17.ベラス平原――6
それから少しして、各々もある程度落ち着いてきた頃。
俺は先程からじっと伏せりながら何処かそわそわした様子の獅子の方へ向き直った。
名を俺に委ねてくれるというなら、いつまでも後回しにする訳には行かないだろう。
名付けはこれで二回目だ。
少し考えると……エルピスの時と同じように、名前は自ずから浮かんできた。
『待たせて悪かったな。お前の名を決めさせてもらう』
『うむ』
『――アスラ、でどうだ?』
『お前の判断に否やは無い。ただ、私的な感想を言うなら――』
「――待った。リュートお前、適当に名前をつけていないか?」
『言いがかりだな』
念話で話していると、それを聞いていたユイハが割り込んできた。
いつもそうしていたように、呆れを全面的に押し出して肩をすくめて念話を送る。
ユイハは……反射的に浮かべた辛そうな表情を一瞬で押し殺し、更に一歩前に……っ?
「――あ」
「■■っ……ゴホッ」
何気ない腕の動きに合わせて首が絞まった。
幸いユイハはすぐ気付いたようで、首輪もあっさりと効力を失う。
首に手を当てながら顔を上げると、ユイハはリーネたちにジト目で見られて居心地悪そうにしていた。
「な、何が言いがかりだっ。エルピスと違ってアスラだなんて、種族名を少しもじっただけの手抜きだろう!」
『確かに、アスラの名前が種族名に由来しているのは否定しない。だがそれは、アストラとしてのコイツも尊重したいと思ったからだ』
というか自分のミスとはいえそこまで動揺するなよ。
糾弾にもいつものキレが無いぞ。
「ならエルピスはどうなる!」
『……お前、パンドラの箱って知ってるか?』
逆に尋ねると、ユイハは憮然とした表情のまま頷く。
レム、それに今回はリーネとシャロも知ってるみたいな反応だな。
――そういえば、エルピス本人に名前の由来を話したことは無かったか。
魔物組は知らない様子なので、簡単に説明する事にする。
『決して開けてはならないと言われていた箱だ。好奇心に負けて開けちまった人間の名前を取ってパンドラの箱って呼ばれてる』
『そ、それでどうなったんっすか?』
『箱から飛び出したのはこの世全ての災い、あらゆる不幸だった。慌てて蓋を閉めた結果、最後に一つだけ残ったものがあるんだが……それが希望だったって話さ』
『え、それって――』
『何も分からないまま世界が異世界になって、俺も【ライドマスター】なんてもんになってて。そんな時出会ったお前は、リーネたちとは別の意味で希望だったんだよ』
『御主人……』
「…………」
『……満足したか? 二度とは言わねぇぞ』
流れで自分から言っておいてなんだが、かなり恥ずかしい事を言ってしまった気がする。
心底意外そうな顔をしているユイハも感極まった様子のエルピスの視線も、どこかいたたまれない。
半ば無意識に動いた身体はアスラの方へ向かい、伏せる背中に覆いかぶさって鬣に顔を埋める。
――む。
新鮮かつ強烈な感覚が俺を包んだ。
エルピスとは方向性が違って単純に比較は出来ないが、騎乗時特有の幸福に満たされる。
一身に「傾命の虐呪」を背負っていた時の傷はもう固まっていて、その身からは確かな生命力が感じられる。
『アスラ。身体の方は、大丈夫なのか?』
『ああ。全快には程遠いが、傷の方も直に癒えるだろう』
『そうか』
『この名だが……我は気に入っているぞ』
『そう言ってもらえると、俺としてもありがたい』
『エルピスのように光栄な名が羨ましくもあるがな』
『…………』
『ふふ、冗談だ。種族には誇りもある。それを尊重してくれたこと、嬉しく思う』
……リーネに、エルピスに呪いを背負わせて。ユイハやシャロ、レムにも心配をかけて。
だというのに今、アスラに乗ろうとして良かったと思う俺は何も学べていないのだろうか。
ただ、こうしてアスラと居れること。
それだけはどうしても否定できなかった。
「■れじ■あ、ア■■。……アスラ。こ■から、よろし■」
『! ……ああ、こちらこそ。宜しく、リュート』




