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勇者としてリスタート

 目を覚ました瞬間、世界は白だった。


 天井も、壁も、床も、境界というものが存在しない。

 どこまで続いているのかも分からない、ただ塗り潰したような白。


 ——“驚きの白さ”、なんて軽口を叩く気力すら、すぐに失せた。


 その白の中心に、異物があった。


 銅像。

 正確には、青銅色をした巨大な彫像だ。


 ローマ彫刻めいた造形。

 筋肉質な身体、深く刻まれた皺、豊かな髭。

 “ポセイドン”とか、“ゼウス”とか、そういう名前の雰囲気。


『——目覚めたな、勇者よ』


 声がした。


 反射的に振り向く。

 だが、そこには何もない。


 白。

 白。

 白。


 像は微動だにしていない。

 口も動かない。


 なのに——


『勝手ながら、君たちを選ばせてもらった』


 また声。


 老人の声色。

 だが、方向がない。


 右でも左でもない。

 頭の中でもない。


 空間そのものが喋っている、そんな感覚だった。


「……誰だ」


 声を出したつもりだったが、自分の声がやけに薄く聞こえた。


『四人だ』


 返答は即座だった。


『魔王を討伐し、そして——その直後に死を迎えた、偉大なる勇者が四人』


 ……魔王?


 ……勇者?


 脳内で、現実が必死に整合性を取ろうとする。


 ——魔王討伐。


 心当たりが、一つだけある。


 つい先日、深夜テンションで一気にクリアしたRPG。

 タイトルは〈オデッセイファンタジア〉。


 その後、エナドリ六缶目。

 胸の痛み。

 視界の暗転。


「……俺、死んだのか?」


 像は答えない。

 だが、声は続く。


『魔王討伐は、確かに素晴らしい偉業だ』


 妙に芝居がかった口調。


『それを成し遂げるには、努力と才覚、そして相応の覚悟が必要となる。無論、賞賛に値する』


 やけに慣れている。


 まるで、何百回も同じ台詞を読み上げてきたかのように。


『だがな』


 声が、少し低くなる。


『世界には、まだ“救われるべき人々”が数多く存在する。魔王を倒しただけで、物語が終わると思ってもらっては困る』


 ……困る?


 誰が? 何に?


 というか、俺が勇者?

