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16.ベラス平原――5

 ――ぐぅ、っと。

 間の抜けたことに、自分の腹の音で目が覚めた。

 ここは……まだエルピスの背中か。

 気怠さの抜けない身体を起こす。

 すぐ傍に腹の虫を刺激した元凶――焼肉を囲んでいるリーネたちの姿。


 ……エルピスを降りて数歩。

 ただそれだけの距離が、酷く遠い。

 この期に及んで自分の暴走のツケからも逃げたいだなんて、俺はそこまで卑怯だったか?

 逡巡していると、まずシャロと目があった。すぐに全員の視線が向けられる。

 観念してエルピスから降りる。

 皆に近づき、何か言われるより早く深々と頭を下げた。


「――■ま■い。本当に、迷惑■■けた」

「…………」


 無言でユイハが進み出た。

 腰に下げた剣に手を掛けている。

 大事なリーネまで巻き込んだんだ、斬られても文句は言えないな。


「この、ド阿呆が!!」

「ッ……!」


 胸に衝撃が走り、一瞬の浮遊感を挟んで背中から地面に叩きつけられる。

 鞘に入ったままの剣で掬い上げるように殴られたのだと遅れて気が付いた。

 これまでの比じゃなく痛い。

 起き上がれないでいると、駆け寄ってきたリーネが回復してくれた。

 小さく震える手の甲に見えた墨色の痣に、先程とは別の意味で胸がズキリと痛む。


「――ほら」

「これは……?」


 回復が終わった俺の目の前に、ユイハが手を突き出す。

 そこに握られていたのは革製のチョーカーだった。

 魔力を帯びた宝石で装飾されていて、どことなく高価に見える。


「首輪だ。お前がまた暴走するようなら力尽くで押さえつけるためのな。お前が寝ている間につけようとしたが……アイツらに邪魔をされた」

『……ふん』

「お前が本当に反省していて自分の意思で身に着けるなら、アイツらも文句は言えないだろう」

「分か■■……付■させて、もらう」


 経緯を話しながらユイハは視線でエルピスと獅子を示す。

 俺は……ようやく、彼女が俺を赦そうとしてくれていることを実感した。

 いや、赦しとは違うかもしれない。

 だが、俺を斬るでもなく、愛想を尽かして捨てるでもなく、「次」が無いようにさえしてくれている。

 エルピスたちの主を首輪つきにするのは申し訳ないが……俺に、選択肢は一つしか無かった。


「ふんッ」

「――ぐ!」

「ちょっ、ユイハ!?」


 身に着けた首輪は身体に溶け込むように消える。

 それを確認したユイハが無造作に手を振ると、その動きと同期して俺は首から地面に叩きつけられた。

 シャロが俺を助け起こす。

 見た感じだと、首輪は常に有効なわけではないらしい。

 首が絞まったからか少しぼんやりする頭でそんな事を考えていると、シャロはそのままユイハに食ってかかった。


「流石にやり過ぎだよ! それに皆で話し合ったじゃんか! ボクたちだってリュートに助けられてきたのは、ユイハも認めてたはずだよ!?」

「ああそうだ、分かっている! 私たちがこうして旅を出来ているのもリュートのおかげだということくらい!」

「じゃあなんで!」

「コイツは! 突っかかったら軽くあしらって! 理不尽に殴ったら文句を言って! リュートは、そういう奴なんだ! そうじゃないと……張り合いが、無いだろう……!」

「ユイハ……」

「……済まない。頭に血が昇っていた」


 ……シャロが、こうも激しく感情を露わにするのは初めて見た。

 ここまで沈んだ様子のユイハもだ。

 それが俺に関連する事だっていうのは、素直に喜ぶべきことなんだろう。

 だが……もっと違う形であってほしかった。

 二人の言い争いが落ち着いたところでレムが進み出る。


「リュートさん。貴方が罪悪感に苛まれているのは、よく分かりました。それは尤もなものです。ですが、貴方がそうして自分を責めるのは私たちの望みではありません」

「…………」

「私たちも、繰り返すことのないよう務めます。その上で……仲間として、貴方と居たいから。どうか、それを心に留めておいてください」


 「助言者(ベラータ)」の助言も、この時ばかりは素直に頷けない。

 だって、そんな虫の良い話があるだろうか。あれだけの事をした俺が、まだ仲間だと思って貰えているだなんて。

 けれど……どれだけ身を縮めて待っても、誰もレムの言葉を否定しない。

 もし本当なら、それはとても幸福なことだ。

 だが、同時にとてつもなく重くのしかかってくるものでもあった。

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