出会い
ガチャンと音がした。
どうやら千春が帰ってきたようだ。
「もうこんな時間か……」
時刻は20時に近い。部屋の中も、窓の外も真っ暗だ。
いつまでもここでボーっとしている訳にもいかない。
「ーーお帰り」
自室を後にして、一階の台所へと向かう。
「悪いな、千春。買い物、済ませてきてくれたのか?」
「うん。欲しいものがあったし」
買い物袋の中身を素早く冷蔵庫の中へと入れていく。そんな千春の手慣れた様子を、ジーッと見つめていた。
「どうしたの、お兄ちゃん? まだ具合悪いの?」
「い、いや……」
近寄って、瞳をじっと見つる千春。
とっさに首筋を手で抑えた。
「やっぱり、似てる……」
「うん?」
千春は、顔を真っ赤にして、
「な、何でもない!」
と、晩ご飯の支度に取りかかる。
「そういえば、名切さんは?」
「あー、えっと……多分、休んでるよ。客間で。疲れたんだと思う」
「そっか……じゃあ、後で呼ぼう」
「あ、ああ……」
誤魔化し? なんとなく千春に嘘を付いているようで気が引けた。
でも、言えるはずもなかった。
名切さんと俺は……。
頬だけでなく、胸まで熱くなるのがわかって、そっと深呼吸を2、3度する。
「お兄ちゃん、手伝って」
「ああ。わかった」
新たに芽生えた気持ちを胸に、いつも通り、千春と夕食の支度に取りかかった。
「フフ。ここまでは順調だわ」
名切美月は、誰にも気づかれないようにそっと微笑んだ。
「今夜にでも彼の能力をもう一度。確かめておきましょう」
彼女に用意された6畳間の客間は、既に細工が施されていた。
真っ暗な部屋に、薄い赤色の魔法陣が発光している。しかし人間では、それを視認することは出来ない。かといって、彼女と同じく異端者だったとしても視ることは不可能だった。「魔眼」を持った者だけが初めて異変に気がつくことが出来る。
よって、家主たちに気付かれることはない。
「さて、後は『ウェア・ウルフ』を呼び出して、彼を……」
ふと、手が止まった。
彼の姿を思い出し、胸が熱くなるのがわかる。
いくら計画の為とはいえ「初めて」だったのだ。少しも動じていないと言えば嘘になる。
少し乱れた衣服と、彼の温もりを確かめるように両腕をさする。
「これは、ただの計画の一部。彼との距離を縮める為の最も早い手段に過ぎない」
そう言い聞かせて、深く呼吸をする。
「千春です。名切さーん! ご飯できましたよ~」
短いノックの後に、彼の妹が呼んでいる。彼女とも接して分かったことは、この兄妹は人としてよく出来ている。礼儀を重んじ、節度を守って、私という部外者に接してくる。つけ込み易いことこの上ないのだが、却ってそれが……邪魔な気がした。
それは自分でも何故だかわからない。
「わかりました。今、行きます」
返事をして、襖を開ける。
すると彼が立って待っていた。
「新一さん……」
言葉が上手く続かない。
ただ、トクントクン、と心臓が早く脈打っていく。
「名切さん……その大丈夫ですか?」
彼を見ると頬が赤い。
それがこっちのまで移るようで……。
「いえ、はい……」
しばしの沈黙が続いた。
「お兄ちゃん、名切さーん!」
再び、千春さんの声が台所から聞こえる。
「行きましょう!」
バッと彼が私の手を掴んで、先を歩く。
「はい」
自然と私はその手を握り返していた。
「ホントにいいのか?千春」
「うん。いいから、いいから」
夕食を食べ終えたところだった。
今日の皿洗いの当番は、お兄ちゃんだったが、私は率先して代わっていた。
「今日はお兄ちゃん体調悪いみたいだし……それに」
チラッと、新たな住居人の彼女を見た。
「千春さん、私がやります」
「いえいえ、ホント、名切さんも大丈夫ですから!」
洗剤だらけの両手を振って、お断りする。
「うわ、千春、水飛んでるから!」
「もう、だからここは私に任せてよ。じゃないとーー」
両手をバッと広げて、そのまま兄へと一歩踏みよる。
「お兄ちゃんのお尻がどうなっても知らないよ!」
「わかった! じゃあ任せるから!」
お兄ちゃんは、私たちのやり取りを見て、クスクスと笑っている名切さんの手を引いて台所を後にした。
気がつくと、その手をじっと見つめていた。
「良かったね、お兄ちゃん……でも、ちょっと」
寂しい。
でも、これで良かった。ホントに。
ーー気付いていた。
帰ってから、二人の様子がおかしいことにも。
兄の首筋にキスマークがあることも。
名切の衣服が乱れていたことも。
想像するだけで、頬が赤くなるのがわかる。
「やっと大切な人が見つかったんだね?」
お兄ちゃんは、いっつも他人の為に動いていた。特に私や友人の為となると、見境なく手助けをしようと必死になる。それはきっと、両親を失ったことがキッカケだと思う。
私は小さかったし、事故現場にいたわけではない。だがその場にいた兄は、鮮明に覚えているはずだ。
大好きだった両親が目の前で亡くなる様を……。もう二度とあんな想いはしたくないんだと思う。
だからかな? 兄には友人は少ない。それに恋人の影も今までなかった。兄の性格と容姿ならば、今まで傍に寄り添う人はたくさんいたと思う。
でも作らなかった。必要最低限の人数に留めていたと思う。でも……。
「名切さんは、違ったんだね?」
初めてだと思う。兄があんなに一人の人に夢中になるのは。
さっきだって、自分から距離を縮めるように、手を繋いで……。
「恋かあ……」
そんな単語を口に出した途端。
ふと、思い出してしまった。
先ほどの彼を……城内さんを。
「もしかして、私も……」
新たな気持ちが芽生えようとしているのを感じながら、それが何なのか。
ハッキリとしないまま、それでもウキウキするような気分に、私は自然と微笑んでいた。




