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ゲバラとカストロ ~革命は二人で始まり、一人で終わる~  作者: 相馬ゆう
幕間,もう一つのケネディ暗殺の裏側~ワシントンに続く細い回線
84/102

83,アメリカから来た女

ケネディ暗殺の前後でアメリカとキューバの間に何があったのか――。


引き裂かれれた星条旗編の幕間に少しスリリングな実話をベースにした物語です。


今回はひさしぶりにカストロとゲバラの会話も。

1964年9月ワシントンD.C.のジョージタウンにある、重厚なマホガニーで設えられた高級レストランの奥の個室。場面は、メアリーが元上司であるダレス元CIA長官との会話から始まる。


※※※※※※※※※※


「……カリブ海ですか?」


メアリーは、半ば独り言のようにそう呟いていた。


ダレスは答えなかった。


ただ、テーブルの上に置いていた手袋を静かに取り、椅子の背からコートを持ち上げる。

それをゆっくり羽織る仕草は、まるで「ここから先は自分で辿れ」と言わんばかりに落ち着いていた。


メアリーはなおもダレスを見ていた。

だが、老練なスパイマスターは、最後まで何も言わなかった。


コートの襟を整え、勘定を置き、椅子を引く。


その無言そのものが、答えだった。


やがてダレスは、何一つ説明しないまま、重厚な個室の扉を開けてレストランを後にした。


メアリーは一人、冷え切ったテーブルに取り残される。


カリブ海。

あの暗殺で、もう一組だけ、すべてを失った連中。


その答えを、当時のメアリーはまだ知らない。


だが歴史というものは、時として報告書よりも先に、“失われた回線”の手がかりを伝えてくる。


時間は、1963年4月のハバナへ遡る。


※※※※※※※※※※


革命宮殿の一室。昼下がりの白い陽射しが、半開きのブラインド越しに机の上へ細い縞を落としている。

灰皿には葉巻の吸い殻がいくつも積み上がり、書類の山の向こうで、フィデル・カストロはペンを放り出した。


「アメリカの女性記者が、閣下への単独インタビューを求めています。」


側近の一人がそう告げた瞬間、カストロは顔も上げずに鼻で笑った。


「誰だ。どうせ暗殺者だろう?」


部屋にいた数人の側近が、困ったように視線を交わす。

窓辺に寄りかかっていたチェ・ゲバラだけが、薄く煙を吐いた。


「記者が危険なのは、銃を持っている時じゃない。」


ゲバラは壁の方を見たまま言った。


「相手にしゃべらせる時だ――。」


カストロはそこで初めて顔を上げ苦笑いをする。


「ほら見ろ。ゲバラまでこう言ってる。武器はないようだが、やっぱり暗殺者だそうだぞ。」


「それがですね……」


報告に来た若い側近は、咳払いをひとつした。


「ただの記者ではありません。ABCニュースの看板です。全米ネットの顔で、ワシントンでもかなり名前が通っています。女性で初めて自分の名前のニュース番組をもったとか――。」


