25.タジ洞穴――7
『――来るぞ』
『ああ』
いつでも動けるよう身体に力を込めるアスラ。
その正面で、三面六臂の牛人のゴーレム……エメス・ケノベウロスの瞳に光が宿る。
手を振り上げれば十メートル近い天井をも打ち破りそうな巨体もあって、そのプレッシャーはこれまで相対してきた敵と一線を画すものがある。
六つの手の中に収束した光が武器の形に変わり――その時、手に赤い輝きを宿したシャロが駆け出した。石像の足元に軽く触れながら通り過ぎ、その背後に回り込む。
「へへっ、成功っと」
『シャロさん!?』
「『エナジースティール』、相手の能力を一時的に奪う技だよ。今回は攻撃力アップってとこかな」
『あうう……まあ良いですけど』
「む? 私にも支援が掛かっているぞ?」
「そりゃ獲物は分け与えるのが義賊だし、ねっ!」
へぇ、仲間にも効果があるのか。
それ以前に敵の弱体化と味方の強化が同時に行えるって時点で十分強い。まあ効果の大きさ次第ではあるが。
言い終わるのと同時に飛びのいたシャロの元に戦斧が突き立った。こちらにも剛槍の一撃が迫る。
『アスラ!』
『任せろ』
対するアスラは手に二振りの炎剣を生成。
その先端を穂先に合わせ、受け流す――と思いきや正面から受け止めた。
衝撃にビリビリと肌が震える。これが、魔王の実力か。
『……ふん。弾き返してやるつもりだったが』
『十分凄ぇよ。だが……』
『どうした?』
『目ぇつけられたらしいぞ?』
『問題ない。むしろ望むところだ』
「オオオオオオオ……!!」
三対の無機質な瞳がこちらを見据え、その口から咆哮が放たれる。
次の瞬間には、巨体からは想像もつかないスピードの攻撃が集中していた。
「――リーネさん、左前方から魔法を。ユイハさんはその隙に、リーネさんと背後から仕掛けてください」
「りょーかいっ」
「分かった!」
「では行きます――『カオスランス』!」
レムの指示のもと、リーネの手から混沌の槍が放たれた。
石像の右首がそれを捉え――。
『邪魔はさせんぞ?』
「!?」
嵐のような猛攻の隙間からアスラが炎剣を投擲。
剣の爆発が防御しようとした腕を阻み、槍はケノベウロスの脇腹に突き立った。
「行っといで!」
「はぁあああッ!」
ぐらついた巨像。その向こうから大上段に刀を振りかぶった状態で飛び上がるユイハが見えた。
おそらくシャロの補助もあったんだろうが……どれだけ飛んでるんだ。
掛け声と共にユイハが刀を振り下ろす。つんのめったケノベウロスの後頭部に刻まれた深い斬線が見えた。
さすが思わせぶりな演出でゲットした武器だ、その力は折り紙付きらしい。
『喰らうがいい――』
「下を崩します! アスラさん、足元を狙ってください!」
『承知した』
『私もいきますっ。穿て混沌の魔弾、「タスラム」!』
畳みかけようとしたアスラに再びレムからの指示。
アスラが放った斬撃とリーネの魔法は石像の足首に正確に命中。爆発の向こうで、巨大なシルエットがぐらりと傾ぐのが見えた。
直後、地響き。
それでも最低限のバランスだけ取り戻すと攻撃を再開してくるのは、無機物ゆえか……というか俺、さっきから見てるだけだな。
攻撃を捌きながらも余裕がありそうなアスラに語りかける。
『おいアスラ、今更だが人化解いても良くないか? この広場ならスペースにも余裕あるだろ』
『そうだな……しかし悠長に姿を変えている程の時間は無い。退屈だろうが主はおとなしく背負われていてくれ』
『…………おい、レム』
「諦めてください」
『まだ何も言ってねぇ!』
何か手はないか縋ろうとした瞬間に切り捨てられる。
マジかよ……。
とはいえ、今アスラが容易く捌いている攻撃も直撃したら拙いのは確かだ。迂闊に動いてリスクを負わせるわけにはいかない。
出来るのといえば状況を見て指示を出すくらいだが、それはもう助言者がやってるし……。
ユイハたちも脅威として認識されたか、ケノベウロスの攻撃が分散する。それは俺たちにとっても厄介に見えたが、その実大きな判断ミスだった。
簡単な話だ。
これまで総力を傾けても軽く凌いでいたアスラに、片手間でしか対応しなくなったらどうなる?
『――見くびってくれるなよ、木偶の坊!』
結果が目の前の光景だった。
薙刀の一撃を潜り抜けたアスラが生成した大剣を叩き付ける。
石像の腕には致命的な音と共に無数の亀裂が生じ、次の瞬間勢いよく砕け散った。
ここからは見えないが、ユイハたちの方でも同じような事態が展開されているらしい。
やがて……。
『輝ける神の腕よ、今一度邪悪を貫け!』
「ユイハさん、アスラさん! リーネさんに合わせてください!」
「任せろ!」
『承知した』
『――「ブリューナク」ッ!』
リーネが両手で構えた杖から放たれたのは、よく使う「カオスランス」とは桁違いの力を秘めた光槍。
それはアスラの火炎、ユイハの斬撃と一体となり……エメス・ケノベウロスの胸のど真ん中を撃ち抜いた。




