とある晩
「ん?」
振り返ってみた。
「どうした? 新一」
「いや、何か視線を感じたような……」
やはり、気のせいか。
住宅の屋根の遥か上。そこには、ただぼんやりと月が夜空に浮かんでいるだけだ。
「ニヒッ。残念だったなあ、新一。
まあ、次に視線を感じるとしたら俺だろうな? そして間違いなくその娘はカワイ子ちゃんだ」
「カワイ子ちゃんって……。お前、いくつだよ? ってか。そんなことばっか言ってると、マリーさんに言いつけるぞ」
「ま、マリーだけには勘弁してくれっ!」
顔を青くする円口に、
「冗談だよ」
と断りを入れる。
「ニヒッ。でもまあ、もしその視線が本当で、怪しいもんだったのなら気を付けるにこしたことはねえよなあ?」
「ん? どうしてだ?」
冗談だろう? と眉を寄せる円口。
「ニヒッ。知ってるだろう? 例の連続通り魔殺人」
「何のことだ?」
「学校でもニュースでもやってんだろう?」
俺が首を傾げていると、
「千春ちゃんの苦労が少しわかったぜ……」
などと、独り言を呟いている。
「お前って、ホントッ、頭良さげでバカだよな? ニヒッ」
「見た目がバカで、中身もバカよりはいいだろう?」
「ニヒッ、ニヒッ……おい、それ俺のこと言ってんじゃないだろうな?」
まあまあ、と円口を抑えて話を促す。
「ニヒッ。ここ最近じゃあ、この辺に住んでる奴らなら当たり前の! 常識の! ことだが、まあ教えてやろう?」
「えらく、尊大だなあ……」
「ニヒッ?」
「いや、何でもない……」
ここは円口の機嫌を損ねない方が良さそうだ。
「ニヒッ。いいか? ここ最近、この町じゃあ、物騒な事件が起きている」
「それが、さっき言ってた連続通り魔殺人?」
「ニヒッ。ああ、そうだ。ーーってか、ホントに知らねえクチか?」
俺がコクリと頷くと、円口は盛大な溜め息を付いて、
「お前は本当に、お前に近い周りの人間以外がどうなろうと構わないんだなあ……」
などと呟いている。
「何故だか、知らねえが、その通り魔ヤロウは、この町で犯行を繰り返してる。今まで三件の被害、全てがこの町で起きている」
「そうだったのか……」
確かに、この町に住んでいて、これだけのことが起きていたのに、知らなかった、では……まあ、常識外れと言われても仕方ないか。
「だったら、急いで帰った方が良さそうだな?」
「ニヒッ。だな? 今ここにこうしているのは、俺たちだけだしな」
言われてみれば……住宅街は閑散としている。もっと言えば、話し声や街の灯り。人の姿も見当たらない。
「道理で、部活動もないわけだ」
「ニヒッ。お前が自主練していくと言い出した時には、たまげたけどなあ」
俺は首を傾げて、
「じゃあ、何で一緒に練習に付き合ってくれたんだ? 円口は、この町が危ないって知ってたんだろう?」
「ニヒッ。まあ、しょうがねえだろう? お前と友達なんだし」
と、円口は笑って答えた。
肩すかしをくらったような虚脱感と、何とも言えない喜びを噛み締める。
「あっ、そうだ。一つ言い忘れてた。その被害者全員が、女子中学生なんだとさ」
「なっ!」
俺の頭に思い浮かんだのは、千春だった。
「まあでも、焦んなくても大丈ーーあれ? おーい! 新一!」
円口が何か言いかけたが、俺は急いで帰路を駆け出した。




