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12.ベラス平原

「――狩場を移すか」

「どうした、ユイハ?」

「別に。リスクを取ってまで此処に居座る必要を感じないだけだ」

「さんせー。また誰かが大怪我でもしたら困るしねー」

「だっ、誰がコイツの心配など!」

「…………それはツッコミ待ちか?」

「う、五月蝿い!」


 なんかユイハがツンデレっぽい事してたが、普通に嫌われてるだけだろ。

 コイツに敵意を向けられる理由に心当たりは無い。

 だが、好かれるような理由はそれ以上に思いつかないし。

 何よりユイハが俺にデレたとか絶無だし。リーネには引かれるくらいデレてるが。

 ……普通に接してくれれば良いんだがな。面倒臭い。


「まあ、移動自体は悪くないと思う。未踏破エリアに沿って南下するか?」

「良いと思います。ハイドオークの情報も上げましたし」

「リーネ、お前もSNS機能使いこなせたのか……」

「というか使えてないのはリュートだけだ」

「お前だって似たようなものだって言われてたろ」

「はいはい話を戻そうねー。中継する町とかも決めないとだし」


 脱線しかけた話をシャロが引き戻す。

 考えてみれば割と似たようなこと繰り返してるな……。

 改めて意識すると、ちょっとシャロには頭が上がらないかもしれない。

 リーネが出来るのも今発覚したが、適合者――()の記憶を持ったままこの世界にいる連中の間での情報交換やってるのもシャロだ。

 だいぶ世話になってる事にしばしば気づかされる。


「――リュート、聞いてるー?」

「ああ、済まない。少しぼんやりしてた」

「大丈夫、ですか?」

「傷がどうとかじゃないから心配いらない。悪いな」


 改めてエルピスの背に広げられた地図を見る。

 これまで狩りをしていた台地は最初の廃墟の北東にある。

 そこから少し東へ進んだ辺りから先はまだ適合者の誰も行ってない未踏破エリアで、レムによれば更に進むと砂漠が広がっているんだとか。

 その砂漠と、更に先にある山脈が一種の防波堤。

 そこから東は()の世界にあった災厄の概念を具現化した魔王たちが鎬を削る魔界らしい。

 ……ある程度強く成長した魔王がその気になれば突破は可能な防波堤だ。ずいぶん心臓に悪い。


 現在の適合者の行動範囲だと、魔物が一番強いのはオークが出るさっきの台地。

 そして、南西の方で【軍曹】ガゼルたちが鍛錬に使ってる遺跡周辺の二つだ。

 魔物は地域を移動すると段階的にレベルが変化する傾向にある。

 ハイドオークの時ほどマズい事にはならないだろ。



 ――そう思ってた時期が、俺にもあった。



「レム。アレは何だ」

「え、えっと……リーネさんには分かります?」

堕族(フォールン)……?」

「何それ?」


 台地から移動を始めて数日経った頃。

 未踏破エリアとの境目付近にソレは現れた。


 何に一番近いかというなら獅子だろう。

 ただしその四肢には鱗を纏い、(たてがみ)の間からは二本の角が真っ直ぐに伸びているが。

 ……そして、何より特徴的なのは全身を覆う墨色の霧だった。

 その堕族が通ってきたと思われる場所は草木が枯れ地面の罅割れた歪な痕跡を残している。

 奇妙な事に、その霧は獅子自身をも蝕んでいるように見える。

 それ自体が霧を含む呼吸は苦しげで、総身からはどす黒い血が絶えず流れ落ちている。


 率直にいって死に体だ。放っておいても先は長くないだろう。

 だが……その状態にあってなお放つ威圧感は強大で。

 それを見ていると、どうにも心がざわつく。


「……? どうした、リュート。さっきから黙り込んで」

「リュートさん?」

「あ、ああ……いや、なんでもない」

「何でもない人の反応じゃなかったけどねー。まさか、アレに乗りたいとか?」

「いや……そうじゃない」


 この感情は……何だ?

 恐怖ではない。

 不安も違う。

 憐れみでも、まして敵意でもない。

 …………惜しい。

 そう。俺は、衰弱しきった獅子がこのままだと死を迎えることを惜しんでいた。


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