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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
幕間,もう一つのケネディ暗殺の裏側~ワシントンに続く細い回線
88/105

87,Kの条件

この幕間では、リサを中心に解読されないようにイニシャルが沢山出てきます。

以下一覧です。スリリングなスパイ物語のような実話ほぼが始まります。


F.C.(フィデル・カストロ)――キューバ革命の最高指導者/『農園主』

L.H.(リサ・ハワード)――ABCの看板記者

W.A.(ウィリアム・アットウッド)――米国側の実務担当

L.(カルロス・レチュガ)――キューバ国連代表、表の窓口

R.V.(レネ・バジェホ)――カストロの側近兼主治医/『主治医』

K(ジョン・F・ケネディ)――アメリカ大統領/『クライアント』

J.D.(ジャン・ダニエル)――フランス人ジャーナリスト、最後の伝言役


分からなくなったらここをみて下さい。

その後の数週間、回線は細く、危うく、それでも執拗に生き延びた。


ニューヨーク、ワシントン、ハバナ。

三つの都市のあいだを、まだ誰の名前も持たない一本の線が、電話線のように張り渡されていた。

どこまでが外交で、どこからが裏面工作なのか、当事者たち自身にも分からない。

ただ確かなのは、その線があまりにも細く、一本でも結び目を間違えれば、全員が闇へ落ちるということだけだった。


表の窓口はLカルロス・レチュガ

裏の仲介者はリサ・ハワード。

そして、ハバナ中枢へ最短で繋がる影の回線を握っていたのが、F.C.(フィデル・カストロ)の側近にして主治医でもあるR.V.(レネ・バジェホ)だった。


名前は出さない。

政府の印字を残さない。

証拠になる紙は作らない。

漏れた瞬間に、すべては存在しなかったことになる。


そのルールだけが、最初から決まっていた。


※※※※※※※※※※


1963年10月。ワシントンD.C.、ホワイトハウス、西棟。

国家安全保障担当補佐官の執務室。


「南の島のF.C.から、返答がありました。」


分厚い絨毯の上に立つウィリアム・アットウッドは、極度の緊張で喉を鳴らした。


「我々との対話を、強く望んでいると。こちらが本気なら、先方も本気で来る。」


机の向こうで、マクジョージ・バンディはしばらく黙っていた。

書類の上に落ちる照明の光が、彼の横顔だけを冷たく照らしている。

やがて彼は紙から目を上げ、いかにも事務的な声で言った。


「大統領――K(ケネディ大統領)の意向を伝える。交渉を継続しろ。アジェンダ(議題)を整理し、直接対話への道筋を立てろ。」


アットウッドが安堵の息を吐きかけた瞬間、バンディの鋭い視線が彼を射抜いた。


「ただし、これは『米政府の公式交渉』ではない。」


その一言で、部屋の温度が変わった。


「ホワイトハウスが主導しているという証拠ペーパーは一切残すな。CIAにも、国務省のタカ派どもにも絶対に嗅ぎつけられるな。もしこの裏面工作が外部に漏れたら……政府は君の存在を知らないと公言し、すべてを否認する。それでも進める覚悟はあるか?」


「はい。……承知しています。」


アットウッドはそう答えたが、自分の声が少し乾いているのを感じていた。

否認されることを前提に進める外交。

それは外交というより、ほとんど片道の潜入に近い。


バンディは彼の返答に頷きもしなかった。

ただ、机の端を指で一度だけ叩いた。


「君は優秀だ、アットウッド。だからこの任務が回ってきた。だが、優秀だからこそ一つだけ忘れるな。」


「何をでしょう。」


「この件において、君はアメリカ政府ではない。」


その言葉は奇妙な響きを持っていた。

国家の中枢に立ちながら、国家の看板を外される。

それがこの任務の本質だった。


「必要とあれば、切られる。そういう役目ですか。」


アットウッドは半ば確認するように言った。


バンディはそこで初めて、かすかに口元を動かした。

笑ったのかどうかさえ分からない程度の動きだった。


「必要とあれば、最初から存在しなかったことになる。」


部屋の窓の外では、十月のワシントンの空が、嘘のように高く晴れていた。

だがアットウッドには、その光景がむしろ悪趣味に思えた。

この街はいつだって、最も危険なことを最も整った机の上で決める。


「先方はどこまで本気だと思う?」


バンディが唐突に訊いた。


「F.C.は試しています。」


アットウッドは即座に答えた。


「こちらが本当に政府中枢へ届く線なのか、それとも、またどこかの下僚か、あるいは挑発の罠なのかを。ですが、少なくとも“会う気があるかどうか”の段階は越えています。」


「向こうは何を欲している。」


「まず第一に、体面です。アメリカに膝をつかされる形では話に乗らない。第二に、安全保障。ミサイル危機のあと、彼らはアメリカを信用していない。第三に、キューバ抜きで何かを決められることへの拒絶です。」


