帰宅
「千春っ!」
玄関の引き戸を勢いよく開けて、気がつけば妹の名前を叫んでいた。
「どうしたの? お兄ちゃん。大声出して」
お玉を持って、何事かと首を傾げている千春。更に言えば、エプロン姿の彼女はいつも通りだ。夕飯の支度に取りかかっていたらしい。
「どうしたって……はあー。何事もなくて良かったよ」
「何かあったの?」
俺は円口から聞いた連続通り魔殺人事件について話した。
「ねえ、お兄ちゃん?」
「うん?」
「まさかとは思うけど、私が朝話したこと忘れてはないよねえ?」
どことなく苛立った表情。そして口調が弱冠、強めなのは気のせいだろうか。
「えーっと……何でしたっけ?」
苦笑混じりに答えた結果。
「お兄ちゃん、今日の晩ご飯一品減らすから」
千春の怒りを買っていた。
場所は変わって、キッチン。
二人だけで使うには充分過ぎる広さが、最初の頃はどこか寂しかった。だが、もう五年も経てば、自然と慣れてくる。両親は、事故死だった。その事故には、俺も居合わせていたのだが、奇跡的に無傷で助かった。
それ以来。俺と千春の二人でなんとかやってきた。もちろん。近所の人や、両親の友人などに助けを借りているが、日々の生活は基本的に二人で行ってきた。今なんか、千春の料理の腕は、どこへお嫁にやっても恥ずかしくない腕前だ。まあ、やる気はないが! そんな訳で、台所に俺の立ち入る隙はなく……食事の有無も千春に委ねられている。
「はい。お兄ちゃん!」
ガタッと置かれた皿の上には、目玉焼きが一つ。詳しく説明するならば、その隣にレタスが微々たる量、乗っかっている。
「千春、まだ怒ってるのか?」
おずおずと訊ねると、
「ったく……。もういいよ。反省しているみたいだし」
カタン。ハンバーグが乗った皿が差し出される。
「ーーもう、それだから円口さんにからかわれるんだよ」
っく! 円口の奴……。
どうやら千春の中学。ーーいや、この辺りの中学校は、例の事件で、休校になっているらしい。まあ当然といえば当然か。標的にされているのが、女子中学生ときている。
まあ、何にせよ。千春が無事ならそれでいい。
夕食を済ませ、しばらくして俺はランニングすることにした。
「ちょっと、走って来るから」
ーーいつものことだ。靴ひもを結び直していると、ドタバタと千春が駆けてくる。
「なに考えてるのよ、お兄ちゃん!」
「はあ? 何って……?」
千春は持っていたお玉をビシッと突きつけて、
「何で、いつものようにランニングに行こうとしてるのよ!」
「何でって、それは……いつも通りだから?」
コン! 今度こそ本当に小突かれた。
「どこがいつも通りなのよ! 今、どこで殺人鬼がうろついているかわかんないでしょう!? それに今日も部活やってきたんでしょう!?」
なんだ、そのことで怒ってるのか。
「大丈夫だって。殺人鬼が襲っているのは女子中学生だろう? それに部活があってもなくても、ダウン代わりに走ってるじゃないか?」
俺としては、至極マトモなことを言ったつもりだったが……どうやらダメだったらしい。
「こっの! バカバカバカバカバカバカバカバカっ!」
コンコンコンコンコンコンコンコン。
千春の逆鱗に触れた。お玉で何度も小突かれる。俺は慌てて、玄関外へ出る。
「もう、好きにしていいから!」
ビシャン。と、玄関が閉まり、まあ……その妹に追い出されてしまった。
「帰りに千春の好きなシュークリームでも買ってくるか」
俺は、トントンと足を慣らして、いつものランニングコースを走ることにした。




