表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

いつか魔王と高笑い !

作者: なつ

「ア、アンコ・・・・私は、もう駄目だ・・すまない。許して・・く・れ」

「はぁ? 許すわけないでしょ。あんた自分の立場、分かってる ? それと私の名前は、ちゃんと『杏子』って発音して。何だか小腹が空くでしょうが」


 同じじゃないか・・・・と、外から持ち込んだ無骨な事務机に崩れ落ち、突っ伏す彼。


「ほらほら、しゃんとしなさいよ。男でしょ」


 私は自分が使っている机の上を、手の平でバンバン叩く。その振動で机の上に乗っている無数の書類が雪崩を起こした。


「無理だ・・だって私は、もう、三日も寝ていない・・・・」


 今にも消え入りそうな弱々しい声を洩らしたかと思うと、ズルズルと崩れ、そのまま冷たく光る石造りの床に流れ落ちるように横たわった。

 しかし、私は叱咤の声を止めない。


「無理じゃない ! 人間の私だって寝ずにやっているんだから、あんたに出来ない訳ないでしょ。何てったって、あんたは――――魔王様、なんだから !! 」


 そう、私の足元に転がる大柄な男は魔王。この泣く子も黙る魔界を統べる魔王様だ。今は三日程寝ていなく少々崩れていて、色っぽい黒スライムに見えなくもない。が、彼はこの世界の最高権力者。偉いのだ。たぶん !


「・・・・魔王だって生き物だ。生き物には休息が必要・・・・ぐぅ」


 魔王は充血した目を閉じるなり、ぐぅ、スピー・・と、寝息を立てだす。平時は酷薄そうに切れ上がった眦が、今は何だか少し腫れぼったい。

 だが私は「男子たる者弱音を吐くべからず」と机を回り込み、床にベチャァ~と横たわる彼の前に立ちはだかった。

 そして、揺り起こそうと手を伸ばす。けれど彼の寝息が指に触れる距離で止め、溜め息を一つ。

 ゆっくりと手を引いた。


「はぁ、呆れた。一瞬で熟睡してるの ? 」


 幸せとは相反する苦悶の表情で、眉間に皺をよせ眠る魔王。


「もう、少しだけだからねぇ。仕事が溜まっているんだからさ」


 彼の耳元で囁き、その場に座る。そして冷たい床に長い黒髪を広げ、昏睡するように眠る男の頭を、そっと自分の膝の上に乗せた。顔に掛かった髪を払い、整ったその顔を撫でる。冷たい彼の肌に、自分の体温が移ればいいと。


「あらら、隈が」


 くっきりと黒ずむ目の下。全体的に顔色自体が悪い。だけどそれは、寝不足のせいだけじゃない。

 彼は自分の生きる力を魔力に変え、衰え滅びつつある民、つまり魔族達に分け与えているのだ。

 

 年々、弱体化する魔族。

 何とか彼らを生かそうと、己が力を注ぐ魔王。


 私はその、悲しい負の連鎖を止めようと、今、奮闘しているわけだ。睡眠時間を削って。


「でも、もう直ぐよ。もう直ぐ今まで頑張って来た結果が出るから。それまで頑張りましょ」


 彼らの弱体化。それはこの魔界の傾きに他ならない。

 まず、雨が降り続き太陽が出ない。かと思えば、太陽が出続け雨が降らない。 極端から、極端に走る天候のせいで作物が育たず慢性的に食糧不足。

 魔族と言っても、人の肉を食べ血を啜って生きているわけじゃなく、その生活は私達人間とさほど変わらない。(ただちょっと、外見が変わっている者も居るが、皆気のいい奴らばっかりだ)

 だから私達(主に私主導)は、天気に左右されない作物の栽培を研究し、それがやっと日の目を見られる。その段階まで来たのだ。

 収穫の日を思うと、涙がちょちょ切れそうになる。


――――この世界に来て、四年。大変だった・・・・・・・・。


 私は疲れた目を軽く瞑り、山あり谷ありだった過去を振り返った。


 四年前の夏の、暑い日。コンビニのソフトクリーム片手に、誰ぞに呼ばれるかして落ちた

先が、この世界。

 魔界。それも王である魔王、本人の上。


「すま・・ぬ。夜這いは大変嬉しいのだが、今の私では、お前を満足させてやる事が出来そうにない・・・・・・・・」


 魔力不足で休んでいた自分のベッドの上で、すまなそうに頭を下げる魔王。そして、その頭には、私のチョコバニラミックスがべトッと、乗っかっていた。

 私はその時、その198円のアイスを見ながら「じゃぁ、いつなら満足させられるのよ」と、突っ込んだのは、今では良い思い出だ。

 それから、あれよあれよと月日が流れ、その間、色んなことがあった。だいたいは、食べ物が無い、食べ物が無い、食べ物が無い、食べ物が無い――とか。


 だが、その、ひもじい日々も、もう直ぐ終わるっっ !!