バンディは短く頷いた。

その分析は彼にとっても想定内だったのだろう。


「つまり、相手は国家として扱われたい。」


「はい。」


「そしてこちらは、国家として扱っていることを公には認められない。」


「……はい。」


そこに、この工作のほとんど狂気じみた矛盾があった。

相手を真剣に扱わなければ前に進まない。

だが真剣に扱っていると知られた瞬間、こちらの内部が爆発する。


バンディは椅子にもたれたまま、しばらく天井の一点を見ていた。

その横顔には、官僚の疲労と知性が同じ濃さで刻まれていた。

やがて彼は、まるで自分自身に言い聞かせるように低く言った。


「戦争を始めるより、平和の糸を通す方が、はるかに面倒だ。」


アットウッドは何も答えなかった。

その通りだったからだ。


※※※※※※※※※※


その時、半開きの扉の向こう――オーバル・オフィスの奥で、ロッキングチェアがかすかに軋んだ。


アットウッドは息を止めた。


窓に背を向けた男の輪郭は逆光に溶け、顔までは見えない。

だが、彼にはそれで十分だった。

あの椅子の軋み方を、彼は知っている。


Kは、そこにいる。


国家安全保障担当補佐官が口にした文言の向こうで、もっと危うく、もっと個人的な意思がこの計画を押している。

アットウッドはその事実に、奇妙な安心と、より深い恐怖を同時に覚えた。


安心――大統領が本気だということ。

恐怖――大統領が本気であるほど、この計画は危険だということ。


「入ってこい、と言われると思ったか?」


不意にバンディが言った。


「……少しは。」


「今日はない。」


短い返答だった。

だが、その言葉で十分だった。

Kは姿を見せない。

見せられないのだ。

この件は、名前より先に意思だけが動いている。


アットウッドは一瞬、奇妙な空虚さを覚えた。

自分は今、合衆国大統領の意志を受けて動いている。

だがその意志は、文書にも残らず、握手にもならず、証拠のないまま自分の胸の中だけへ落とし込まれていく。


それは命令であると同時に、口約束よりも脆い何かだった。


「帰って準備を進めろ。」


バンディが言った。


「先方に、線はまだ生きていると伝えろ。だが、こちらから具体名は出すな。相手に確信を与えすぎるな。まだこちらも、完全に賭ける段階ではない。」


「それで向こうが退いたら?」


「その時は、その時だ。」


「ずいぶん冷淡ですね。」


「冷淡でなければ、この建物では仕事にならん。」


バンディはそう言って、ようやく視線を外した。

会話はそれで終わりだった。

国家の中枢では、最も危険なことほど、驚くほど短い言葉で済まされる。


アットウッドは一礼し、封筒もメモも持たないまま部屋を出た。

持てるものなど何一つなかった。

持ち出せるのは、自分の頭の中に組み立てた線のかたちだけだ。


廊下へ出ると、磨かれた床に自分の靴音だけが乾いて響いた。

西棟の空気はいつも通り整っていて、誰一人として国家が今、敵国との秘密接触を始めようとしている気配など見せていない。

それがかえって不気味だった。


この建物の恐ろしさは、狂気を狂気の顔で扱わないところにある。

どれほど危険な決定も、まるで来客名簿を一枚回すような顔で進んでいく。


アットウッドは歩きながら、自分に与えられた役を改めて意識した。


表には出ない。

名前も残らない。

必要とあれば否認される。

だが、それでもこの線を前へ進める。


外交官ではない。

新聞記者でもない。

これは、もっと曖昧で、もっと危険な役だ。

国家と国家のあいだではなく、二人の男のあいだに一本の線を通すための運び手。

それが今の自分だった。


※※※※※※※※※※


その夜、ワシントンの安宿に戻ったあとも、彼はなかなか眠れなかった。


机の上には、白紙のメモ帳だけが置かれている。

だが何も書けない。

書いた瞬間、それは証拠になる。

だから彼は、封筒も持たず、記録も残さず、ただ頭の中だけで会話を反芻した。


Kの意向。

バンディの条件。

否認される覚悟。

CIAにも国務省にも嗅ぎつけられるなという命令。


それらを反芻するうちに、彼はようやく、この仕事の本当の恐ろしさに触れた気がした。

危険なのは相手がキューバだからではない。

危険なのは、この回線がアメリカ自身の内部にとっても危険だからだ。


F.C.(フィデル・カストロ)は敵だ。

そのことに異論はない。

だが、今ホワイトハウスが最も恐れているのは、ハバナよりもむしろワシントンの中の別の顔なのかもしれなかった。


彼は窓の外を見た。

遠くに見える議事堂の灯が、やけに静かだった。


世界を分断の危機から救い出そうと足掻く最高権力者Kは、自らの政府機関すら信用できず、文字通り薄氷の上でこの極秘回線を繋ごうとしていた。


「K」――合衆国第35代大統領、ジョン・F・ケネディ。

その名は、この瞬間も、まだ公式文書のどこにも記されていなかった。


そして、それこそがこの計画の危うさそのものだった

キューバとアメリカとの雪解けへの細い線が開かれる予感が――。危険と隣り合わせの駆け引きが始まります。


こんなに長編のエピソードになると思わず連載を開始したので、今、前半を大幅改稿しています。

改稿後はボリュームが二倍以上になり背景もわかりやすく史実に寄せてます。

3/21時点で改稿したものはタイトルに改稿としています。ぜひお読み下さい。

ジャンルもヒューマンドラマから歴史へ。


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