 ……意味わからないんだが。


 俺は、無意識に銅像を睨んでいた。


 動かない。

 瞬きもしない。

 ただ、そこに置かれている。


 なのに、確信があった。


 ——この老人だ。


 喋っているのは、この像そのものか、あるいは、この像を通して喋っている何かだ。


「……あんた、まさか、神様みたいな?」


 試すように言う。


 一瞬の沈黙。


 それから、声は答えた。


『そう呼ぶ者もいる』


 否定はしない。

 肯定も、しない。


 胡散臭さが、じわりと滲み出す。


『ともあれ、選ばれし勇者よ。君たちには、次の舞台に立ってもらう』


「君“たち”って、どういうこと?」


 思わず問い返した。


「俺以外、誰も見当たらないんだけど」


 白一色の空間を見回しても、やはり俺一人だ。

 銅像は沈黙したまま、答える気配もない。


 ——と思った瞬間。


 空間が、ぱきりと割れた。


 正確には、割れたように見えただけ。


 白の中に、光の線が走り、そこから世界地図のようなホログラムが浮かび上がる。

 大陸があり、海があり。

 その各所に、赤いピンが次々と突き立てられた。


 さらに、その地図の上空に——

 長方形の小窓が、三つ、並んで出現する。


 まるでオンライン会議の画面だ。


『召喚されし勇者は、君の他に三人。まずは——女魔法使い〈サスペーリア〉』


 一つ目の窓が拡大される。


 映し出されたのは、ピンク髪の少女だった。


 艶のある髪。

 整った顔立ち。

 冷たいようで、どこか儚げな瞳。


 ——正直な感想が、口から漏れた。


「めっちゃ可愛い……」


 言ってから、少し後悔した。

 誰に聞かれてるわけでもないのに。


『彼女は、とある世界で魔王を討伐したパーティの一員だ』


 神の声は、俺の動揺など気にも留めない。


『魔王討伐後、魔王の核から噴き出した闇に侵され——少々、変調をきたした』


「……変調?」


 嫌な単語に、思わず口を挟む。


『少し変になった』


「ん、“少し変になった”ってどういう——」


 無視された。


『だが実力は確かだ。むしろ、以前よりも危険な領域に達している』


 さらっと怖いことを言う。


『君は彼女の近くに召喚する予定だ。仲間になるといい。相性も悪くない』


「相性って、何基準だよ……」


 小声で呟くが、返事はない。


『では、次』


 窓が切り替わる。


 今度は、金髪の女だった。


 背は高く、引き締まった体躯。

 背中には身長よりも長い棍。


 立ち姿だけで、空気が違う。


『彼女は〈ログネダ〉。とある世界で、単独で魔王を討ち果たした女僧侶だ』


「一人で!?」


 思わず声が上ずる。


『魔物狩りを得意とし、集団行動は好まん。一匹狼だが——』


 神の声が、わずかに楽しげになる。


『中々、面白い女だ』


 ……その評価、完全に個人的趣味入ってないか?


 ホログラムに映るログネダは、こちらを見ることもなく、遠くを睨んでいた


『——そして、最後』


 わずかに間を置いて、三つ目の小窓が切り替わった。


 映し出されたのは、黒髪の長髪を後ろで結った中年の男だった。

 掘りの深い端正な顔立ち。鋭い目つき。


 しかも服装がおかしい。


 ——袴だ。上は羽織。


「……え?」


 一瞬、思考が止まる。


 どう見ても、日本人。

 それも現代日本じゃない。

 時代劇からそのまま抜け出してきたような風体だった。


 俺が口を開く前に、神の声が淡々と告げる。


『彼の名は〈明智十兵衛光秀〉』


「……え、明智光秀?」


 思わず、素で声が出た。


 おいおいおい。

 それ、俺の知ってるかぎり歴史上の人物で、


『“侍”という特殊な職に就いていた、魔王討伐者だ』


「魔王討伐!? どういうこと!?」


 ツッコミが追いつかない。


『その討伐方法も、中々に味があってな。不意をついて討ち、天下を変え——』


「いやいやいや、ちょっと待ってくれ」


 俺は思わず叫んだ。


「それ、俺の世界だと“本能寺の変”って呼ばれてるやつだぞ!? 魔王討伐って、まさか……」


『世界が違えば、魔王の定義も違う』


 即答だった。

 しかも、まったく悪びれた様子がない。


 頭が痛くなってきた。


『——そして』


 神は何事もなかったかのように、視線——いや、意識をこちらに向けてきた。


『君だ、“オデッセ”』


「いや、それ俺の名前じゃないんだが」


 即座に訂正する。


「俺の名前は平沢良義。“オデッセ”ってのは、俺がプレイしてたゲームの主人公で——」


『君はパーティを率い、アイテム運用や一時停止ポーズ機能を駆使し、システムの隙を突いたバグ技で魔王を討ち果たした』


「なんか俺自身とゲームの話がこんがらがってない?」


 完全に無視された。


『その戦術は天才的だ』


「褒められてる気がしない!」


 俺の抗議は、白い空間に虚しく溶ける。


 そして、神はようやく核心を告げた。


『もっとも』


 声の調子が、少しだけ変わる。


『君たち四人に、この世界で再び魔王討伐をしてもらうつもりはない』


「……え?」


『それは、この世界に既に存在する“現役の勇者たち”の仕事だ』


 一瞬、安堵しかけて——すぐに嫌な予感がした。


『君たちが行うのは、その裏側だ』


 ホログラムの地図が再び浮かび上がる。

 魔王城や戦場ではない。


 小さな村。

 荒れた街道。

 誰にも助けられず、放置された場所。


『戦いの陰で取りこぼされる、村の困りごと。誰にも依頼されない小さな事件。救われないまま忘れ去られた人々——』


 神は、淡々と結論づけた。


『いわゆる、“サブクエスト”だ』


「……は?」


 あまりにも軽い言い方だった。


『それらを解決し、ポイントを貯めなさい。一定量に達すれば、君たちには良いことがある。“願い”だって叶えることができるのだ」


 静まり返る白の空間。


 俺は、ゆっくりと理解した。


 俺がこれから入るのは、おそらくメインストーリーの無い、サブクエだけの世界。


 いやいやそれって、


「……クソゲーじゃねぇか」


 思わず零れたその言葉に、神は、なぜか満足そうだった。

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