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80,世界を変えた3発の凶弾

引き裂かれる星条旗編。


本編はメアリーの目線です。

とうとう別れの瞬間です。

1963年11月22日。金曜日。午前11時38分。

ダラス・ラブフィールド空港に降り立った大統領専用機エアフォース・ワンを、抜けるようなテキサスの青空ケネディ・ブルーと、割れんばかりの大歓声が包み込んでいた。


「見事な天気ね。これなら、最高の絵が撮れるわ!」


タラップの下でパレード車列への乗車準備が進む中、私は大統領の側へと歩み寄った。

事前のあの異常な指名手配ポスターや極右の抗議活動が嘘のように、空港は「完璧な歓迎の光」に満ちていた。私の描いた圧倒的な勝利マンデートの計算式が、現地の泥臭い憎悪をねじ伏せたのだと、この時の私は完全に錯覚していた。


「準備はいいか、メアリー?」


大統領が、眩しそうに群衆を見渡しながら私に声をかけた。


「このダラスのパレードが終われば、いよいよ君はペンタゴン(国防総省)へ異動だ。あそこの頑固な将軍たちを、君のその冷徹な目で手懐けてきてくれ!」


私は、胸の奥から込み上げる熱いものを抑えながら、深く頭を下げた。


「……大統領。私のペンタゴンへの辞令を、今日この日まで延ばしていただき、本当にありがとうございます。」


大統領が少し驚いたように私を見る。私は、歓声に負けないように声を張った。


「私は南部、バージニアの出身です。あの『白人専用』の看板が当たり前だったアメリカの景色が、今、根底から変わろうとしている。その扉をこじ開けられる大統領は、あなたしかいないと、私は本気で感じたんです。」


大統領の瞳に、静かな光が宿るのが見えた。私は空を指差した。


「今日、このダラスの熱狂の映像は、宇宙の衛星に乗って太平洋を越え、遠くアジアの日本へと流れます。世界中が、この新しいアメリカの姿を見る。……大統領、私にこの美しい夢を見せていただき、心から感謝します。」


大統領は、いつものあの知的な、すべてを惹きつける魅力的な笑顔を見せた。


「君の計算式のおかげだよ。さあ、世界に未来ニューフロンティアを見せに行こう!」


彼は振り向かず、私に手を振り、ピンク色のスーツを着たジャクリーン夫人と共に、漆黒のオープンカー(リンカーン・コンチネンタル)の後部座席へと乗り込んだ。


私は、自分が「未来の光」だと信じて疑わなかったこのパレードが、大統領を“120度の死角”へと導く完璧な処刑の儀式であることに、最後まで気づくことができなかった。


車列が動き出す。

そしてここから先、私の主観的な記憶は一切存在しない。

私の頭の中に残っているのは、世界中を駆け巡った冷たい記録ログの断片だけだ。


※※※※※※※※※※


【合衆国政府 公式記録アーカイブ / 1963年11月22日 ダラス遊説事象ログ】


[11:55 CST - ダラス市街地]

車列、ダラス市街地へ進入。沿道には推定20万人の群衆。

ダラス市警(DPD)による先導。通常配置されるべき陸軍情報部による沿道の危険分子スクリーニングは実施されず。CIA国内部門からの極右団体に関する事前警告の共有もなし。大統領専用車は完全な「情報的真空状態」のまま直進を続ける。


[12:29 CST - ディーレイ・プラザ進入]

(ダラス市警 無線記録チャンル2)


『全車両へ。車列はメイン・ストリートを抜け、ヒューストン通りへ右折する。』


大統領専用車、ヒューストン通りを北上。前方右手に「テキサス教科書ビル」を確認。


『次、エルム通りへ左折。』


この瞬間、車列は当初のシークレットサービス(SS)の「直進原則」に反し、ダラス市警が“テレビ映えと群衆整理”を理由に強行した【120度のヘアピンカーブ】へと進入する。


大統領専用車、カーブを曲がり切るために時速15キロ(約11mph)まで極端に減速。

車列は完全に歩行速度となり、エルム通りの下り坂(パレードにおける最大の死角)に固定される。


[12:30 CST - エルム通り]

(SS無線 ハーフバック:後続車)


『……何だ、今の音は?』


第1の破裂音。

大統領、喉のあたりを押さえるような仕草を見せ、身体がわずかに前傾する。

テキサス州知事ジョン・コナリーが右肩から胸部にかけて被弾。


(ダラス市警 無線記録チャンル1)


『撃たれた! 車列で銃撃!』


第2、第3の破裂音。

大統領の右側頭部に命中。頭部右前方から血肉と脳漿が弾け飛び、ピンク色のスーツを着た大統領夫人が後部トランクへと這い出る。SSエージェント、クリント・ヒルが車に飛び乗る。


(SS無線)

『ダラス・ベース、こちらハーフバック!大統領が撃たれた!急げ、病院へ向かえ!』


『パークランドへ! 全速力だ!』


車列、急加速して現場を離脱。ディーレイ・プラザはパニックに陥る。


[13:00 CST - パークランド記念病院]

第1外傷室にて、大統領の蘇生措置を終了。

主任外科医により、ジョン・F・ケネディ第35代合衆国大統領の死亡が公式に確認される。


※※※※※※※※※※


【日本時間 1963年11月23日 05:27 JST】

[茨城県 KDD茨城宇宙通信実験所]


(施設内 録音テープ音声)


『……NASAの中継センター、繋がりました。リレー1号からの電波、受信レベル安定。日米初の太平洋横断テレビ生中継、映像入ります。』


(施設内 録音テープ音声)


『……NASAの中継センター、繋がりました。リレー1号からの電波、受信レベル安定。日米初の太平洋横断テレビ生中継、映像入ります。』


モニターにノイズが走り、やがてモノクロの映像が結ばれる。

本来であれば、それは「占領から復興した日本と、来年のオリンピックを祝うケネディ大統領からの平和のメッセージ(録画)」になるはずだった。


だが、画面に映し出されたのは、原稿を手にしながら沈痛な面持ちでカメラを見つめる、アメリカのニュースキャスターの顔だった。


『……日本の皆さん、おはようございます。

誠に悲しいお知らせを、この最初の中継でお伝えしなければなりません――。


先ほど、テキサス州ダラスにおいて……ジョン・F・ケネディ大統領が、何者かに狙撃され……死亡しました。』


受信室にいた日本の技術者たちの、息を呑む声。

私の計算した「未来の光(衛星)」は、大統領の輝かしい笑顔の代わりに、アメリカという国がシステムごと崩壊し、暗殺という残酷な手段で大統領が処刑されたという事実を、宇宙経由で世界中へ生配信した――。

若き大統領の死。そのニュースは衛星にのって世界を駆けめぐりました。

次回、彼女はその死と向き合います。


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