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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
幕間,もう一つのケネディ暗殺の裏側~ワシントンに続く細い回線
89/105

88,黒い電話機

この幕間では、リサを中心に解読されないようにイニシャルが沢山出てきます。

以下一覧です。スリリングなスパイ物語のような実話ほぼが始まります。


F.C.(フィデル・カストロ)――キューバ革命の最高指導者/『農園主』

L.H.(リサ・ハワード)――ABCの看板記者

W.A.(ウィリアム・アットウッド)――米国側の実務担当

L.(カルロス・レチュガ)――キューバ国連代表、表の窓口

R.V.(レネ・バジェホ)――カストロの側近兼主治医/『主治医』

K(ジョン・F・ケネディ)――アメリカ大統領/『クライアント』

J.D.(ジャン・ダニエル)――フランス人ジャーナリスト、最後の伝言役


分からなくなったらここをみて下さい。

表の回線だけでは足りなかった。


Lカルロス・レチュガは有能だった。

国連代表として、正規の手順で報告し、正規の手順で返事を待つ。その慎重さはキューバの外交官として正しい。

しかし、アメリカとキューバが核戦争一歩手前まで行ったあとに必要なのは、“正しさ”よりも速さだった。


リサ・ハワードは、それを本能で理解していた。


十月末。ニューヨーク、アッパー・イースト・サイド。

夜の街は相変わらず美しかったが、彼女の部屋の中だけは、まるで別の戦場の前線司令部のように静まり返っていた。


カーテンは半分だけ閉める。

窓際のスタンドは落とす。

レコードはかけない。

その代わり、キッチンの蛇口をほんの少しだけ開け、水音を細く流し続ける。

サイドテーブルの上には、黒い電話機、灰皿、そして白紙のまま伏せられたメモ帳だけが置かれていた。


アットウッドはその様子を見て、眉をひそめた。


「そこまでやるのか?」


「そこまでやらなきゃ嫌なのよ。」


リサは煙草に火をつけ、黒い電話機を見た。

昼間はただの家具にしか見えない。

だが夜になると、それは突然、世界の裏側へ通じる黒い穴になる。


「盗聴を恐れてるのか?」


「恐れてないわ。」


彼女はゆっくり煙を吐いた。


「確信してるの。」


アットウッドは答えなかった。

その沈黙が肯定だった。


「確認する。」


彼は低く言った。


「農園主はF.C.(フィデル・カストロ)。主治医はR.V.(レネ・バジェホ)。クライアントはK(ケネディ大統領)。私は代理人。君は女主人。」


「覚えてるわ。」


「名前は出すな。途中で妙な音が入ったら切れ。向こうが本物でもだ。」


「本物でも?」


「聞かれている線で続けるよりは、切った方がましだ。」


リサは肩をすくめた。


「あなた、向いてるわね。」


「何に。」


「臆病な仕事に。」


「臆病じゃない人間は、こういう仕事を長くやれない。」


彼女は少しだけ笑った。

だがその笑いは、部屋の空気を軽くはしなかった。


※※※※※※※※※※


同じ頃。ハバナ。


薄暗い執務室の隅で、R.V.(レネ・バジェホ)が受話器を手にしたまま立っていた。

その横で、フィデル・カストロは窓辺に寄りかかり、葉巻の火を赤く滲ませている。

部屋の壁には世界地図が掛けられ、その前にチェ・ゲバラが腕を組んで黙って立っていた。


「先ずは試す――本当ですか?」


バジェホが低く言った。


「最初の一本は試す?」


「最初だからだ。」


カストロは平然と答えた。


「この提案が本物なら、向こうの女は簡単にはに乗らん。」


「記者にしては酷だな。」


ゲバラが言う。


「記者だからだろう。」


カストロは小さく笑った。


「ただのテレビ女なら、ここで落ちる。」


バジェホは一瞬だけためらった。

だが、結局は何も言わず受話器を耳に当てた。


※※※※※※※※※※


ニューヨーク。

リサは受話器を取る前に、もう一度だけアットウッドを見た。

彼は頷きもしなかった。ただ立ったまま、目だけで「始めろ」と言っていた。


最初の呼び出しは長かった。

一度、二度、三度。

海を越え、交換を重ね、いくつもの耳と機械を経由して、それでもどこかへ届いているはずの音。


四度目のあと、ようやく回線が開いた。


だが、向こうは何も言わなかった。


ノイズだけが、薄く、ざらついた砂のように流れている。

遠い熱帯の空気ではなく、もっと人工的で、乾いた雑音だった。


リサは何も言わなかった。

アットウッドが指先だけで合図する。

切れ。


彼女は無言で受話器を戻した。


「今のは?」


「分からない。」


「向こうかもしれない。」


「だから切ったのよ。」


アットウッドは唇を噛んだ。

疑いすぎれば線は死ぬ。信じすぎればこちらが死ぬ。

その境目を、今夜はずっと手探りで渡るしかない。


二度目の呼び出し。

今度は短かった。

二回目のベルの途中で回線が開く。


「……こちら、果樹園です。」


男の声だった。

スペイン語訛りはあるが、言い方が妙に平板だ。


リサの指先が、受話器の縁で止まった。


果樹園。

その言葉は、事前に決めた符牒にはなかった。


アットウッドには、まだ分からない。

だがリサには一瞬で分かった。

向こうは本物ではないか、あるいは本物でも、こちらを試している。


彼女は目を伏せたまま、何でもない調子で答える。


「まぁ、夜更けまで大変ね。こちらは果物より砂糖の出来の方が気になるけれど。」


向こうが、ほんのわずかに間を置く。


「今年は雨が多くて。」


違う。

その答え方ではない。

春以来、R.V.は“雨”という語を使わない。彼はいつも「湿気」と言う。


リサはまばたきひとつでアットウッドへ視線を送った。

違う。


「お気の毒に。」


彼女はあくまで穏やかに答えた。


「では、また昼間にでも。」


そのまま受話器を置く。


部屋の中には、水道の細い音だけが残った。

アットウッドが一歩踏み出す。


「偽物か?」


「少なくとも、主治医じゃない。」


「盗聴か、確認か。」


「どっちでも同じよ。こっちが生きてるって教えた。」


アットウッドはメモ帳へ手を伸ばしかけ、すぐにやめた。

書けない。

今夜は何も残せない。


その時、黒い電話機がもう一度鳴った。


一度。

短く、鋭く。

まるで、さっきの会話そのものが前座だったとでも言うように。


リサは受話器を見つめたまま動かなかった。


今度こそ、本物かもしれない。

あるいは、もっと質の悪い罠かもしれない。


黒いベルが、もう一度鳴る――。

電話越しの駆け引きが始まります。


こんなに長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。

改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。(初めはヒューマンドラマを描く予定でした。)

改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。(日本編の前まで改稿よていです!)

ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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