81,誰に“彼”は消されたか?
引き裂かれる星条旗編。
本編はメアリーの目線です。
犯人オズワルトとは?
大統領の死という特異点は、私の頭の中から「感情」という機能を一時的に焼き切っていた。
悲しむ暇などなかった。国家という巨大なシステムは、トップを物理的に吹き飛ばされた直後から、異常なまでの生存本能と冷酷な自己修復機能を作動させていたのだ。
私はただ、次々と更新されていく事実の奔流に押し流されながら、必死に「なぜこんなことが起きたのか」という方程式を組み立てようともがいていた。
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【1963年11月22日 14:38 CST ―― 血塗られた権力移譲】
場所:ダラス・ラブフィールド空港(大統領専用機エアフォース・ワン機内)
大統領の死亡宣告からわずか1時間半後。
冷房の効いたエアフォース・ワンの機内の狭い会議室で、私は壁際に立ち尽くし、目の前で行われる「儀式」を見つめていた。
リンドン・B・ジョンソン副大統領が、聖書に左手を置き、右手を挙げて宣誓を行っている。彼の隣には、夫の血と脳漿がこびりついたピンク色のスーツを着たままの、ジャクリーン夫人が虚ろな目で立たされていた。
『私は合衆国大統領の職務を忠実に遂行することを、厳粛に誓う――』
カメラのフラッシュが瞬く。
システム(国家)は、前任者の死を悼むよりも早く、血の匂いが立ち込める機内で「次の体制」への移行を完了させたのだ。私は、悲しみよりも先に、このあまりにも手際の良い、冷酷なまでの「事後処理のスピード」に得体の知れない薄ら寒さを覚えていた。
【11月22日 23:30 CST ―― 完璧すぎる実行犯】
場所:ダラス市警本部
ワシントンへ向かう帰りの機内で、ダラスからの報告が次々と届けられた。
地元警察が、テキサス教科書ビルから狙撃した容疑者として一人の男を逮捕したという。
男の名は、リー・ハーヴェイ・オズワルド。24歳。
私は送られてきた彼のプロファイル(属性)を見て、背筋が凍るのを感じた。
元海兵隊員。ソ連への亡命歴あり。ロシア人妻を持ち、「キューバのための公平な闘い(FPCC)」という親カストロ団体の活動家を自称するマルクス主義者。
あまりにも「完璧」だった。
アメリカ国民が最も憎み、最も恐怖する要素(共産主義、ソ連、キューバ)をすべて一つの体に詰め込んだような、できすぎた悪役の履歴書。
データ分析官としての私の直感が、激しいエラー音を鳴らしていた。彼が単独で暗殺を計画したという「数式」を頭の中で組み立てようとしても、どうしても計算が合わない。オズワルドの背景にはCIAやソ連の影がちらつきすぎている。そして何より、彼を「犯人」と断定するダラス市警の手際が、パズルのピースを無理やりはめ込むように不自然に早すぎた。
【11月23日 16:00 CST ―― 悲鳴を上げる論理】
場所:ワシントンD.C. ホワイトハウス戦略室
テレビのニュースは、ダラス市警の廊下を埋め尽くす報道陣の狂騒を映し出していた。
まともな弁護士もつけられず、マイクの束を突きつけられたオズワルドが、顔を腫らしながら叫ぶ映像が全米にリフレインされている。
『私は誰も撃っていない! 私はただの身代わり(パッツィ)だ!』
私はテレビ画面を睨みつけながら、爪を噛んだ。
彼は、この巨大な事件の全容を解き明かすための「唯一の変数」だ。ダラスの狂った空気の中から彼を一刻も早く引き離し、連邦政府(FBIや司法省)の監視下で厳密な尋問を行わなければならない。
だが、ダラス市警は「テキサス州の管轄だ」と主張し、身柄の引き渡しを頑なに拒否していた。まるで、ワシントンの手の届かない場所で、彼に何かを喋らせる、あるいは「喋らせない」ための時間稼ぎをしているかのように。
【11月24日 11:21 CST ―― 究極のブラックボックス】
場所:ダラス市警本部 地下駐車場
日曜日。私はワシントンの自室で、息を殺してテレビの生中継を見つめていた。
オズワルドが、市警本部から郡拘置所へと移送される瞬間だった。
画面の中。両脇を屈強な刑事に固められたオズワルドが、地下駐車場のカメラの前に姿を現す。
その時だった。
報道陣の人垣の中から、黒い帽子を被った小太りの男が突然飛び出した。男(地元のナイトクラブ経営者、ジャック・ルビー)は、オズワルドの腹部に拳銃を押し当て――
――パンッ。
乾いた銃声。顔を歪め、崩れ落ちるオズワルド。
テレビのスピーカーから、現場の絶叫と怒号が雪崩のように溢れ出した。
私は、ソファから立ち上がることもできず、ただブラウン管のノイズを見つめていた。
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消去された。
全米国民がテレビの生中継で見守る、白日の下で。この事件の方程式を解くための「唯一の変数」が、あまりにも物理的で、野蛮な手段によって、永遠に消去されてしまったのだ。
「……ああっ。」
私の口から、乾いた呻き声が漏れた。
これは単なる狂人の連鎖ではない。マフィアや警察の末端までが「システム」として絡み合い、事件の全容を語るはずだった人間を処理したのだ。
真実という名の光は、二度とダラスの地下から出てくることはない。
私はこの時、歴史が完全に「永遠のブラックボックス」へと沈められたことを悟り、自身の論理的思考(計算式)が完全に機能不全に陥った絶望の中で、ただ震えることしかできなかった。
このことで誰が得をし誰が失ったか。
次回ウォーレン委員会(ケネディ暗殺に関する情報を取りまとめる組織)の委員、以前のメアリーの元上官ダラスCIA元長官をメアリーが訪ねます。
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