっきの俺みたいに惰眠を貪っているならともかく、やる事をやって休んでいる相手を起こすのは気が引けるな。


「そうか……では、次の案だな」

『次?』

「ああ。見張りを交代する」

『…………?』

「悪い意味では無いが、戦いを前に準備も訓練も不要なのは主くらいのものだ。であれば主が見張りを買って出る事で、現在の見張り役は空いた時間を有用に使うことができる」

『そういうもんか』

「ああ。退屈を持て余すようなら我が話し相手にでもなろう」


 そんなわけで見張りの元へ向かい、人化を解いたアスラに乗って魔王種のいる方向を眺める。

 騎乗補正がかかり、遠目にうっすら見える程度だった相手の姿もある程度はっきり見分けられるようになった。

 最後に見た時より少し近づいているが、今も休息中なのか動く様子はない。


『……妙だな。動きがない』

『確かにそうだが、おかしな事でもあるか?』

『ああ。よく見てみろ、主は気づかないか?』


 そう言われて目を凝らす。

 だが、どれだけ見ても不審な動きをする影は見えない。どの個体も微動だにせず……待てよ?

 そこでアスラの言う違和感に気づいた。

 いくら見晴らしの良い砂漠の中とはいえ、全ての個体が、全く動く様子を見せないだと?


『さて、主はこれをどう見る?』

『良い事態とは言えないな。可能な限りで探りを入れるべきだ』


 それだけ言うと、アスラは俺を乗せたまま駆け出した。向かう先はリーネの休む家だ。

 到着するまでの僅かな時間を使い、ガゼルに相手の異変を伝えておく。


『リーネ。済まないが少し付き合ってくれ』

『分かりました』


 二つ返事で頷いたリーネを後ろに乗せ、再び元の場所へとんぼ返り。

 敵陣の様子を見た【魔眼聖女】は傍からも分かるほど表情を険しくした。


『……どれも抜け殻です。それに隠れて、足元に大きな穴が……詳しくは見えませんが、相手は地下に潜っているようです』

『分かった』


 ガゼルにその情報を伝達。

 次いで敵襲を知らせる合図として受け取った鈴型のアイテムを使い、村中に敵襲を知らせる警報を響かせる。


 泡を喰って出てきた連中の騒ぎの中でも意思疎通ができるのは念話の強みだな。同じ能力を持ってる適合者の間でしか使えないのがネックだが。

 やがて隊長格の適合者たちを中心に騒ぎは収まっていく。村の中を、これまでと打って変わって緊迫した空気が満たした。


『――そちらはどうだ、リュート?』

『無事に臨戦態勢へ移行。ただ、精神的負荷が少しばかりかかり過ぎてるように見える。このままじゃ戦う前から消耗しちまうぞ』

『地中でも探査が可能な人員を調査に出した。敵が接近してきているなら、発見にそう時間はかからないはずだ』

『そうか。なら、その事もこっちで伝えておこう』

『ああ、頼む』


 会話が切れる。

 今こうしている間にも、敵はもう足元まで迫っているかもしれない。

 根拠も何もない憶測だが、その考えはいやに頭に纏わりついた。


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