古代遺跡のエドモアールとトムスン
過去作、脚本として仕上げてあったものを小説風に仕上げなおしました。さらりと気分転換にご覧ください。
イギリス人考古学者のエドモアール・サガと、その助手トムスン・ガレッジは、考古学の研究をさらに深めるためにエジプトのピラミッドを訪れていた。そのピラミッドには多くの手つかずの財宝、あるいはある種オカルティックな現象を呼び起こす不思議な最深部が存在するとされ、謎の秘密結社「科学万能懐疑団」、略して「カバンダン」も目をつけていた。エドモアールと助手のトムスンは多くのトラップを回避して、ピラミッドの最深部に到達していた。エドモアールはトムスンに語り掛ける。
「トムスン君、君のような優秀な助手に恵まれて私は幸運だ。こうしてこのピラミッドの謎を繙く最深部に到達出来たのだから」
「いえ、教授。これも教授の綿密な下調べのお蔭ですよ」
二人は教授と助手という関係にありながら、深い友情のような信頼関係で結ばれていた。それもこれもトムスンの華麗なるキャリアにも理由があった。トムスンは多くの大学の博士号を習得し、16カ国語を多才に操る、稀代の天才でもあったからだ。だが考古学に関しては、当然エドモアールに一日の長がある。エドモアールがエジプトの古代遺跡に探査へ出向くと知ったトムソンは、自らその助手を買って出たのである。
「教授。それにしても『彼ら』はやけに静かですね」
「彼らという『カバンダン』のことか。トムスン君」
「ええ、そうです。彼らはこのピラミッドを中心に、オカルティックな現象を起こすスポットを調べていたはずです。何か企みがあるのでしょう」
「うむ。ここは気をつけた方がいいな。トムスン君」
そう口にして、最深部の黄金色の扉に近づこうとしたところ、カバンダンの首領モリアティとその部下達が待ち構えていた。彼らは手には小型の爆弾を手にしている。それを見たトムスンは驚愕する。
「はっ! 教授! カバンダンです! やはり彼らは私達を待ち伏せしていたようです」
「んぬぬ。さすが我が宿命のライバル! 堂々と勝負してみせようぞ!」
そう自分を奮い立たせるエドモアール。だが彼を怯ませる事態が二人に迫る。トムスンはモリアティの部下達が掲げる爆弾を指差す。
「教授。大変です! 彼らは死なばもろとも、とでも言うつもりなのでしょうか! この密閉空間で小型核爆弾を爆発させるつもりのようです!」
「何!? 小型核爆弾? なんて卑劣な組織だ! 私達はいい! 放射能で自然がどれだけ汚染されるか分かっているのか!」
そうエドモアールが叫び掛けるも、モリアティは不敵に笑みを浮かべるだけで応える気配はない。トムスンはエドモアールの意見に同意する。
「そうだ! 放射能の悲劇をまた繰り返したいのか!? 戦争はもうたくさんだ! MORE広島! MORE長崎! MORE戦争! MORE世界大戦! MOREヒトラー! MOREファシズム!! MORE……!」
それを聞いたエドモアールはトムスンの肩をポンッと叩く。
「NOMOREって言いいなさい。トムスン君。MOREじゃ『もっともっと』って意味になっちゃうでしょう。NOを最初に付けなさい。『もっと戦争を!』『もっと世界大戦を!』『もっとヒトラーを』って、君はどれだけ戦争好きなんだ」
「すいません。これでも語学には秀でている方なんですが」
「うむ。それは君の華麗なるキャリアを知っている私なら分かる。だが……」
その言葉を遮り、上気した声をトムスンはあげる。
「教授! 大変です! 彼らは今度は我々にピンポイントな攻撃を仕掛けてくるようです!」
「んむ。この密室で核爆弾を使おうものなら、彼らも生きていけんからなぁ」
その言葉を聞いてトムスンは頷く。
「教授。奴らが用意したのは毒ガス兵器です!」
