いつか魔王と高笑い !
「ア、アンコ・・・・私は、もう駄目だ・・すまない。許して・・く・れ」
「はぁ? 許すわけないでしょ。あんた自分の立場、分かってる ? それと私の名前は、ちゃんと『杏子』って発音して。何だか小腹が空くでしょうが」
同じじゃないか・・・・と、外から持ち込んだ無骨な事務机に崩れ落ち、突っ伏す彼。
「ほらほら、しゃんとしなさいよ。男でしょ」
私は自分が使っている机の上を、手の平でバンバン叩く。その振動で机の上に乗っている無数の書類が雪崩を起こした。
「無理だ・・だって私は、もう、三日も寝ていない・・・・」
今にも消え入りそうな弱々しい声を洩らしたかと思うと、ズルズルと崩れ、そのまま冷たく光る石造りの床に流れ落ちるように横たわった。
しかし、私は叱咤の声を止めない。
「無理じゃない ! 人間の私だって寝ずにやっているんだから、あんたに出来ない訳ないでしょ。何てったって、あんたは――――魔王様、なんだから !! 」
そう、私の足元に転がる大柄な男は魔王。この泣く子も黙る魔界を統べる魔王様だ。今は三日程寝ていなく少々崩れていて、色っぽい黒スライムに見えなくもない。が、彼はこの世界の最高権力者。偉いのだ。たぶん !
「・・・・魔王だって生き物だ。生き物には休息が必要・・・・ぐぅ」
魔王は充血した目を閉じるなり、ぐぅ、スピー・・と、寝息を立てだす。平時は酷薄そうに切れ上がった眦が、今は何だか少し腫れぼったい。
だが私は「男子たる者弱音を吐くべからず」と机を回り込み、床にベチャァ~と横たわる彼の前に立ちはだかった。
そして、揺り起こそうと手を伸ばす。けれど彼の寝息が指に触れる距離で止め、溜め息を一つ。
ゆっくりと手を引いた。
「はぁ、呆れた。一瞬で熟睡してるの ? 」
幸せとは相反する苦悶の表情で、眉間に皺をよせ眠る魔王。
「もう、少しだけだからねぇ。仕事が溜まっているんだからさ」
彼の耳元で囁き、その場に座る。そして冷たい床に長い黒髪を広げ、昏睡するように眠る男の頭を、そっと自分の膝の上に乗せた。顔に掛かった髪を払い、整ったその顔を撫でる。冷たい彼の肌に、自分の体温が移ればいいと。
「あらら、隈が」
くっきりと黒ずむ目の下。全体的に顔色自体が悪い。だけどそれは、寝不足のせいだけじゃない。
彼は自分の生きる力を魔力に変え、衰え滅びつつある民、つまり魔族達に分け与えているのだ。
年々、弱体化する魔族。
何とか彼らを生かそうと、己が力を注ぐ魔王。
私はその、悲しい負の連鎖を止めようと、今、奮闘しているわけだ。睡眠時間を削って。
「でも、もう直ぐよ。もう直ぐ今まで頑張って来た結果が出るから。それまで頑張りましょ」
彼らの弱体化。それはこの魔界の傾きに他ならない。
まず、雨が降り続き太陽が出ない。かと思えば、太陽が出続け雨が降らない。 極端から、極端に走る天候のせいで作物が育たず慢性的に食糧不足。
魔族と言っても、人の肉を食べ血を啜って生きているわけじゃなく、その生活は私達人間とさほど変わらない。(ただちょっと、外見が変わっている者も居るが、皆気のいい奴らばっかりだ)
だから私達(主に私主導)は、天気に左右されない作物の栽培を研究し、それがやっと日の目を見られる。その段階まで来たのだ。
収穫の日を思うと、涙がちょちょ切れそうになる。
――――この世界に来て、四年。大変だった・・・・・・・・。
私は疲れた目を軽く瞑り、山あり谷ありだった過去を振り返った。
四年前の夏の、暑い日。コンビニのソフトクリーム片手に、誰ぞに呼ばれるかして落ちた
先が、この世界。
魔界。それも王である魔王、本人の上。
「すま・・ぬ。夜這いは大変嬉しいのだが、今の私では、お前を満足させてやる事が出来そうにない・・・・・・・・」
魔力不足で休んでいた自分のベッドの上で、すまなそうに頭を下げる魔王。そして、その頭には、私のチョコバニラミックスがべトッと、乗っかっていた。
私はその時、その198円のアイスを見ながら「じゃぁ、いつなら満足させられるのよ」と、突っ込んだのは、今では良い思い出だ。
それから、あれよあれよと月日が流れ、その間、色んなことがあった。だいたいは、食べ物が無い、食べ物が無い、食べ物が無い、食べ物が無い――とか。
だが、その、ひもじい日々も、もう直ぐ終わるっっ !!
