77,真空状態
引き裂かれる星条旗編。
本編はメアリーの目線です。
前半のテーマはケネディを暗殺したのは――。
ケネディの強い勝利が確定的になるほど、それに反対する勢力は強行になっていきます。
また、ケネディを勝たせようとする勢力も単純な味方ではなかったようです。
時間を遡ること1963年8月28日――
ワシントン大行進は歴史的なカタルシスとともに終わった。
私が大統領に進言したのは、単なる勝利ではなかった。テレビの魔法で25万人の熱狂を可視化し、反対勢力を戦意喪失させるほどの「圧倒的な大勝利」だ。
数学的に導き出したその答えは、西翼のエリートたちを陶酔させ、誰もが大統領の再選と「新しいアメリカ」の完成を確信して疑わなかった。
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だが、大歓声の余韻が残る執務室の隅で、私のデスクの黒い電話機が鳴った。
受話器の向こうから聞こえてきたのは、私が生まれ育った南部バージニア州に残る、幼馴染からの押し殺したような低い声だった。
『メアリー、テレビのあの行進を見たか。……こっちはもう、選挙の空気じゃないぞ。』
友人の声は、怒りというより、吐き気を催すような底知れぬ恐怖に震えていた。
『街のダイナーでテレビを見ていた連中が、一言も喋らないんだ。怒鳴ることもなく、ただ静かに画面を睨みつけている。その沈黙が、あまりにも気持ち悪いんだ。……最近、帰還兵たちが夜な夜な集会所のドアを閉め切って、何かを話し合っている。あの若造の大統領が南部に来たら、ただじゃ済まない。絶対に止めろ。』
その言葉に、私の背筋を冷たい汗が伝った。
私が計算した「最強の勝利」という光は、南部の保守派を絶望させて屈服させるどころか、彼らから「言葉」を奪い、ルール無用の狂気へと追い込んでしまっていたのだ。
私は思い返していた。子供の頃、あの南部の風景は私にとって呼吸と同じくらい「当たり前の日常」だったはずだ。だが、今の私には、友人が語るその「不気味な沈黙」の正体が、どうしてもイメージできなかった。
私は若かった。だからこそ、ワシントンに出て、大統領が掲げる「新しい理性」に柔軟に適応することができた。だが、地元に残った彼らにとって、この光り輝くパレードは、自分たちの人生と誇りを土足で踏みにじる「宣戦布告」以外の何物でもなかったのだ。
受話器を握りしめながら、私は自分の中に潜む決定的な「欠落」に戦慄した。
ホワイトハウスの冷房の効いた部屋で、毎日「支持率」や「統計」という綺麗なデータばかりを見つめ続けてきた私の体からは、あの日々の泥臭い空気も、剥き出しの憎悪の匂いも、完全に抜け落ちていた。
私は、故郷の人間たちが抱く「理屈を超えた殺意」を、自分の肌感覚として捉えることができなくなっていた。私はもう、彼らの側(こちら側)の人間ではなかったのだ。
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軍部もCIAも背を向け、大統領を守るシステムが完全に消失した「真空状態」の只中で、私がイメージすることすらできなくなった最も野蛮で純粋な憎悪が、ついに実体を持って動き始めた。
私が描いた「最強の勝利」というシナリオが、皮肉にも南部を「選挙」という舞台から引きずり下ろし、「強行手段」という唯一の対抗へと収束させてしまった。
大統領は、この剥き出しの殺意が渦巻くテキサスの青空の下へ、自らの意志で旅立とうとしている。その背中を守る盾は、もうどこにも存在しないというのに。
『フォレストガンプ』という映画で、ベトナム戦争と同じくらいの熱量で公民権運動が描かれてました。
60年ほど前のアメリカはまだ伝統と革新の狭間で正義を模索していたともいえます。
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