90,秘密飛行場
この幕間のシリーズは、ケネディ暗殺の陰謀論と実話を切り分けるプロセスで発見しました。
会話内容などは小説ですが、人物、出来事は史実に沿って作っています。
スパイ映画さながらの出来事が恐ろしく絶妙なタイミングで起きていたんですね!
幕間では、リサを中心に解読されないようにイニシャルが沢山出てきます。
以下一覧です。スリリングなスパイ物語のような実話ほぼが始まります。
F.C.(フィデル・カストロ)――キューバ革命の最高指導者/『農園主』
L.H.(リサ・ハワード)――ABCの看板記者
W.A.(ウィリアム・アットウッド)――米国側の実務担当
L.(カルロス・レチュガ)――キューバ国連代表、表の窓口
R.V.(レネ・バジェホ)――カストロの側近兼主治医/『主治医』
K(ジョン・F・ケネディ)――アメリカ大統領/『クライアント』
J.D.(ジャン・ダニエル)――フランス人ジャーナリスト、最後の伝言役
分からなくなったらここをみて下さい。
1963年11月18日。深夜。ニューヨーク、マンハッタン、アッパー・イースト・サイド。
冷たい晩秋の雨が窓を叩いていた。
リサ・ハワードのアパートメントには、いつものパーティーの喧騒も、モダンジャズの音もない。
灯りを落としたリビングには、黒い電話機と、二つのコーヒーカップと、神経質な沈黙だけが置かれていた。
キッチンの蛇口は、今夜も細く水を流している。
部屋の隅ではラジオが、番組にもならないほど小さな音量でホワイトノイズを吐いていた。
盗聴を防げるとは、誰も本気では思っていない。
だが、何もしないまま聞かれるよりは、少しでも“聞きにくくしてやる”方がましだった。
リサは受話器の前に座り、指先でその黒い縁をなぞった。
昼間はただの家具に見えるこの機械が、夜になると突然、世界の裏側へ通じる黒い穴になる。
窓際では、ウィリアム・アットウッドが部屋の中を落ち着きなく歩き回っていた。
差し出されたコーヒーには手をつけず、ただ時折、内ポケットの上から胸元を押さえるような仕草をする。
そこには、まだ紙にもなりきっていないアジェンダの骨格が、彼の神経そのもののように詰まっていた。
「確認する。」
彼は低い声で言った。
「農園主はF.C.(フィデル・カストロ)。主治医はR.V.(レネ・バジェホ)。クライアントはK(ケネディ大統領)。私は代理人。君は女主人。」
「その確認、今夜で三度目よ。」
「何度でも確認するさ。間違えると死ぬ。」
リサは小さく息を吐いた。
「安心して。私はまだ生きていたいわ。」
「私もだ。」
アットウッドは短く答えた。
「だから、妙な音が入ったら切れ。途中で相手が本物でもだ。今夜は、確信より長生きの方を取る。」
リサは頷き、灰皿の中で煙草を揉み消した。
春のハバナから始まったこの線は、九月の丸テーブルを通り、十月の黒電話を潜り抜け、ようやくここまで来た。
探り合いは終わった。
今夜は、言葉がついに行動へ変わる夜だった。
※※※※※※※※※※
その時だった。
ジリリリリ……。
深夜の部屋に、国際電話のベルが鋭く鳴り響いた。
リサが素早く受話器を取る。
「……ニューヨークの天気は最悪よ。」
短い沈黙。
向こうで、あの湿ったノイズが小さく鳴る。
本物だ。
今度は最初から分かった。
「こちらも同じだ。」
R.V.の低い声が返ってくる。
「農園主の機嫌は?」
「待ちくたびれている。」
「収穫は?」
「今週中なら腐らない。」
リサは目を伏せたまま、言葉の温度だけで意味を測っていく。
今週。腐らない。
つまり、先方はもう待たないということだ。
「見学人は一人。」
彼女は慎重に言った。
「耳はある。口は少ない。」
「それでいい。」
「道は。」
「海に近い。」
「表門は。」
「使わない。」
「見本は。」
「紙では送らない。」
数秒の沈黙。
ラジオのノイズと蛇口の水音だけが、部屋の空気を薄く揺らしている。
リサは送話口を手で塞ぎ、アットウッドを見た。
「向こうは、今週中に動きたいと言ってる。」
アットウッドは一瞬だけ目を閉じた。
それは驚きではなく、ついに来たものを受け入れる顔だった。
「どこまで具体化している。」
「かなり。」
彼女は受話口に手を当てたまま続けた。
「第三国経由。海に近い裏口。表門は使わない。見本は紙で送らない。つまり――」
「分かってる。」
アットウッドは低く言った。
「秘密飛行場だ。」
リサは再び送話口から手を離す。
「主治医。こちらの代理人は、耳だけで十分だと言ってる。」