「アメリカのテレビ女王か?」


「それだけじゃありません。フルシチョフに食い込み、シャー(イラン国王)にも会っている。

アメリカ政界の大物にも単独で話を取っているそうです。少なくとも、閣下に会わせて“格落ち”する相手ではありません。」


カストロの眉がわずかに動いた。


「フルシチョフにも?」


「はい。少なくとも、誰でも近づける相手ではありません。」


「ほう......」


カストロは椅子に深くもたれた。

葉巻の煙が、ゆっくり天井へ上がる。


「顔は?」


側近が差し出した写真を受け取り、カストロは数秒だけ見つめた。

写真の中の女は、テレビ向けの微笑みを浮かべていた。

だが、目だけは静かだった。愛想の良さより先に、相手の懐へ入る計算が見える。


「少なくとも、殺し屋には見えません。」


側近が言うと、カストロは小さく笑った。


「見た目は暗殺者の条件にはならん。」


部屋に乾いた笑いが落ちた。

だが、彼自身の目からはもう退屈さが消えていた。


ゲバラが灰皿に煙草を押しつける。


「会う価値はある!」


珍しく短い肯定だった。

カストロが視線だけで促すと、ゲバラは肩をすくめた。


「アメリカの記者が何を欲しがるかは分かっている。怪物の顔だ。革命の見世物だ。」


彼は淡々と続けた。


「だが、この女は怪物の顔も見世物だけでも満足しないだろう。だから厄介だ。」


「褒めてるのか、けなしてるのか分からんな。」


「さあ?」


カストロは写真を机に置き、指先で軽く叩いた。


「アメリカの記者に、私が何を言えというんだ?」


誰もすぐには答えなかった。

部屋の外から、遠く車のクラクションが聞こえる。


やがて側近が慎重に口を開く。


「もし、この女が本当にアメリカ人に直接届く窓なら、話は別です。政府に向かってではなく、アメリカそのものに向かって話す機会になるかもしれません。」


カストロは黙った。

その沈黙は長かった。


「政府に向かって話す気はない。」


彼は低く言った。


「ワシントンの連中は、どうせ聞きたいことしか聞かん。」


「だが?」とゲバラが促す。


カストロは、口の端をわずかに上げた。


「だが、アメリカ人そのものに向かって話す価値なら、少しはあるかもしれん。」


部屋の空気がそこで変わった。

側近たちはそれを感じ取り、目に見えぬ形で背筋を正した。


カストロは写真をもう一度見た。


「面白い女だな・・・」


「会うんですか、カストロ?」


「会おうじゃないか。」


彼は立ち上がり、窓辺まで歩いた。

白い陽射しが軍服の肩で跳ねる。


「どうせ怪物として切り売りされるなら、少しくらい上等な舞台の方がいい。」


そして振り返る。


「それに、本当にこの女が“窓”なら、こちらから風を吹き込んでやればいい。」


ゲバラはわずかに笑った。


「なら、何を話す?」


カストロは即座に答えた。


「そんなもの、向こうが一番聞きたくないことに決まっている。」


彼は葉巻を拾い上げ、火をつけた。


「革命のことだ。主権のことだ。アメリカが自分では見たがらない――鏡に映せば自分自身が怪物の顔をしてることだ。」


「俺が話した方が、あいつらは喜ぶかもしれんぞ?」


ゲバラが半分冗談のように言う。


「アルゼンチン訛りの方が、北の記者には珍しく聞こえるだろう。」


カストロは煙を吐きながら笑った。


「お前は顔が良すぎる、ゲバラ。あいつらは話の半分も聞かずに写真だけ持って帰る。」


少し間を置き、意地悪く付け足した。


「もっとも、それも革命の役に立つなら悪くないがな。」


ゲバラは鼻で笑った。


「記者は嫌いだ。」


「俺もだ。だが今回は使える。」


「愚かな記者よりはな。」


二人のその短いやりとりを、側近たちは黙って聞いていた。

それは会議というより、獲物を値踏みしている場に近かった。

ただし、値踏みされているのがどちらなのかは、まだ誰にも分からなかった。


カストロは最後に写真を机へ戻した。


「会わせろ。だが、最初から全部はやらん。」


その声は急に冷たくなった。


「まずは値踏みだ。本当にただのテレビ女なのか、それとも北へつながる一本の線なのか、こちらが決める。」


側近が頷く。


「分かりました。」


カストロはもう一度だけ、写真の女を見た。


「面白くなければ、五分で帰す!」


葉巻の先が赤く光る。


「面白ければ……その先を考える。」


ゲバラは窓の外を見たまま、ぽつりと言った。


「記者は言葉を持ち帰る。だが、ときどき、それ以上のものも運ぶ。」


カストロはその言葉にすぐは返事をしなかった。

ただ、かすかに笑っただけだった。


その時点では、まだ誰も知らない。

このアメリカの女記者が、やがて一本の“危険な私信”を手にし、ニューヨーク、ワシントン、ダラスへと続く細い回線の最初の運び手になることを。

この女記者リサは、元女優のジャーナリスト。全米ネットテレビで女性で自分の名前を冠した番組を初めてもったパイオニアでした。


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