間じかに控えた、今回の収穫が実りのあるものだったら、この優しすぎる魔王にお腹一杯何か食べさせようと思う。自分の魔力どころか、その日食べる物まで、分けてあげてしまう。困った男。皆が幸せでないと、幸せになれない困った魔王。
甘すぎる。ぬる過ぎる。そうは思うけど、それがこの男の良い所だと分かっている。そんな男だから、私はこの、落ちつつある世界に留まった。
(それと、取り合えずの私の目下の目標は食量不足の解消だが、その先にはこの男の体質改善がある。)
「収穫かぁ、いっぱい採れると良いなぁ・・。あーー、でも、その前に、この山の様な書類をやっつけちゃわないとねぇ」
実地での仕事も大事だが、その栽培方法、管理のデータ、物流の流れ、その他色々。私達にはやらなくちゃいけないことが山とある。大変だ。
一人しみじみ呟いた――――その時、
――――バタバタバタ・・・・と、静かな廊下を走る複数人の足音。私が居る執務室の前で止まったな。そう思った瞬間。直後に蹴破る勢いで開けられたドア。
私は、慌てず「ああ、又か」と、凝った首を回す。面倒臭い。とにかく面倒臭い。それだけだ。
(門番は何をやっているんだ・・・・ああ、そうだ。畑でジャガイモの種蒔きを、やってもらってるんだったわ。じゃぁ、警備兵。あいつらは・・やっぱり畑だったか)
ガンッ ! と開いた場所に、ぞろぞろと不法侵入者、多数。土足の足に私の目が据わる。でも、そんな事には一ミリも気づかず、まだ若い男が大声を張り上げる。
「我こそは人が世界のヤニベの王子、アル・ムリフィン ! 魔王よ ! 私は貴様を――」
「うっるさいっっ ! 」
地を這う声で一喝。
「えっ ! だが、あの、これは通過儀礼の様な物だから言っておかないと・・・・」
私の恫喝に怯む金髪。周りの家臣らしい男女も一瞬たじろぐ。
「まったく。追い払っても、追い払っても湧いて出て来る。面倒臭いわ。まったくやってらんない。だいたい飽きたのよ。この、展開には。たまには何か、面白い登場でもしてみなさいよ ! 」
そう。今までも「打倒 ! 魔王 ! 」と言って、乱入してくる馬鹿者達は後を絶たなかった。こっちは別に悪い事なんてしていないのに、だ。こいつら人間は『魔』と付いただけで討伐したくなるらしい。何かの病気だろうか。うつったら困る。だから、そういう奴等は速やかに返り討ちにし、(魔王には内緒なので余り公にはしていないが)人間燃料に変えてリサイクルしている。けっこう燃費が良く重宝している。
こいつらも、血色が良くて実に燃料向きだ。
私の目が爛々と、その燃料候補の一人に張り付く。すると、値踏みする視線に気が付いたのか、こちらに声を掛けて来た。
「そなたは人間のようだが、何故こんな所に ? しかも、膝枕などを ? 」
「別に。ただ、イチャついているだけだけど。それが、何か ? 」
「いちゃ ? 」
頭にハテナを飛ばす金髪。その金髪に近くに控えていた背の高い男が耳打ちをする。
「何、なんだと。しかし・・」
「間違いありません。彼女は、我が国の術師が水の大鏡に映し出した「世界に恵みをもたらす少女」その人です」
「私も最初は似ていると思った。だが良く見ると、少し趣きが違うような気がするぞ」
「ええ。やつれている感じが・・・・」
「そうですわ。何だか、貧相に・・・・」
「随分と痩せて・・・・」
全員で顔を寄せ合い、私の悪口。ひそひそしているつもりらしいが、私の地獄耳には丸聞こえだっ。
だいたい私は、この四年でだいぶ細くなった自分の腕を、見っとも無いとは思わない。寧ろ、この状況で肥え太っていられる方が格好悪い。
そう。私は格好悪くなんて無い。この腕は自分の今までの頑張りを現した勲章だ。
「ちょっと、あんたたち。聞こえてるから ! そういう事は隠れてやってくんない ?! ってゆーか、出てって。私凄く忙しいから」
イライラと、さっきよりきつく言ってやる。
「ま、待ってくれ。話を聞いて欲しい」
周りの者と意見が纏まったのか金髪が、正座をする私に近付いて来て、
「娘よ、もしや、そなたは「世界に恵みをもたらす少女」では、ないのか ? 」
と、のたまった。
まったく。何の事やら、馬鹿馬鹿しい。今は、そんなライトノベルしている暇は無い。
