32.モルカ台地――10
作戦会議は途中で魔王種が移動を再開したという事で一度中断されたものの、相手が再び休息に移った為つつがなく進行した。
むしろ距離が縮まったことでリーネの解析が進んだ分、敵の移動はプラスだったとさえ言えるかもしれない。
まず、敵群の大多数を占めている魔物の名はミルメコレオ。獅子に似たその身体は暗緑色の外殻に覆われ、三対六本の脚の付け根から薄い羽が伸びているそうだ。
そして、そのミルメコレオたちを率いている個体がアバドン片体。
雑兵との差異は幾つかあるが、最も大きいのは飛蝗のそれのように発達した後ろ足、そして先端から毒らしき液体を滴らせる蠍尾らしい。
ステータスはまだはっきり確認できないらしいが、レベルに関してはミルメコレオ共が平均して40、アバドン片体が50とのこと。
俺たち人間を基準にすれば比較的余裕の、同じ魔王種であるアスラを基準にすれば絶望的な数値だ。
敵の種族としてのレベル単位での強さは人間とアストラの中間に位置してると仮定すれば妥当ではあるが……実際のところは、もう少し接近して具体的なステータスが判明するまで何とも言えないといったところか。
レムを中心に幾つかのパターンを想定し、それぞれの場合に対する方策は練った。
残ったやるべき事の中で、俺たちに出来るのは緊張を切らさずにガゼルたちの本隊が到着するのを待つことくらい。慌ただしく走り回っていたシャロとエルピスもいつしか見かけなくなった。
拠点にしている村を、奇妙な空白が満たしているような感覚。
どこか不吉に感じられて、決して気持ちの良いものではない。
じっとしている気にもなれず村の中を歩いて回る。
……不意に、後ろを歩いていたアスラが襟元を引っ張った。一拍遅れて、危うくユイハに見つかるところだった事に気づく。
気の強い【剣士】は、無心に剣を振っているところだった。その様子を見るに、俺が心配する事は何もないだろう。
励ました俺の方がこのザマじゃ格好つかないな。気づかれないようにその場を立ち去る。
『……悪い、アスラ。助かった』
「何の事やら。我はただ戯れに主が歩くのを邪魔したかっただけだ」
『はは、そうか』
また歩いていると、使い道が予想できるものから全く分からないものまで、様々な道具が地面に広げられているのに出くわした。
その道具を一つ一つ手にとっては何かを確認しているのは【義賊】の少女――シャロだ。傍らではエルピスが丸くなって眠っている。
「……ん、リュート?」
『ああ。……凄い量だな。これ全部シャロのアイテムボックスに入ってるのか?』
「まぁね。どれが役に立つか分からないから、時間がある内に色々チェックしておかないと」
『ふむ……何か手伝おうか?』
「それはありがたいけど、たぶんスキルが無いとよく分からないんじゃないかな?」
『んー……駄目だ、分かんねぇな』
「やっぱり? まぁ、気持ちだけ受け取っとくよ」
『おう。それじゃ』
助けになれない俺が邪魔をするわけにもいかない。
別れを告げてシャロの下を去る。
その後も歩き回ってみたが、会う連中は皆ユイハのように簡単な訓練をしているか、シャロのように装備や道具の確認をしているかだった。
長い間敵の動向を見張っていたリーネは、相手が他の人間でも目視できる距離まで近づいてきた事もあって、家の一つを借りて休んでいる。
村を一巡りしてしまった俺は、木立の中に空いていた空間を見つけて切り株に腰かけていた。
「ふぅ……主が何を考えているか、当ててやろうか?」
『……なんだと思う?』
「ヒマ」
『………………。身も蓋も無い言い方をすれば、そうだが』
「冗談だ。騎乗時が本領の主はユイハのように訓練をする事もできず、またシャロのように道具の点検をする必要性も薄い。だが危機感から、何かをしないとという思いに駆られて焦っている。そんなところだろう」
『…………』
「何をすれば良いか、教えてやろうか?」
『なんだ?』
「何も無い。無為に体力と精神をすり減らすくらいなら、リーネやエルピスを見習って休むといい」
『むぅ……』
「我に乗って訓練するのでも構わんが、気休め程度にしかならんのは主も分かっているはずだ」
『それは……そうだが……』
こうもはっきりと、それも自分でも薄々考えていたことを指摘されると反論はできない。
とはいえ、だからと簡単に割り切れていれば苦労しないわけで。
「まったく……世話の焼ける主だな」
『っ――』
不意に伸びてきたアスラの手が視界を覆い隠す。
突然の事に何か反応するより早く、俺の意識は刈り取られていた。