 間じかに控えた、今回の収穫が実りのあるものだったら、この優しすぎる魔王にお腹一杯何か食べさせようと思う。自分の魔力どころか、その日食べる物まで、分けてあげてしまう。困った男。皆が幸せでないと、幸せになれない困った魔王。

 甘すぎる。ぬる過ぎる。そうは思うけど、それがこの男の良い所だと分かっている。そんな男だから、私はこの、落ちつつある世界に留まった。

 (それと、取り合えずの私の目下の目標は食量不足の解消だが、その先にはこの男の体質改善がある。)

 

「収穫かぁ、いっぱい採れると良いなぁ・・。あーー、でも、その前に、この山の様な書類をやっつけちゃわないとねぇ」


 実地での仕事も大事だが、その栽培方法、管理のデータ、物流の流れ、その他色々。私達にはやらなくちゃいけないことが山とある。大変だ。

 一人しみじみ呟いた――――その時、


――――バタバタバタ・・・・と、静かな廊下を走る複数人の足音。私が居る執務室の前で止まったな。そう思った瞬間。直後に蹴破る勢いで開けられたドア。

 私は、慌てず「ああ、又か」と、凝った首を回す。面倒臭い。とにかく面倒臭い。それだけだ。

 (門番は何をやっているんだ・・・・ああ、そうだ。畑でジャガイモの種蒔きを、やってもらってるんだったわ。じゃぁ、警備兵。あいつらは・・やっぱり畑だったか)


 ガンッ ! と開いた場所に、ぞろぞろと不法侵入者、多数。土足の足に私の目が据わる。でも、そんな事には一ミリも気づかず、まだ若い男が大声を張り上げる。


「我こそは人が世界のヤニベの王子、アル・ムリフィン ! 魔王よ ! 私は貴様を――」

「うっるさいっっ ! 」


 地を這う声で一喝。


「えっ ! だが、あの、これは通過儀礼の様な物だから言っておかないと・・・・」


 私の恫喝に怯む金髪。周りの家臣らしい男女も一瞬たじろぐ。


「まったく。追い払っても、追い払っても湧いて出て来る。面倒臭いわ。まったくやってらんない。だいたい飽きたのよ。この、展開には。たまには何か、面白い登場でもしてみなさいよ ! 」


 そう。今までも「打倒 ! 魔王 ! 」と言って、乱入してくる馬鹿者達は後を絶たなかった。こっちは別に悪い事なんてしていないのに、だ。こいつら人間は『魔』と付いただけで討伐したくなるらしい。何かの病気だろうか。うつったら困る。だから、そういう奴等は速やかに返り討ちにし、(魔王には内緒なので余り公にはしていないが)人間燃料に変えてリサイクルしている。けっこう燃費が良く重宝している。

 こいつらも、血色が良くて実に燃料向きだ。

 私の目が爛々と、その燃料候補の一人に張り付く。すると、値踏みする視線に気が付いたのか、こちらに声を掛けて来た。


「そなたは人間のようだが、何故こんな所に ? しかも、膝枕などを ? 」

「別に。ただ、イチャついているだけだけど。それが、何か ? 」

「いちゃ ? 」


 頭にハテナを飛ばす金髪。その金髪に近くに控えていた背の高い男が耳打ちをする。


「何、なんだと。しかし・・」

「間違いありません。彼女は、我が国の術師が水の大鏡に映し出した「世界に恵みをもたらす少女」その人です」

「私も最初は似ていると思った。だが良く見ると、少し趣きが違うような気がするぞ」

「ええ。やつれている感じが・・・・」

「そうですわ。何だか、貧相に・・・・」

「随分と痩せて・・・・」

 全員で顔を寄せ合い、私の悪口。ひそひそしているつもりらしいが、私の地獄耳には丸聞こえだっ。

 だいたい私は、この四年でだいぶ細くなった自分の腕を、見っとも無いとは思わない。寧ろ、この状況で肥え太っていられる方が格好悪い。

 そう。私は格好悪くなんて無い。この腕は自分の今までの頑張りを現した勲章だ。


「ちょっと、あんたたち。聞こえてるから ! そういう事は隠れてやってくんない ?! ってゆーか、出てって。私凄く忙しいから」


 イライラと、さっきよりきつく言ってやる。


「ま、待ってくれ。話を聞いて欲しい」


 周りの者と意見が纏まったのか金髪が、正座をする私に近付いて来て、


「娘よ、もしや、そなたは「世界に恵みをもたらす少女」では、ないのか ? 」


 と、のたまった。

 まったく。何の事やら、馬鹿馬鹿しい。今は、そんなライトノベルしている暇は無い。


「いいえ。違います。人違いです。他を当たって下さい。だから、帰って欲しい。イチャイチャの邪魔なんで。それとも見たいんですか ? 他人のイチャイチャを。自虐趣味のあるヘンタイですか。そうですか ? 」


