31.モルカ台地――9
気づくのは簡単だった。
別にユイハは口数の多い方ではないが、魔王種の存在が察知されてから今に至るまでほとんど無言ともなれば違和感くらい感じる。
後は状況とユイハの様子を比べての簡単な推論だ。
まぁ……この剣士が、ってのは少し意外だったが。この反応を見れば疑う余地はない。
『まぁ、気持ちは分からないでもないが。戦えねぇようなら普通に避難してたって良いんだぜ?』
「……馬鹿を言うな」
『まるっきり冗談でもないんだがな』
敢えて煽るニュアンスを滲ませてみたが、反応は思ったより薄かった。
これは、いよいよ重症って奴か?
うーん……。
少し迷ったが、この状態のユイハに意地を張る意味もない。こっちの考えをストレートに伝えることにする。
『そりゃお前は人間サイドでも随一のエースだよ。だが、それ以前にシャロやリーネの友達だ。無理させて何かあるってのが一番困る』
「っ……」
『それに、相手は数百って話だろ? こっちも最終的には同数以上で当たるんだから、そうなりゃ突出した個人の重要さは下がる。そう思う奴らがあまり増えても困るが、お前一人くらいバックれたって問題ない』
「……じゃあ、お前は」
『俺は残るさ。流石に何人も消えるのは拙いし、そうでなくても居ないより居た方が良いのは事実だしな』
「そうじゃ、なくて」
『ん?』
「お前は今、私の事を……シャロやリーネの、友達だと言ったな」
『ああ、言ったな』
「…………お前から見たら……お前は、私をどう思っているんだ」
『はぁ?』
予想もしなかった質問に面食らう。
声の調子もしおらしくて、いつもの強気でやたら突っかかってくる剣士とは別人のようだ。
……コイツも、リーネやシャロと同じ年頃の少女なんだよな。今更ながらそんな事実を意識する。
魔王の襲来に、かなり動転してるらしい。……俺も。
気づけば勝手に動いた口が、とてもじゃないが人には言えないような内容を口走っていた。
『……仲間だよ。お前らがどう思ってるかは知らねぇが、こんなとこで絶対に失うもんか。ビビって力が出ないってんならいっそ好都合だ、安全なところまで下がっててくれ』
「リュート……」
目を丸くしたユイハの表情を見て我に返る。
自分が言った内容をワンテンポ遅れて頭が理解し、凄まじい羞恥に襲われた。耐えられなくなって目を逸らす。
どちらも口を開かないまま、いたたまれない時間が流れた。
「……ふん」
やがて、いつも通り不機嫌さを滲ませたユイハの声が沈黙を破る。
そこに含まれているものが今までと微妙に違って感じられるのは俺の錯覚だろうか?
「リュートにそこまで言わせて、馬鹿正直に頷いてはいられないな」
『どういう意味だよ』
「誰が逃げるか。私も戦う。戦って、生き残る。それで文句は無いだろう?」
『……ああ、そうだな。それなら文句のつけようもない』
まだ正面からユイハの顔を見れない。
横目にちらりと窺うと、その瞳はいつにも増して強い意志の光を湛えていた。
『じゃあ戻るぞ。アスラかエルピスに乗ってないと、どうも落ち着かん』
「乗るという事に振り回されてるようではまだまだだな【ライドマスター】」
『知ったような口を利くじゃねぇか』
「そんなに落ち着かないなら、少しくらい私が背負ってやろうか?」
『え?』
「どうかしたか? いくらお前でも足を動かさずに移動できるなどとは言うまい」
『な、なんでもねーよ』
……このユイハ、偽物だとか言うんじゃないだろうな?
からかわれた意趣返しに、そんな事を考えてみる。それくらい今日のユイハはらしくなかった。調子狂うな。
――作戦の骨子ができたということでレムから招集がかかったのは、それから間もなくの事だった。




