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95,南部の女

1960年代のアメリカはアメリカ自体も揺れている危うい季節でした。

『引き裂かれた星条旗編』後編。


公民権運動そしてベトナム戦争。

お話の主役をメアリーにもどします。

メアリーの人生を少し振り返ります。

1963年11月末 ワシントンD.C.


テレビは、同じ死を何度でも流した。


白黒の画面の中で、車がゆっくり角を曲がる。

人が手を振り、笑顔がある。

次の瞬間、何かが壊れる。


頭が後ろへはねる。

人が叫ぶ。画面がぶれる。

それで終わる。


終わるのに、また最初から流れる。


私はホワイトハウスの一室で、その映像を見ていた。

座っていたのか、立っていたのか、よく覚えていない。

誰が泣いていたのかも覚えていない。

覚えているのは、ブラウン管の白い光だけだ。


ジョン・F・ケネディは死んだ。


その事実を、私はまず映像で知った。

悲しむより先に、見てしまった。

そのことが妙に嫌だった。


人が死んだのに、もう“解説”が始まっていたからだ。


テレビの前では、みんな好きなことを言った。

若すぎた。油断していた。

南部を刺激しすぎた。

公民権に踏み込みすぎた。

極右の憎しみを甘く見た。

時代を急ぎすぎた。


誰もが原因をほしがり、意味をほしがっていた。

そして、にわかに「南部」という言葉が何度も口にされた。


南部の反動。南部の遅れ。

南部の憎悪。南部の極右。


その言葉を聞くたびに、私は妙に落ち着かなかった。


私は南部の人間だなんて、バージニアでは生まれてから意識したことがなかった。

バージニア州とワシントンD.C.のあいだには、川が一本あるだけだ。

大学へ出て、役所へ入り、ホワイトハウスで働いているうちに、自分はただ“この国の人間”だと思っていた。


でも、北のインテリたちは、南部を一つの言葉でまとめてしまう。

遅れた土地。反動の土地。

いつまでも古い考えにしがみつく土地。


そう言われるたびに、私は心のどこかで反発していた。


私の知っているバージニアは、それだけの場所じゃない。


春の芝生の匂いがあった。

教会帰りの家族がいた。

戦没者慰霊祭では、年老いた退役軍人が背筋を伸ばして立っていた。

夕方の食卓では、政治の話より先に、誰が働き、誰が家を守り、誰が礼を欠いたかが話題になった。

国を大事に思う気持ちがあった。

土地に対する愛着があった。

礼儀も、誇りも、家族を守る意識もあった。


もちろん差別はあった。

間違っていることも、たくさんあった。

私だって、それを見てきた。

学生新聞で学校閉鎖を取材した時、私はもう、あの土地の残酷さから目をそらせなくなっていた。


でも、何もかもが醜いわけじゃなかった。


そこに住んでいる人たちは、自分たちを怪物だと思って生きているわけじゃない。

むしろ逆だ。

まともに生きているつもりでいる。

家族を愛し、国を愛し、礼を守り、働くことを尊いと思っている。

その感覚の上に、古い考えや偏見や歴史の残りかすが積もっている。

だから厄介なのだ。


それに、南部だって、いつかは変わっていくはずだとみんなは思っていた。

時間はかかる。

腹も立つ。

見ていて嫌になることもある。

それでも少しずつ、黒人にも権利が必要だという考えは広がっていたと思う。

そんな空気は、たしかにあった気がする。


問題は、その変化が「自分たちで選んだ変化」ではなく、

「連邦から押しつけられた変化」に見えたことだった。


人は、いいことだと頭で分かっていても、押しつけられると反発する。

正しさそのものに反抗しているんじゃない。

選ぶ権利を奪われることに反抗するのだ。


私はそこで、ようやく自分の中の違和感の形が分かった。


私は南部の人間だ、と自分から強く思ったことはなかった。

けれど、まわりが私をその一員として数え始めた瞬間、自分の中でも南部を意識せざるを得なくなった。

腹が立ったのは、南部を悪く言われたからだけではない。

私まで、勝手に説明された気がしたからだ。


私はそういう人間ではない、と言いたくなる。

でも、そう言いたくなった時点で、もう相手の作った枠の中に入っている。


