ウェア・ウルフとの決戦
「何がどうしたら、こんなことに!」
思わず拳を握って、扉を叩いてしまった。
石灰部屋らしき場所に閉じ込められてどれほど経過しただろう。
生憎、この部屋には、時計がないので、体感でしかわからないのだが……。
30分は過ぎたように感じる。
次第に、闇に目が慣れたのと、小窓から差し込む僅かばかりの月明かりで部屋の中は把握できた。
米俵のように、棚に敷き詰められているのは石灰。そして後はラインカーといったところか。この扉を壊せそうなものはない。
コンコンと、扉をノックして厚みを確かめる。
「心臓破壊の魔眼」をもってすれば、壊せないことはない。
しかし魔力の消費と代償が大き過ぎる。
「こんなことで、寿命を縮める訳には……でも! 彼が死んでしまったら!」
私の生きる意味がなくなってしまう!
「こんなハズじゃなかったのに!」
今やウェア・ウルフは、私が下しておいた命令通り「紅葉新一を殺す」為に行動している。無論。そのように命じたのは、私自身だがそのつもりは毛頭ない。あくまで彼の能力「生命の根源に至る鮮血」を把握するため。そしてウェア・ウルフを操っているのが私だとバレない為の自動機能である。
一々、私がウェア・ウルフの行動を操作すれば、新一さんに気付かれかねない。だからこそ、生成する際に、命令を下しておいたのだが……今やその命令を解除することは不可能。新一さんを殺すまでウェア・ウルフは止まらない。もし途中で止めたければ、ウェア・ウルフ自身を殺すしかない。しかし、それは新一さんには不可能なこと。
私が外に出て「心臓破壊の魔眼」で殺めるしか……。
ゴン。もう一度。
分厚い鉄製の扉を叩いた。
「こうなれば、仕方ないわ……」
瞳に魔力を通していく。熱を帯び、紅く染まっていくのがわかる。
そして、鉄製の扉を……。
その時だった。
月明かりが差し込んだ。
振り返ると、小窓から僅かばかりに、差し込んでいる。
「そうか。アレを……!」
小窓をじっと見つめる。しばらくして、パリンと音を立て、小窓が割れた。
「あとは………はあ、はあ」
胸を押さえながら、呼吸が落ち着くのを待つ。しかし、それも束の間だった。
「ぐわああああああああああ!」
小窓から彼の絶叫が漏れてくる。
「っく、新一さん!」
石灰が置いてある棚に足をかけ、登っていく。そして小窓から身体を出す。
その際に、ロングスカートが引っかかって、裂けたが気にしない。
露わになった素足のまま、一気に表側のグランドへと駆け抜けた。
「新一さん!」
そう。血まみれでよろめく彼の元へと……。
聞こえるはずもない彼女の声が聞こえた。そんな気がした。
もう限界も近いのだろうか。
「ガルル」
狼もそれに気付いているのだろう。
品定めでもするかのように、見下ろされている。
二メートルはある巨大に加え、全てが鋭利な刃物……いや刀のような爪。俺には為す術がなかった。
ただ、奴の攻撃を食らっては、耐えるのみ。しかし、俺の「生命の根源に至る鮮血」という能力も馬鹿には出来ない。百の爪を受け手も、まだ俺は生きているのだから。
それに奴の攻撃を受ける度に、傷口の治りーー治癒能力が高まっている。
まあ、その分、再生する時の痛みも半端ではないが。
今では奴の爪と同等、もしくはそれ以上の激痛が走り、絶叫を上げずにはいられない。
「ぐわああああああああああ!」
「ーーいちさん……」
自分の絶叫に、鼓膜が破けそうになりながらも、声が聞こえた気がした。
名切さん……?
いるはずもない彼女の姿を、さ迷うようにして捜す。
「名切さん……名切さん!」
振り返ったと同時に、彼女の姿を見つけた。それと同時に、背中ではゾクゾクと殺気を感じていた。
俺は庇うように、名切さんを正面から抱きしめた。
「ガルルッ!」
奴の影が俺たち二人を呑み込んだ……が、その後は何も起こらない。
恐る恐る振り返ると、奴は腕を振り上げたまま固まっていた。
その瞳には、光はなく、まるで剥製のような姿に……安堵するばかりだった。
「名切さん……」
「新一さん、もう大丈夫です」
ニコッと微笑んだ彼女と、赤い瞳を見て、俺は意識を失った。
倉庫を飛び出し、グランドに出た際には、彼は虫の息だった。
「新一さん!」
自然と彼の名を叫んでいた。
「……名切さん!」
彼に呼び返され、ホッと胸を撫で下ろすのも束の間。
彼の後ろでは、ウェア・ウルフが爪を立て、トドメを刺しにかかっていた。
それに彼も気付いたのか。
突然、私を正面から抱きしめた。
その瞬間。彼の言葉を思い出す。
ーー名切さんのことは、絶対に守りますから。
この人は、本当に……。
どんな人間であろうと、自分が死の間際に立たされた時。本性が出る。
どんなにキレイ事を言っても、人間は自分が一番カワイイのだ。
決して、自分以外の人間を大切にすることはない……但し、例外はある。
私の母が私にそうしたように、愛する者の為には命を賭ける。
もし彼も同じだとしたら……。
私のことをーー。
「ガルルッ!」
ウェア・ウルフの殺気のこもった鳴き声で、我に返る。
そうだ。そんなことはあるはずもない。これは偶然。
力強く背中に回された腕を、感じながらも言い聞かせる。
ただ一人で死ぬのが怖いから、きっと彼はこうしている。
だったら大丈夫。
あなたは、こんなところでは、
「死なせませんから」
そう。死なせる訳がない。
あなたは私の大切な生け贄。母を甦らせる大切な犠牲なのだから。
瞳に魔力を流し込む。
そして今まさに迫り来る狂犬「ウェア・ウルフ」を見つめた。
ーー心臓破壊の魔眼の発動。
効果が現れる数秒間がとてつも長く感じる。
ウェア・ウルフの爪先が、後、数センチで彼の背中に届く瞬間。
「はあ、はあ……」
自分自身の荒い吐息がよく聞こえる。
暴れる心臓を、深呼吸で抑えつけ、顔を上げる。
ウェア・ウルフは、まるで剥製のように制止していた。
いや、もう死んでいる。
「良かった……」
ウェア・ウルフが動かなくなったのを確認して、安心したかのように新一さん気を失った。
「っく!」
胸に激痛が走り、慌てて手で押さえる。しかし自然と笑みが零れ出す。
「これを使う度に寿命が減ってしまう……ですが、代償を払っただけはありました。ーーコレで確信しました」
抱きしめた彼をじっと見つめる。
傷口が見る見るうちに治っていく。
もちろん。私は何もしていない。
そう。これが彼の中で眠る能力「生命の根元に至る鮮血」
「フフフ。これで私の計画が……っく」
突然。目眩がした。
どうやら魔力を消費し過ぎたらしい。
「はやく、ここから離れないと……」
いつ異端者狩りが来るかもわからない。
だが……。
急に視界が暗くなり、私はそのまま気を失った。




