21.タジ洞穴――3
天然の洞窟のようになっていたのは入口付近だけ。
少し進むと地面は石畳になり、壁も同じく石材を組んだような構造に変わる。
壁には何が原動力になっているのか分からないランプ状のオブジェがついており、緑色の光で辺りを照らし出していた。
先頭にシャロとアスラが並んで進むが、今のところ特に問題はない。
いや、一つ大きいのがあったか。
『……なあ、アスラ』
『なんだ?』
『こんな最初からこの状態じゃ、疲れないか?』
『ふん、何を今更』
降ろしてほしいという遠回しな要請はあっさり却下された。
……俺は今、アスラに背負われる形になっている。
確かに騎乗していない俺単体だと、率直に言って足手纏いだ。
と同時に、騎乗による能力向上は大きなメリットとなる。
一番の戦力であるアスラを万全の状態にしておくのは、リスクを抑える点で重要な意味がある。
それは言われるまでもないし、改めて諭されれば反論の余地もない正論だった。
『しょっちゅう我かエルピスに乗っているのだから、気にすることはあるまい』
『く……やけに背が高い姿になったと思ったが、この為だったか』
『無論だ』
「情けないザマだ。大人しくエルピスと留守番していれば良かったものを」
『うぐっ……今回ばかりは何も言い返せねぇ』
いつものように突っかかってくる感じではなく、普通に呆れてる感じのユイハの態度が辛い。
居たたまれない思いを誤魔化すため、アスラの髪に顔を埋め――ようとして、獅子の姿の時の鬣とは似て非なる感触に固まる。
というか俺、絵面的に割とマズい事しようとしていなかったか?
ええい、本格的に調子が狂う!
俺が一人で精神的にガリガリ消耗していると、前方に視線を走らせながらシャロが声を上げた。
「今のリュートたち見てて少し気になったんだけどさー、騎乗補正って普通の人にも効くのかな? ボクじゃ身長足りないから難しいけど」
「私は御免だぞ!」
『俺だって……ああ、俺も無理だ』
「貴様一瞬なにを考えた!」
「お前の想像とは違うから気にするな」
シャロの頼みだから一瞬だけ検討してみたが、やはり無理だ。
俺は動物……魔物に乗るのが好きなんであって、人に背負ってもらいたいわけじゃない。
ふと、周囲の状態が変わったのに気付いた。
石畳が途切れ、壁も岩がそのまま剥き出しになり、入口と同じく天然の洞窟の中のような様相を呈している。
違いがあるとすれば、岩の奥から何かが赤紫色の光を放っていることだろうか。
岩はごく普通のものだというのに光がそれを透過しているというのも妙な話だが、実際そうなのだからそのまま表現するしかない。
警戒から一瞬歩みが遅くなるも、特に罠の類は見つからなかったようだ。
この光、放射線みたく身体に有害とかじゃないだろうな。
俺が心配する間も騎乗補正の話題は続いていた。
『でも、確かにちょっと気になります』
「だよねー」
『補正なら私の「看破」かシャロさんの「暴露」で確認できますしね』
「っていうかマジメな話、万が一に備えて知っておく意味はあると思うんだけどなー?」
「だ、だが――っ!」
『ユイハさん?』
「なんでもない、少し躓いただけだ」
『『「「…………」」』』
「ど、どうした?」
シャロの言い分にも理はある。
が、絶対面白がってるついでみたいなものだろ!
つい内心で突っ込んでいると、ユイハが一瞬息を詰めた。
幸い、ただ転びかけただけらしいが……無視できない違和感が脳裏を掠める。
それは皆も同じだったようで、歩みが止まる。
元の世界なら、躓くくらい何もおかしな事は無い。
だが、今の世界だと多少事情が違ってくる。
旅の中ここよりずっと足場が悪い場所を移動したことも、そこで魔物と戦った事だってある。
レベル差があったとしても、実戦では僅かな隙が命取りだ。
互いにフォローし合えるよう気を付けながら戦っていたが……記憶を攫っても、ユイハやシャロが足を取られていた覚えはない。
「うわー……嫌な罠だね……」
『もっと酷い罠もあるとはいえ、中々悪質ですね』
『ふむ……色々と小さ過ぎたが故に、目を逃れたか』
ユイハの少し後ろの地面を見たシャロが顔をしかめた。
そこにリーネが足を乗せると、地面が足首ほどの深さで沈み込む。
……だからなんでリーネは少し嬉しそうなんだ?
単純にバランスを、ほんの僅かに崩すだけの罠。
直接的な傷を負うでもなければ、そもそも誰もかからない可能性だって十分にある。
しかし……状況が厳しければ厳しいほど凶悪さを増す事を考えれば、本当に嫌な罠だ。
『――む』
その時、アスラの耳がひょこりと起き上がった。
というかそこは獅子のものなのか。
人間の耳がある位置はどうなっているんだ?
髪が覆っていて見えない。
そんな事を考えていると、アスラは手に黒炎の剣を生み出した。
『魔物がこちらに向かっているぞ』
「おっ、ついにおでましかー……何食べて暮らしてるんだろうね?」
『ダンジョンでそんなの気にするのは野暮ですよ』
軽口を叩きながら各自の得物を構える。
やがて、その魔物たちが姿を現した。