その時、父のことを思い出した。


父は義足だった。

硫黄島で片脚を失って帰ってきた。

家庭観は古かった。

娘に向かって、早く孫を見せろと言うような男だった。

でも、礼を知っていた。

責任を知っていた。

生きて帰れなかった者の重さを知っていた。


父は、古きよきアメリカの良心みたいな人だった。


そして、もしかすると、父は幸せだったのかもしれない、と私は思った。


片脚を失ったのに、幸せだったなんて、ひどい言い方だ。

でも、外に戦争があった時代の人は、自分を内側から苦しめる何かと長く向き合わなくて済んだ。

敵は外にいた。

何のために耐えるのかも、何のために失うのかも、与えられていた。

痛みは大きい。

でも、意味はひとつだった。


私たちの時代は違う。


敵が外にいるのか、内にいるのか、分からない。

正しいことが、国を割るかもしれない。

愛や平等や自由の言葉が、人を追いつめることもある。

誰もが正義を口にするのに、誰も落ち着かない。


その時、頭のどこかで、嫌な考えが浮かんだ。


外に戦争がある時、人は結束できる。


もちろん、戦争は人を壊す。

そんなことは分かっている。

父の脚を見れば分かる。

墓地へ行けば分かる。

それでも、外に敵がいるあいだだけ、国は内側で壊れずに済むことがある。


私はその考えを、すぐには言葉にしなかった。

言葉にしたら、戻れなくなる気がしたからだ。


※※※※※※※※※※


机の上には、一通の辞令があった。


国防総省。

ロバート・マクナマラ長官付き。


それは、ケネディがくれた最後の贈り物みたいなものだった。


本当は、私はもっと早くペンタゴンへ移るはずだった。

でも少しだけ、わがままを言った。

ホワイトハウスに、もう少しいたいと。

大統領の映像で、この国を満たしてからにしたいと。


そうすれば、この国はまだひとつだと見せられる気がしたからだ。


その願いは、ダラスで砕けた。


私は辞令を手に取った。

長官とは何度か会ったことがある。

数字だけの人だ、と陰で言われていた。

冷たい。

計算高い。

人間を表にする。

そういう悪口は、いくらでも聞いた。


でも、会った私には少し違って見えた。


数字だけの人ではない。

少なくとも、人の言葉が通じる人だった。

それに、あの人もまた、何かが壊れる音を聞いている気がした。


本当のところは、まだ分からない。

分からないまま行くのだ。


でも、見ないと分からないことがある。

近くへ行かないと分からないことがある。

この国がどこで軋み、どこで怒り、どこで壊れようとしているのか。

それを私は見なければならないと思った。


手帳を開く。

中には、古びた一枚の紙が挟まっていた。


南軍の軍票。

ダレスにもらったものだった。


価値のない紙切れ。

敗者の紙。


でも、その紙を見ていると、国が割れた時に消えるのは金の価値だけではないのだと分かる。

もっと厄介なものが残る。

記憶――土地の匂い。家族の背中。

言葉にできない好き嫌い。

そういうものが、ずっと残る。


私は手帳を閉じた。

辞令を鞄に入れた。


テレビの中では、まだ大統領が死んでいた。


私はもう目を逸らさなかった。


そうして私は、ペンタゴンへ向かった。

数字で人を動かそうとする男に会うために。

そして、自分の中に生まれたその嫌な考えが、どこまで本物なのかを見るために。

そこにいるときは自分を定義なんてしなかった。でも、知らず知らず人は自分を定義し、人にレッテルを張る――その反発がテーマになってきます。


【お知らせ】長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。

改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)

改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)

ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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