91,大統領の伝言
この幕間のシリーズは、ケネディ暗殺の陰謀論と実話を切り分けるプロセスで発見しました。
会話内容などは小説ですが、人物、出来事は史実に沿って作っています。
スパイ映画さながらの出来事が恐ろしく絶妙なタイミングで起きていたんですね!
幕間では、リサを中心に解読されないようにイニシャルが沢山出てきます。
以下一覧です。スリリングなスパイ物語のような実話ほぼが始まります。
F.C.(フィデル・カストロ)――キューバ革命の最高指導者/『農園主』
L.H.(リサ・ハワード)――ABCの看板記者
W.A.(ウィリアム・アットウッド)――米国側の実務担当
L.(カルロス・レチュガ)――キューバ国連代表、表の窓口
R.V.(レネ・バジェホ)――カストロの側近兼主治医/『主治医』
K(ジョン・F・ケネディ)――アメリカ大統領/『クライアント』
J.D.(ジャン・ダニエル)――フランス人ジャーナリスト、最後の伝言役
分からなくなったらここをみて下さい。
1963年11月19日。ニューヨーク。
ABCニュースの看板特派員、リサ・ハワードは、アパートメントの薄暗い部屋で一人、テレビのブラウン管を見つめながら煙草を吹かしていた。
画面には、数日後に迫ったK(ケネディ大統領)のテキサス遊説のニュースが流れている。
訪問地の中には、南部の保守派と軍需産業の牙城である「ダラス」が含まれていた。
リサは吐き出した煙の向こうで、嫌な予感に眉をひそめた。
ダラス。
あの街の名を聞くだけで、皮膚のどこかがざらつく。
拍手と歓迎の笑顔の下に、もっと別の感情が沈殿している街。
礼儀の皮を被った憎悪が、昼間から平然と歩いている街。
なぜ、あんな虎の穴へ自ら飛び込む必要があるのか。
昨夜、ウィリアム・アットウッドは「空白の封筒」を持ってワシントンへ向かった。
あの封筒にK自身の名前はどこにも書かれていない。
書けないのだ。
もし書けば、それは外交になる。
もし残せば、それは証拠になる。
もし漏れれば、国家は自分の大統領すら守らない。
リサには、その理由が痛いほど分かっていた。
ピッグス湾事件でのCIAの暴走。
一昨年のミサイル危機での、ペンタゴン(軍部)の好戦的な突き上げ。
Kはすでに、自国の「戦争を望む怪物たち(システム)」を信用していなかった。
彼は今、彼らの頭越しに世界を動かそうとしている。
もし、敵国の独裁者と秘密裏に手を結ぼうとしていることが漏れれば。
タカ派どもは、大統領を国家反逆者とみなし、あらゆる手段で排除に動くだろう。
Kは今、文字通り薄氷の上を歩いているのだ。
リサはテレビの音を消した。
部屋に残るのは、暖房の低い唸りと、煙草の先が燃える微かな音だけだ。
彼女はグラスを取り上げ、少しだけ口をつけた。
そして、今年の春に訪れた南の島の熱気を思い出す。
キューバは、若い。
革命そのものが若く、エネルギーに満ち溢れている。
彼女が直接カメラを向けたあの男――フィデル・カストロ。
彼は、ワシントンの廊下を歩くような、灰色のスーツを着てミサイルの数を数える退屈な老人たちとはまるで違っていた。
常にオリーブグリーンの軍服を纏い、葉巻を咥え、何時間でも情熱的に語り続ける。
ワシントンが束になっても敵わない、圧倒的で野性的なカリスマ。
リサの目から見れば、彼は独裁者というよりも、「歌を歌わないロック歌手」だった。
そして、その傍らに静かに佇むもう一人の男、チェ・ゲバラ。
冷徹な知性と、カメラ映りの良すぎる端正な顔立ちを併せ持つ彼は、まだ国際政治の表舞台では脇役かもしれない。
だが、見る者が見れば分かる。
あの男はいずれ、国家ではなく、もっと別のもの――理念や怒りや若さそのものの顔になる。
ああいう政治家は、アメリカには一人もいない。
だからこそ、彼らになら、分厚い冷戦の氷を砕けるかもしれない。
リサはその夜、危険なほど本気でそう信じていた。
※※※※※※※※※※
その頃。ワシントンD.C.。
ウィリアム・アットウッドは、夜行列車で到着したばかりの疲れもそのままに、西棟の執務室で「空白の封筒」をテーブルに置いていた。
「ハバナからの返答です。」
彼は短く言った。