「いいえ。違います。人違いです。他を当たって下さい。だから、帰って欲しい。イチャイチャの邪魔なんで。それとも見たいんですか ? 他人のイチャイチャを。自虐趣味のあるヘンタイですか。そうですか ? 」
イラつきがピークを迎えたようだ。私は頭に来ると言葉遣いが丁寧になる傾向がある。
「だが、そなたは異世界のじ――」
「だまらっしゃいっ ! 」
直も言葉を続ける金髪に私は等々、切れた。元々、気は短い方だが今は疲労でより、切れやすくなっている。
「そこの貴方。何なんですか。呼び鈴も押さず。アポイントメントも取らず。しかも、人様の家に土足で。廊下の張り紙が見えなかったの ? この城、土禁だから。だいたい、初めて人様の家を訪ねる時は、前々に、こうこう、こう言う事情で訪問すると、その旨を伝えるべきでしょう。勿論、菓子折りを持ってね ! 」
「菓子、おり ? 」
「そうです。持って来た ? 持って来てないよね ? じゃぁ、これから自分が取らなければならない行動が分かるよね ? 」
私の矢継ぎ早の言葉に、青い目を白黒させるが、勢いでうんうんと頭を上下させる金髪。見た目通り素直なのだろう。育ちの良さが伺える。
「分かった ! 分かったぞ、娘よ。私が不調法だったのだな。許してくれ」
「いいのよ。分かってくれれば」
「ああ。では、ちょっと行って来る。・・・・あ、そうだった。ここでは靴を脱ぐのだったな。よし」
律儀に重そうな装備の靴を脱ぐと回れ右をして走り、執務室を出て行った。
単純だ。馬鹿っぽい。だけど、自分の非を素直に認める姿勢は好感が持てた。何より、初めて会った時の魔王を思い出させてくれて懐かしくて嬉しい。
「おっ、王子 ?! 待ってください ! 」
「王子っ ! 」
バタバタと後に続く家臣達。でも、その慌ただしい中、男が一人だけ残った。さっき、金髪に耳打ちをしていた人物だ。
「何 ? 追い掛けなくていいの ? 」
膝の上の魔王を撫でながら目も上げずに問う。
「いいのですか、それで。あなたは人間でしょう ? この、傾きつつある魔界に居るいわれは、何も無いのではありませんか ? 」
理知的な男の言葉は、酷く冷たい。
きっと魔族に良い感情がないのだろう。そして、その長である王にも。
――――ならば私にとって、こいつは敵だ。
「私が何処の誰で、何処に居て、何処で死のうが、私の勝手でしょ。貴方には関係ないじゃない。放って置いてよ」
「・・・・・・・・」
「行って」
短い逡巡の後、踵を返す男。つれない態度の私に説得を諦めたようだ。これで静かになる、良かったと思う私は「あ、そうだった」と閃いて、静かに執務室から出て行く男の広い背に声を掛けた。
「あのさ、貴方。さっきの金髪に言っておいて。菓子折りは糖分高め。カロリー高め。量多めで、お願いってね。じゃぁ、よろしく~~」
声を掛けられた男は一瞬呆れた眼差しをするも、何も言わず今度こそ金髪の後を追って去って行った。
乱入者が居なくなり、とたん静まり返る室内。残されたのは私と魔王二人だけ。何よりも大事な時間が戻って来た。
「ん、まだちょっと顔色が悪いかな。しょうがない、もう少しだけ寝かせてあげる」
魔王が起きる頃には、さっきの金髪が御菓子を届けてくれるだろうから、そしたらそれでお茶にしようか。この、青い顔も糖分が入れば幾分増しになるだろうし。
「ねぇ、私頑張るから。きっと、立て直して見せるから・・・・」
柔らかく囁くと、魔王の頬に添えた私の手に、そっと冷たく大きな手が重なる。
「ね ? 立て直せたら、そしたら一緒にこの城の天辺に登って ? そして下を見て笑って。今よりも、もっと魔王っぽく」
本来の貴方らしく。
血の様に深く輝く赤い目を弓なりに細めて。
人間達が一目見ただけで、思わず息の根を止めてしまいそうな程、禍々しい魔力をその身にまとって。
慈しむ冷たい手に、屈んで唇を落とす。一つ。そして軽く閉じられた目蓋の奥に隠れている血の色を、もう片方の手でそっと覆う。
「だから、今は眠って」
起きるのには、まだ早い。私の傍で眠ってて。
そう遠くない未来。この城の天辺で笑う、その日まで――――。
元気になれば魔王は魔王らしくなると、アンコさんは思っているようですが、アレは地だと思います。アンコさんの方が余程らしいかと。
それにしても勢いで又、変なものを書いてしまいました。しかも又、異世界トリップかよっ ! って、言われそう。ドキドキ。だって好きなんです・・・・。