 イラつきがピークを迎えたようだ。私は頭に来ると言葉遣いが丁寧になる傾向がある。


「だが、そなたは異世界のじ――」

「だまらっしゃいっ ! 」


 直も言葉を続ける金髪に私は等々、切れた。元々、気は短い方だが今は疲労でより、切れやすくなっている。


「そこの貴方。何なんですか。呼び鈴も押さず。アポイントメントも取らず。しかも、人様の家に土足で。廊下の張り紙が見えなかったの ? この城、土禁だから。だいたい、初めて人様の家を訪ねる時は、前々に、こうこう、こう言う事情で訪問すると、その旨を伝えるべきでしょう。勿論、菓子折りを持ってね ! 」

「菓子、おり ? 」

「そうです。持って来た ? 持って来てないよね ? じゃぁ、これから自分が取らなければならない行動が分かるよね ? 」


 私の矢継ぎ早の言葉に、青い目を白黒させるが、勢いでうんうんと頭を上下させる金髪。見た目通り素直なのだろう。育ちの良さが伺える。


「分かった ! 分かったぞ、娘よ。私が不調法だったのだな。許してくれ」

「いいのよ。分かってくれれば」

「ああ。では、ちょっと行って来る。・・・・あ、そうだった。ここでは靴を脱ぐのだったな。よし」


 律儀に重そうな装備の靴を脱ぐと回れ右をして走り、執務室を出て行った。

 単純だ。馬鹿っぽい。だけど、自分の非を素直に認める姿勢は好感が持てた。何より、初めて会った時の魔王を思い出させてくれて懐かしくて嬉しい。


「おっ、王子 ?! 待ってください ! 」

「王子っ ! 」


 バタバタと後に続く家臣達。でも、その慌ただしい中、男が一人だけ残った。さっき、金髪に耳打ちをしていた人物だ。


「何 ? 追い掛けなくていいの ? 」


 膝の上の魔王を撫でながら目も上げずに問う。


「いいのですか、それで。あなたは人間でしょう ? この、傾きつつある魔界に居るいわれは、何も無いのではありませんか ? 」


 理知的な男の言葉は、酷く冷たい。

 きっと魔族に良い感情がないのだろう。そして、その長である王にも。

――――ならば私にとって、こいつは敵だ。


「私が何処の誰で、何処に居て、何処で死のうが、私の勝手でしょ。貴方には関係ないじゃない。放って置いてよ」

「・・・・・・・・」

「行って」


 短い逡巡の後、踵を返す男。つれない態度の私に説得を諦めたようだ。これで静かになる、良かったと思う私は「あ、そうだった」と閃いて、静かに執務室から出て行く男の広い背に声を掛けた。


「あのさ、貴方。さっきの金髪に言っておいて。菓子折りは糖分高め。カロリー高め。量多めで、お願いってね。じゃぁ、よろしく~~」


 声を掛けられた男は一瞬呆れた眼差しをするも、何も言わず今度こそ金髪の後を追って去って行った。



 乱入者が居なくなり、とたん静まり返る室内。残されたのは私と魔王二人だけ。何よりも大事な時間が戻って来た。


「ん、まだちょっと顔色が悪いかな。しょうがない、もう少しだけ寝かせてあげる」


 魔王が起きる頃には、さっきの金髪が御菓子を届けてくれるだろうから、そしたらそれでお茶にしようか。この、青い顔も糖分が入れば幾分増しになるだろうし。


「ねぇ、私頑張るから。きっと、立て直して見せるから・・・・」

 

 柔らかく囁くと、魔王の頬に添えた私の手に、そっと冷たく大きな手が重なる。


「ね ? 立て直せたら、そしたら一緒にこの城の天辺に登って ? そして下を見て笑って。今よりも、もっと魔王っぽく」


 本来の貴方らしく。

 血の様に深く輝く赤い目を弓なりに細めて。

 人間達が一目見ただけで、思わず息の根を止めてしまいそうな程、禍々しい魔力をその身にまとって。


 慈しむ冷たい手に、屈んで唇を落とす。一つ。そして軽く閉じられた目蓋の奥に隠れている血の色を、もう片方の手でそっと覆う。


「だから、今は眠って」


 起きるのには、まだ早い。私の傍で眠ってて。

 そう遠くない未来。この城の天辺で笑う、その日まで――――。


 






 

 



 

 


元気になれば魔王は魔王らしくなると、アンコさんは思っているようですが、アレは地だと思います。アンコさんの方が余程らしいかと。

 

それにしても勢いで又、変なものを書いてしまいました。しかも又、異世界トリップかよっ ! って、言われそう。ドキドキ。だって好きなんです・・・・。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして! 魔王本人よりも国の立て直しに熱心な 異世界トリッパー。斬新です。 名前も可愛いですね。 とても面白かったです。 もっと二人のイチャイチャが見たいので ぜひ続きをお願いします。…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