「何と! この密閉された空間で使用されては私達の中毒死は必至!」
するとやや怖気づいたエドモアールを庇うように、意気盛んな様子でスックとトムスンは背を伸ばす。
「お前達、毒ガスを私達相手に使用しようなんて、いい度胸してるじゃないか! いや、浅はかと言った方がいいな!」
エドモアールは驚愕する。何しろ彼、トムスンのキャリアだ。何か毒ガスを凌ぐ方法でも知っているに違いない。エドモアールは期待感一杯でトムスンに呼び掛ける。
「どうした! トムスン君。まさか君の豊富な化学の知識を使って、毒ガスを中和でもしようというのか!」
「そうですよ。お任せあれ。教授」
そうこうしている間にも毒ガスが充満し始める。エドモアールは喉元を抑えて、苦しみ始める。
「くっ! 毒ガスが」
その様子を見たトムスンは悠々とした様子でガバンダンに立ちはだかる。
「リトマス試験紙は、酸性で赤色に染まり、アルカリ性で青色に染まる。対してBTB液は、酸性で黄色に染まり、アルカリ性で青色に染まる。そしていいか! 聞いて驚くな。何とBTB液は、中性では緑に染まるのだ!」
毒ガスに悶え苦しみ続けていたエドモアールは言う。
「トムスン君!」
「何でしょう! 教授!」
「その知識……」
「はい!」
「知っている! おまけにこのピンチを脱するためには何の役にも立たないな!」
トムスンはエドモアールを介抱する。
「すみません! 教授! では……」
「もっとTPOに応じた知識を使ってくれ! 毒ガスを中和させるような高度な知識だ!」
「はい。TPOに応じた知識ですね。ありますよ! 僕にも高度な知識が。任せてください!」
「頼んだぞ! トムスン君」
その頼みを聞いたトムスンは力強く頷くと小冊子を広げる。
「有機化合物の名称方法はIUPACが決定している名前が一般的です。これらの名称は高校の教科書等で使用されます。慣用名も依然として頻繁に使用され、混同が多いようです。例えばCH2COOHは酢酸ですが、IUPAC命名法だと、エタン酸と言います。エタン酸は残念ながらほとんど使用されないようです」
「トムスン君!」
エドモアールは、悶え苦しみながらトムスンに呼び掛ける。その声にトムスンは小冊子を綺麗に折り畳み応える。
「何でしょう! 教授!」
「このピンチを脱するには……」
「はい!」
「何一つ役に立たない知識だな!」
トムスンはハキハキと応じる。
「はい! そうですね。僕も薄々勘づいてました!」
「君は知識はあるんだから、もっとTPOに適した知識の使い方をしなさい! トムスン君」
「はい。そうですね。教授。ハッ! しかし教授! 今度は奴らバイオ兵器を使ってきましたよ! 遺伝子操作で狂暴化させて、殺人動物兵器と化したドーベルマンが襲ってきます!」
ドーベルマンが襲ってきたところで、ふとトムスンは思い立つ。
「そう言えば教授」
「何だね! トムスン君」
「最近、里親の見つからない子犬がたくさん殺処分されているというではないですか。犬好きな私としては悲しい限りです」
「そうだな。トムスン君。いいことに気が付いた。ペットショップの子犬の取扱いにも、充分な注意が必要だ」
「ですね。教授。可愛がられずして、望まぬ死を迎える子犬達に愛の手を。ということで」
エドモアールとトムスンは声を合わせて、親指を立てる。
「ストップ・ザ・殺処分」
そう言っているエドモアールにドーベルマンが噛みつく。大声をあげるエドモアール。
「ぐわぁぁぁあああ!」
「教授! 大丈夫ですか!」
「大丈夫じゃないよ! トムスン君! 君がTPOに合わない、子犬の殺処分の話をするもんだから、私もつい乗ってしまったじゃないか! この状況をどうにかしたまえ!」
それを聞いたトムスンは、懐から何かを取り出す。それでドーベルマンを手懐けるつもりのようだ。
