20.タジ洞穴――2
『我が体格ではその迷宮に潜るには不向きと言うのだな?』
「あ、ああ」
『なら……コレで文句はあるまい』
アスラがそう言うと、その足元から生じた黒炎が獅子を呑み込んだ。
出会った時その身を蝕んでいた墨色の霧とは似て非なるその中で、うっすらと見えるシルエットがその形を変えていく。
『――どうだ』
「「「!?」」」
どこか得意げな声と共に黒炎が収まる。
そこに立っていたのはクセっけの強い黒の長髪が特徴的な、息を呑むほどの美女だった。
……いや、落ち着いてみればその背丈はリーネより少し小さいくらいだ。
俺の感覚で言うと中学生くらい……少女と形容する方がしっくり来る。
だが、否が応でも感じずにはいられない風格が、その姿をずっと大人びて見せていた。
『……ん? おっと、少し調整するか』
確かめるように自らの身体を見たアスラは、そう呟くと再び黒炎を纏う。
次に現れた姿は、先ほどの少女が成長したようなものだった。
見た感じの年齢は……俺より少し年上だな。
判別し難いが大体レムと同じくらい、二十代半ばってところか。
ただ、最も目を引く特徴がある。
デカい。
エルピスや獅子の姿からすれば小さいが、その身長は二メートル近くあるんじゃないか?
人間勢の中ではダントツの長身だ。
脚は服に隠れていて見えないが、腕の鱗はタトゥーのように変じていた。
その外見は身長を除けばほとんど人間と変わらない。
せいぜい口許から覗く犬歯が少し鋭い程度。
仕上がりを確認すると、今度こそアスラは不敵な笑みを浮かべて胸を張った。
「お前……女だったのか?」
『おい、どこ見てんだよ』
アスラの身体の一点を凝視したまま尋ねたユイハの頭をはたく。
が、騎乗していない俺の力ではビクともしなかった。無念。
遠慮なく馬上剣をフルスイングするべきだったか。
まったく、コイツは……。
時々リーネに言い寄ってるのも本気か冗談か測りかねるし、自制ということを覚えてほしい。
だが、まぁこのやり取りで少し落ち着いたのも事実だ。
驚きで固まっていた思考が再開する。
『アスラ、人化なんて出来たのか?』
『エルピスのように見慣れた魔物ならともかく、我が何も知らん人間に見られるのは何かと面倒だろう? 少し前から必要性は感じていた』
「でもさー、そこまで姿が変わったら戦い方も変わるよね? 武器なんかも無いけど、その辺りは準備した方が良いの?」
『ふ、何の問題も無い』
シャロの問いに対し、アスラは黒炎で剣を生み出した。
軽く振るう姿は本職の剣士に負けず劣らず様になっている。
他にも獅子の姿の時の形態を模した炎を腕に纏わせるなど、戦力としては変わらず俺達の一歩先を行くようだ。
『これで我も探索に加わることに異存は無いな? 主を背負ったままでも十分戦力になる』
『え、俺も行くのか?』
……ん?
アスラの影に何か動くものが見えた。
そこは獅子の時と変わらない尻尾が、そわそわと揺れている。
お前……そんなにダンジョンが気になるのか。まあ、俺だって興味が無いと言えば嘘になるが。
『ただ、それだとエルピスがな……お前は人化できないのか?』
『一応言っとくっすけど、それかなりの無茶振りっすよ?』
『おい、助言者。此処に洞窟の周囲まで巻き込むような罠は無いな?』
「え? あ、はい」
『ならばエルピスだけ留守番でも危険は無い。この辺りの魔物なら単独でも十分対処は可能だし、万が一があってもエルピスなら逃走には長けている』
『うーん……』
『まあ、そうっすねー』
そうして少し相談を重ねた結果。
探索の要としてシャロとレム。
前衛にユイハとアスラ、おまけに俺。
そして後衛に魔法を得意とするリーネ。
留守番にエルピス。
メンバーはこうした形で落ち着いた。
『無事の帰りを待ってるっすー』
エルピスに見送られ、俺たちはいよいよ薄暗い洞穴へと踏み込んだ。




