瞳
「城内さん、たい焼きどうぞ」
自然と差し出されたたい焼きを、戸惑いつつも受け取る。
「あ、城内さん。尻尾から食べるんですね? 私とは逆だ」
「フン。それよりも……」
「あ! あの服、カワイイですね?」
ショーウインドウに飾られている服を指差し、瞳を輝かせる千春。
「この店、入ってみましょう!」
手を引かれ、半ば強引に店へと連れて行かれる。
「これなんてどうですか?」
白いワンピースを当て、こちらに見せてくる。
「フン。いいんじゃないか?」
「ホントですか? 今度、買っちゃおうかな」
店のあちらこちらに飾られた洋服を、手に取り、真剣に楽しげに選んでいる様は15歳の少女そのものだ。
もし彼女が、本当にただの中学生だったのならば……いや。そうであったら、今こうしていることも、出会うことさえもなかっただろう。
紅葉千春。今回、俺が殺すべき異端者。紅葉新一の妹。
教会からは、彼女殺す指示は出ていない。しかしながら、こうして接触を繰り返せば、実兄にしろ俺の正体にしろバレれば、殺害の任務が下される可能性が高い。そうなれば俺は……。
「城内さん、どうかしたんですか?」
千春は、何も知らない。今だって、ごく当たり前に、首を傾げる。
「いや……」
騙し続けるしかない。他に方法は……。
いや、もう最初から分かっていることだ。千春。彼女とは、別れも告げずに別れればいいのだ。
「ーー千春」
「え? あ、はい!」
「少し話がある」
商店街の通りから一本外れた場所。
そこに置かれたベンチに腰掛ける。
隣にスッと座り、何やら緊張し面持ちで、千春は俺の言葉を待っている。
「あの、城内さん。話って……寒ぅ」
秋風が落ち葉を巻き上げながら、過ぎ去っていく。確かに、15時過ぎにしては、今日は冷える。
「フン。待っていろ」
近くに自動販売機を見つけ、缶コーヒー二つ。
一つを千春に差し出す。
「ありがとうございます。城内さん。ーーそれで話って?」
「お前の兄なんだが……」
「おにい、ちゃん? ですか……」
「フン。何か?」
少し落胆したような表情の千春。
「さっき、初めて名前で呼ばれたかつい……」
などと呟いている。
「お前の兄は、どんな……」
人間と聞きそうになって、躊躇った。奴は、異端者だった。
「性格ですか? そうですね。なんていうか……似てますね。城内さんに」
「俺に?」
「はい」
千春は、嬉しそうに大きく頷いた。
「お兄ちゃんは、とにかく優しいです。誰だろうと見境なく優しくして、ちょっと困るところがあるけど……でも、いいと思います。そんなところが」
「俺が優しい?」
優しいですよ! と千春は胸を張って返す。
「最初に出会った時に、私を助けてくれたじゃないですか」
「あれはーー」
「それに今だって?」
缶コーヒーを軽く掲げてみせる。
「フン。そんなことで人を信用していていては、いつか後悔する時が来るぞ。それに俺は優しくなどない」
そう。今だって、千春といるのは、異端者狩りとしての使命感に圧されている方が強い。
「いいえ。私、わかるんです」
「お、おい!」
急に、身を乗り出してグッと顔を近付けてくる千春。
「瞳を見ればわかるんです。ーー城内さんが、お兄ちゃんに似ていると思う一番の理由……お兄ちゃんもそうですから。あの事故が遭った時、以来」
事故と聞いて、すぐに察しがついた。
この兄妹のことは、既に調査済みだ。
今から五年前。紅葉兄妹の両親が事故で死亡。その際負った心の傷が原因で、紅葉新一は、異端者へと覚醒。
「同じ瞳? それはどんなーー」
「悲しそうです。どこか」
「悲しそう……?」
じっと彼女の瞳を見つめる。
吸い込まれそうなほど、真っ直ぐな瞳。これほど力のある瞳は、狩人の中にもそうはいない。
「いい瞳だ……」
「え? い、いや、その……」
顔を真っ赤にして、千春が身体を離す。
「とにかく私は、そんなお兄ちゃんが大好きで……城内さんも同じっていうかーーうわああああああ! な、何でもないです!」
慌てて駆け出す千春。そんな彼女を追い駆ける。
「フン。まったく……」
悩み事が解決した訳ではない。寧ろ、深まるばかりだ。
完全に意識した。
俺は迷っている。
紅葉新一を狩ることを。
彼女から兄を奪うことを。
だが、今だけははっきりとわかる。
「全く、忙しい奴だ……」
口元が自然と緩んでいたのに、自分でも気が付いた。
今はまだ、見守っていこう。
紅葉千春のことをーー。
「あ! 久し振りです!」
不意に、彼女が足を止めた。
先ほどまで、俺に向けていた笑顔を視線の先の男に向ける。
そして、こう言った
「夏秋さん!」
目を見開いて見つめたその先には、「最狂の狩人 鬼木 双士」がいた。