「教授! これをご覧ください」
「はっ、まさかそれは!」
「ご明察です。ホネッコです」
「ホネッコ! ホネッコ! 狂暴化したドーベルマンを、君はホネッコで手懐けられると思っているのか! 随分呑気だな君は!」
だがトムスンは遺伝操作をされたドーベルマンに、ホネッコを差し出すと、ドーベルマンも悪い気はしていないらしい。ドーベルマンは嬉しそうにホネッコをくわえる。
「しかし教授、このドーベルマンも悪い奴ではなさそうです! ご覧ください。かように楽しげに、ホネッコを頬張っているではありませんか!」
「ううむ。やはり遺伝子操作で、彼も望まずして狂暴化してしまったのだな。致し方ない。可哀そうでもある」
トムスンは相槌を打つ。
「そうです! ということで教授!」
「うむっ」と二人は頷き合って、声を合わせて、親指を立てる。
「ストップ・ザ・遺伝子操作」
するとガバンダンの火炎放射器から放射された炎が、エドモアールを包み込む。叫び、悶えるエドモアール。
「ぎゃあああぁあああ!!!」
「教授! 大丈夫ですか!」
「トムスン君! 見ての通り大丈夫じゃない! 君の話がずれていくものだから、遺伝子操作反対の話になってしまったじゃないか!」
「教授も乗ってましたね」
「君が乗せたんだ! 早くこの炎を消したまえ! 消火器、消火器!」
ブシューと音を立てて、何がしかの気体をトムスンは、エドモアールにかける。しかし更に炎は燃え盛ってしまう。エドモアールはトムスンの手にする「もの」を見て叫ぶ。
「そらぁガスボンベだ! ガスボンベ! さらに炎上させてどうするんだ! 消火器。はいこれ。トムスン君」
そうして炎に包まれながらもエドモアールはトムスンに消火器を手渡す。トムスンは満足げにエドモアールの体で燃える炎をかき消す。
そうしてガバンダンの攻撃を一時的にでも凌いだ二人は、次は攻勢に転ずる。トムスンはモリアティを指差し叫ぶ。
「教授! 何か敵は、私達の得体の知れないやり取りの前に怯んでいます! 奴らは出鼻をくじかれたようです。チャンスです! 教授!」
「何か私達の間の抜けたやり取りで、出鼻をくじきっぱなしだった気もするが。ええい! それならばともかく!」
そう叫ぶとエドモアールは、懐から加熱式のナイフを取り出す。
「この熱エネルギーを充填させた熱エネルギーソードで奴らを一突きだ! 喰らえ!」
エドモアールはモリアティに襲い掛かろうとするも、ガバンダンに引き寄せられていく。トムスンは叫ぶ。
「どうしました! 教授!」
「う、うわぁぁぁぁ! トムスン君! 敵はどうやら電磁気で私を電気誘導しているようだ!」
それを聞いたトムスンは驚愕の表情を見せて考え始める。
「電気誘導? 聞いた事があるぞ。脳に電気を流して三半規管のバランスを崩し、人間の体を自由にコントロールする技術が研究されていると!」
「トムスン君! その通りだ! 奴ら、やはりただのオカルト組織ではないぞ!」
「そうですね! 教授この危機を突破します! しばしお待ちあれ!」
そう言ってトムスンは考え込む。その間エドモアールは苦しんだままだ。
「電気誘導。因みに2030年には、その電気誘導の技術を使って、交通事故を防ぐセンサーの開発が進められているという。でも! どうなんだ! センサーが察知して、車が自然に人間を避けたとしても! 車が反対車線に動いてしまったらどうするんだ! 反対車線を走っている車に衝突してしまうぞ!」
「ぐわぁああああ! トムスン君!」
「さらにその反対車線の車のセンサーが反応したら、その車も反対車線へ、となり、玉突き事故になってしまう! そう! だから!」
「『だから』? 何だ! トムスン君!」
「最新のテクノロジーを使っても交通事故を100%防ぐのは難しいということですよ! 教授!」