向こうで、ごく短い呼気。
R.V.が意味を理解した合図だった。
「なら、次は代理人が話すべきだ。」
リサは受話器を少しだけ押さえ、アットウッドへ差し出した。
「どうする。」
アットウッドは受け取らなかった。
代わりに、内ポケットから白い封筒を取り出す。
宛名もない。
差出人の名前もない。
政府の印字すらない、完全なる『空白の封筒』。
中に入っているのは、まだ清書もされていない数枚のメモだけだ。
だがその余白には、彼が頭の中だけで組み立ててきた対面会談のための極秘のアジェンダが、すでにびっしり詰まっていた。
リサは目を細めた。
「それが、Kのところまで行くの。」
「Kの机に直接置かれるかどうかは分からない。」
アットウッドは正直に答えた。
「だが、ホワイトハウスまでは持っていく。ここまで来て、口頭だけで済ませるわけにはいかない。」
「紙は残すなって言われたんでしょう。」
「だから封筒も中身も、必要ならその場で燃やせるようにしてある。」
そう言いながらも、彼は封筒を指先で軽く叩いた。
まるで、その薄い紙の感触で自分の覚悟を確かめているようだった。
リサはまだ受話器を握ったままだった。
線の向こうでは、R.V.が返答を待っている。
この沈黙が長すぎれば、線は不信へ変わる。
短すぎれば、覚悟が足りないように見える。
彼女は低い声で言った。
「主治医。こちらの代理人は、夜明け前に発つわ。返事は持って行く。……ええ、向こうにもそのつもりがあるなら、もう探り合いの段階は終わり。」
受話器の向こうで短い応答。
リサはそれを聞き終えると、ほんの少しだけ口元を緩めた。
「分かった。F.C.に伝えて。北にも、まだ耳は残っている。」
※※※※※※※※※※
彼女は受話器を置いた。
その音は小さかったが、部屋の空気を決定的に変えるには十分だった。
今この瞬間、回線はニュースでも外交ごっこでもなくなった。
誰かが動けば、歴史が動く地点まで来てしまったのだ。
アットウッドはコートを手に取った。
「……私はこれから、夜行列車でワシントンD.C.へ向かう。明日の朝一番で、この南からの返答をホワイトハウスへ届ける。まずは最終承認を取り付けるんだ。」
「間に合うの。」
「間に合わせるしかない。」
「もし、途中で誰かに止められたら。」
アットウッドはそこで初めて、少しだけ笑った。
だが、それは冗談の笑いではない。
「その時は、何も知らなかったことになる。最初から、その条件で引き受けた。」
リサはしばらく彼を見つめていた。
九月の最初の握手以来、この男はずっと上品な実務屋の顔をしていた。
だが今夜だけは違う。
切られ役になるかもしれないことを知りながら、なお走る人間の顔をしていた。
「頼んだわ。」
彼女は静かに言った。
「この細い糸を切らないで。」
アットウッドは答えなかった。
ただ小さく頷き、雨に濡れたコートを羽織る。
玄関の扉が開く。
冷気が一瞬だけ部屋へ流れ込み、すぐ消えた。
やがて、彼の足音も階段の向こうへ遠ざかっていく。
テーブルの上には、ラジオのノイズと、水道の細い音と、受話器に残った熱だけが残されていた。
リサはしばらく、その黒い電話機から目を離せなかった。
この線がつながっている限り、戦争ではなく会話が、まだ歴史に間に合うかもしれない。
だが同時に、その線にぶら下がっている全員が、いつ切り捨てられてもおかしくなかった。
受話器は黙っている。
なのに、彼女にはそこから微かなノイズがまだ聞こえる気がした。
ニューヨーク、ワシントン、ハバナ。
北と南のあいだで、まだ誰にも見つかっていない一本の糸が、闇の中で震えている音だ。
その糸は、いつか誰かの手で切られる。
リサは、なぜかその予感だけを、はっきり持っていた。
運命のダラスの銃撃まで、あと「4日」に迫っていた。
次回ケネディの返事は――?
長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。
改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)
改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)
ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。
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