「先方は、秘密飛行場での“代理人”との直接対話を了承しました。アジェンダはこの中にあります。」
机の向こうの男は、封筒を開く前にまずアットウッドの顔を見た。
ここへ来るまでどれだけ神経を削ってきたか、その顔色だけで測るように。
「向こうは本気か。」
「少なくとも、探り合いの段階は終わっています。」
「こちらも、そうだ。」
短い返答。
やがて執務室の扉が開き、足早な靴音が一度だけ遠ざかる。
数分後、戻ってきた男はそれ以上の説明を省き、ただ短く頷いた。
それで十分だった。
大統領の決裁(GOサイン)が下りたのだ。
ダラスでの遊説から戻り次第、アットウッドを極秘裏にハバナへ飛ばす。
紙にすれば危険すぎるその計画が、ホワイトハウスの内部で、しかし公式文書の外側で、静かに形を持ち始めていた。
アットウッドは封筒を再び内ポケットへしまった。
その時、彼はふと、自分が外交官ではなく運び屋の顔をしていることに気づいた。
国家と国家のあいだではなく、二人の男――KとF.C.のあいだをつなぐ、ただ一本の危険な線の運び屋。
それでも、彼はその役を引き受けるしかなかった。
※※※※※※※※※※
その頃。
フランス人ジャーナリスト、ジャン・ダニエルは、数日後のキューバ行きに備えていた。
数週間前――10月24日。ワシントンのオーバル・オフィスでKと面会した際、彼はある非公式のメッセージを託されていたのだ。
それは公式文書ではない。
署名も、印章も、議会に見せるための言葉でもない。
ただ一人の大統領が、敵国の指導者へ回そうとした、人間の言葉だった。
「彼に伝えてくれ。」
Kは静かに言った。
「我々は、平和を望んでいると。」
ダニエルはその一文を、録音も記録もないまま頭の中にしまい込んでいた。
あまりに短く、あまりに危うく、だからこそ忘れようがない言葉として。
彼はその時、まだ理解していなかった。
それが国家の声明ではなく、一人の人間がもう一人の人間へ向けて投げた、ぎりぎりの言葉であることを。
そして、その短い言葉が、数日後には歴史そのものを測る重さを持つことを。
※※※※※※※※※※
同じ夜。ニューヨーク。
リサは眠れなかった。
窓の外ではマンハッタンの灯がいつも通りに瞬いている。
タクシーの音も、遠くのサイレンも、何一つ変わらない。
なのに彼女には、世界の見え方だけが少し変わってしまったように感じられた。
春にハバナで受け取った紙切れ。
九月の最初の握手。
十月の危険な回線。
十一月十八日の黒い電話機。
そして今、ダニエルが運んでいるあの短い言葉。
どれも単体なら、歴史の脚注にもならないほど小さい。
だが、それらが一本の線でつながった瞬間、国家同士が、もはや新聞の見出しではなく、人間同士の会話へ戻れるかもしれないところまで来ていた。
リサは煙草に火をつけなかった。
ただ、窓辺で腕を組んだまま、ダラスの天気予報を思い出していた。
空は晴れるらしい。
なぜか、そのことがひどく不吉に思えた。
それでも彼女は、今夜だけは希望を信じたかった。
あの若い大統領と、あの歌を歌わないロック歌手と、その傍らに立つ冷たい革命家。
彼らなら、世界を別の方向へ少しだけ押せるかもしれない。
そして、その最初の言葉は、今もうダニエルの胸の中にある。
「……彼に伝えてくれ。我々は、平和を望んでいると。」
その短い言葉が、数日後には国家の運命を左右する重さを持つことを、この時まだ誰も知らなかった。
リサ達の接触は「運命の日」に間に合うのか――
長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。
改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)
改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)
ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。
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