「その通りだ! トムスン君! だがな!」
トムスンは凛々しい顔を浮かべる。
「はい! 何でしょう? 教授」
「その考え! この危機を乗り越えるには……! 何の役にも立たないぞ!」
「そうですね! 教授! 僕も薄々勘づいてました! 僕なりに考えてみたんですが、苦しんでいる教授にとってはどーでもいい情報だったようです!」
エドモアールは尚も悶え苦しんでいる。
「そうだ! どーでもいいぞ! その情報とシミュレーションは! 対処してくれ! トムスン君!」
「分かりました! 教授!」
そう応えるとトムスンは一冊の書物を取り出す。
「おいお前達! この古文書を見ろ!」
「はっ! トムスン君! それは朗唱すれば、邪悪な心を持った人間を発狂にまで追いやるという神聖な書物!」
「そうです! 教授! これは原本ではないものの威力は変わりません!」
エドモアールは勝機ありと察して、嬉しそうだ。
「それは頼もしいな! トムスン君!」
「はい。教授。この訳書は2000年の時を超えてギリシア語からローマ語へ、ローマ語からアラビア語、アラビア語からラテン語へ訳されて……」
合点がいったようにエドモアールは相槌を打つ。
「それで今現在、英語に訳されてるというわけか!」
「いや、コートジボワール語に訳されてます」
「読めないだろ! それじゃ! コートジボワール人の知人は残念ながら連れてこなかった!」
エドモアールもトムスンも、電気誘導に引きづられながらやり取りをする。トムスンは言う。
「それはとんだ誤算ですね! 教授!」
「誤算だよ! 大誤算だ! 君も含めてね!」
するとトムスンはスックと立ち上がり、急に聡明さを見せる。
「教授。僕を助手に雇ったのが誤算でなかったのを証明します。僕がこの古文書を読んでご覧に見せましょう」
「読めるのか? トムスン君!? コートジボアール語が!」
「お忘れになったんですか? 教授。僕が16カ国語に精通する国際人だったことを」
「忘れていたよ! トムスン君。やはり有能だな君は! 頼んだぞ!」
「お任せあれ! 教授」
そう言うとトムスンは澄みきった聖なる声で朗読を始める。
「歪な貪欲さに溺れる者は、煮えたぎる業火で焼かれ、針の山を未来永劫歩く事になるだろう。野蛮な企みを抱く者は天空で身体を八つ裂きにされるだろう、更には……」
すると突然エドモアールが激しく苦しみだし、右手を掲げ、首もとを左手で抑え天を仰ぐ。
「うわぁぁぁぁぁ!!!!!」
「どうしました! 教授!」
「頭が割れそうに痛い! 発狂しそうだぁ!」
その瞬間トムスンはさも発見したかのように大声をあげる。
「教授だったんですね! 邪悪な心を持った人間とは!」
「うわわわぁ! ってトムスン君。いい加減にしてくれ。どうして君は僕をそんなに苦しめるんだ」
そう淡々と問われたトムスンは冷静に答える。
「だってピラミッドは死者の聖なる墓。無暗やたらと調べるのは良くないですよ」
「それを先に言ってくれ。トムスン君。いい加減にしろ」
そうやって近藤武彦と、新川清助の漫才コンビ「ジョナール遺産」のネタの打ち合わせは終わった。その様子を見ていた同期生の女の子、戸川鏡は口にする
「オチが、イマイチね。オチが。それに途中の展開も一部、だれたわ」
「『だれたわ』って。そんなズケズケダメだしばっかりするなよ。鏡」
「そうそう。もっと温かい目で見守ってやってくれ」
そう口ぐちに武彦と清助の二人は口にする。すると鏡は部屋に散らかっていたパーティーグッズを整理して、二人にこう伝える。
「そんなことよりも今年のクリスマスは楽しみね。The・MANZAIの決勝。二人とも頑張ってね。私もパーティーグッズ片手に応援するから」
「ありがとう。鏡」
そうして12月の寒い夜、雪の降りしきる夜は、静かにそして賑やかに過ぎて行くのだった。